第2話 Side: 弟

 アクリル板越し、久しぶりに顔を合わせたのらしくなさすぎる姿。

 五分刈りの頭もくたびれた囚人服も安っぽい銀縁眼鏡も全然らしくない。らしくないのに。

 短すぎる髪はスッキリと整った顔を露にさせ、神経質そうな二重の目を囲う、銀の枠組みは繊細さと冷淡さを引き立ててる。痩せた身体を包む囚人服もやけに様になっているのが余計にオレをいたたまれなくさせた。なに似合っちゃってんだよ。

 オマエは清潔なシャツと細身のパンツ、ちょっとお高いスニーカーやブーツが一番似合うんだよ。いくら大抵の服装が似合ったとしても、オマエらしくない恰好まで似合ってんじゃねぇよ。


 だから、憎まれ口で誤魔化した。同じタイミングでヤツが言い放った俺への憎まれ口に他意は含まれてないだろう。人の気持ちなんて一切頓着しない──、否、人への無関心はこの際どうでもいい。時代の流れに無関心すぎるのが問題なんだよ。

『才能があれば、売れてさえいれば何しても許される』時代は終わってんだよ。デビューした二十年前、オマエが最初に捕まった十八年前、二回目に捕まった十年前とは全然違うんだよ。


『アーティストの感性は一般人のそれとは違う。普通じゃないから破天荒でも仕方ない』はもう許されない。今はアンタみたいなのにだって清廉潔白、品行方正を求められるんだよ。才能と人気があるからこそ真人間でいなきゃいけないんだよ。なんでわかんないんだよ。ガキの頃からオレよりずっと賢かったくせに。生まれながら人を惹きつける力があるくせに。


 歌が上手いヤツ、センスのあるヤツなんてごまんといるさ。だけどステージに上がった瞬間、その場に集まった全員の目を一瞬にして奪うヤツなんて早々いない。

 単純に見てくれが良ければといい話じゃない。確かにアンタも外見自体悪くはないが、アンタよりも顔もスタイルもよくて背も高いのなんて沢山いる。でも、人をステージで魅せる力がなきゃ、どんなイケメンだって照明の光で霞んじまう。

 アンタはピンスポットのみの低くて狭いステージ、落書きだらけのクソ汚ねぇハコだって、何万人も動員できるアリーナでだって常に熱狂の渦を作り出してきた。バンドを始めた十代の頃から変わることなくずっと。逆立ちしたってオレには無理。せいぜいオレにできることはアンタの後ろで、アンタの輝きを曇らせないよう最大限助力する。『お前みたいにいくらでも代わりの利く奴の助けなんて、別に』って一蹴されんのが目に見えるから口に出しゃしないけどな。


 オレがアンタにムカついてんのはな、バンドを解散に追い込んだからじゃあない。

 あぁ、ムカついてないっつったら嘘か、それもまぁかなりムカついてるよ。

 でもな、アンタに一番ムカついてんのはテメェの才能をテメェ自身で潰す馬鹿さ加減なんだよ!少しは守る努力しろよ!クソがよ!!


 アクリル板の向こう側、澄ました顔の薄笑いがあんまりにもムカついてムカついて、我を忘れて地団太を踏む。


 なに笑ってんだよ。笑いごとじゃねぇよ。なにさりげなくオレのフォローなんかしちゃってんだよ。そんなんしてくれなくていいよ。


 情けない声での口にした「すんません」はオレ自身のためか、ヤツのためか。たぶん両方かもしれない。

 ヤツの薄笑いは変わらない。オレへの呪いを吐くときに必ず浮かべる嫌な笑みに腹立ちよりいっそ憐れみが擡げてくる。


 アンタ、気づいてないだろ。

 オレに向けてるその笑顔はな、そっくりそのまま世間が今のアンタに向けてるモノなんだぜ??気づけよ、バカヤロウ。バカヤロウ、バカヤロウ、バカヤロウ。

 そんな目で見られてんじゃねえよ。


 怒り任せに危うく本音をぶつけそうになり、口を噤む。

 ぶつけたところで一ミリだって伝わらないんだ。口に出す必要なんて皆無。


 行き場のない怒りを存分に込め、ダサい眼鏡の奥の褪めきった目をこれでもかと睨みつける。予想通り『なんだこいつ』ときょとんとされたが知ったことか。


 別れの挨拶を告げる気もすっかり失せ、黙って面会室を後にする。


 アンタなんか誰が待っててやるか。

 甘ったれんなよ、バァカ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

橋を焼く 青月クロエ @seigetsu_chloe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説