いのちをおとしたあなたたちへ

浦潟けゐ壱

プロローグ「1ページにも満たない」



私の人生に題名を付けるとしたら何だろうか。

白紙、空虚、怠惰…それは人の人生と呼ぶには遥かに物足りないものを延々と続けられていて、誰かの物語に付随したエンドロールよりも退屈なものであったように思う。

終わりが見えているのに中々終わらない、空っぽなそれを抱えて、静かに、いたく静かに格子窓から終わりがくるのを待ち続けているのだ。

それでいて、始まりと呼べる始まりを見つけることすら到底できない、表紙と裏表紙から数ページを破り捨てられてしまったような日々を未だ死ぬ勇気もなく生きているのに、どこか「ここで死ねば何者かにはなれる」と、取り憑いた何かが捲し立てる。

まるでビルの雑踏の影に咲いた雑草の一生と呼ぶに相応しい。

常軌を逸した才能の持ち主でもなければ、優しい最高の不幸を持って生まれてきた訳でもなかった。私は何も持っていなかった。

いや、誰の関心も向けられないまま延長され続けたタイムリミットはあった、幸とも不幸ともつかないものならそこに存在はしたのだと思う。その程度の、軽薄で、自身のストーリーにも、他人のストーリーの1ページにも満たない人生を浪費し続けて、3歳迄には止まると宣告された心臓は、止まることを忘れて終わりの日の向こう13年間は動き続けている。


ぱたぱたと降り注ぐ季節外れの雨が肌にまとわりつく締りのないある日、日々ラジオ代わりに聴き流していた喧騒がこちらへと近付き、その喧騒が開け放たれた扉の向こう側で私に憐れみの目を向けているのがよくわかった。

「お父さんが迎えにきているから、お外に出ようね。」

予想だにしなかった言葉で私の日常は断ち切られ、訳も分からぬまま車に押し込められた。

2人しか居ないのに嫌に広い車内で、父は妙な早口で私に声をかけてきた。

「お前に会いたかった」

「ここ数年、寂しい思いをさせてしまったね」

「お父さんも忙しいんだ。」

ええ、優しいです。あなたはとても優しい父親です。そういう言葉を待つような下心塗れの言葉が紡がれてゆく。

純粋な娘に自身の怠慢の免罪を求めていたとしても、勿論彼等は悪くない。彼等は生きたいように生きただけ。所詮私の人生は私のものに過ぎないのだから。

そう思っていたはずなのに、焦る父を見続けると、次第に父ともう一度やり直せるのなら何をしたいか、何を食べたいか、何処に行きたいか、そんな事を頭で描いてしまっていた。

「今日からこの病院が、お前を診てくれるそうだ。…まあ、何だ。自然の多いいい所だろう。」

長い道のりがやっと終わりにたどり着き、眠い目を開くと、そこは排気ガスで満ちた都市の向こう側にあるとは信じられない程に静かな所だった。格子の立つ窓、森に囲まれた深い深いお口に聳える世界から忘れられたような茶褐色の洋風で古い佇い、さながら本の中で見た廃屋のような病院を目に、私は私が見捨てられたのだと自覚して、私の不幸をこの世界の誰よりも呪った。

早いうちに世を去っておけば「まだこれからがあったのに」と皆泣いてくれただろうに、私と言ったらどうだ。容態は全く変わらずに、まだこの心臓は鼓動を止めていない。

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