【8】浮き立つ気持ち



「お疲れ様」

 いつの間にか隣のクラスのグループからこちらへ戻ってきていて、梶田が私の隣にいた。先程のやり取りを聞いていたのかにっこり笑って、子供たちが作った埴輪を見回していた。帰りまでこの日陰である程度乾かして、箱に入れて持ち帰ることになっている。



「大丈夫だった?」


「はい」


「よし、片付けすんだら俺達も食事」


「はい!」


「大澤」


「はい?」


 改めて呼ばれて振り返ると、ふふっと笑った梶田が自分の頬を指で、ととんと叩いた。


「粘土ついてる」


「うそ!」


 スマホケースの鏡に映して顔を見ると、どこにも何もついてない。


「え?」


 梶田の顔をもういちど見るとニヤッとわらった。


「もう、からかったんですか?」


「ひっかかると思わなかった」


 くくっと笑う梶田に、私はプクッと膨れた。


「なんて幼稚な……」


 後ろから声がして振り向くと、佳代が笑っていた。


「川口も、手伝い?」


「まあね」


 2人の親しげなやり取りをポカンとして見つめる。


「あ、川口も大学の同期なんだよ」


「私は中退したけどね、ここは鮎川に紹介してもらってパートに来てるの」


 見ると加代は薬指に指輪をしている。結婚してたのか。


「汐里ちゃん、あそこの洗濯機に集めた布巾全部突っ込んで?」


「あ、はい!」


 元気に答えて、布巾を小屋の隅に設置された洗濯機に入れる。粘土板を集めて日の当たらない場所に並べて乾かしていく。振り返ると、梶田と佳代が話しながら道具を洗っているのを見て、大人同士だし、あんな風に並んでたら知らない人からしたら恋人同士にも見えなくもない。ふと手洗い場の鏡に映る自分を見る。髪をお団子にまとめて来たからか、まだ線の細い首筋や、薄目のリップの色が子供っぽく見えた。佳代に比べるとなんと色気のないことか。


「汐里ちゃん、こっち来てこれやってくれる?」


生徒たちの使ったヘラや粘土板をタオルで拭きつつ、佳代が言った。


「あ、はーい」


 佳代に呼ばれて、ハッと考えてたことを無理やり消した。


「疲れた?」


手を動かすのをやめずに佳代が言う。


「ああ、いえ、大丈夫です」


手が遅いと思われたかもしれない、とヘラを急いで拭きあげる。


「若くていいなぁ、私が高校の時はさぁ……」


 佳代の屈託のない話を聞きながら、ヘラや道具をどんどん拭いていく。


 仕事が片付いたあとは、テラスになったカフェでお弁当を広げた。佳代達も後から来るらしいが、先に食べてて、と言った梶田が戻ってきた時、手にしていたのがやはりというかコンビニ弁当だったので、汐里はもうひとつの包みを梶田の前に出した。


「え?なに?」


「先生、こないだコンビニで会った時もお弁当買ってたし、会長もいると思ってたから多めに作ったんです」


 きんぴらや卵焼き、かぼちゃの肉巻き、竹輪と海苔チーズの巻物。素朴だが祖母直伝の自信のあるものばかりだった。


「ちょっと、びっくりだよ。これ大澤が作ったの?」


「はい、私、部活もやってなかったし、中学の時からお弁当くらいは作れるようになりたくて、祖母に習ったんです」


「いやぁ、嬉しいな、じゃあ遠慮なく」


 出汁入りの甘い卵焼きを口に含んで、


「うっま」


 目を見開いた梶田が私を見た。その笑顔に嬉しくなって胸がキュッとした。このところ、梶田と距離が近くなって、なんとなくウキウキしてしまう。恋愛感情って言うのはもしかするとこんな感じなのだろうか。



 本で読む恋愛小説の主人公達は、相手を思ってため息をついたり胸が焦げるかと思うほど熱くなったりするそうだが、残念ながら汐里はそういう経験がまだない。彼氏が出来ないのはそういうことなのだ。自分にはまだ恋愛のなんたるかが身をもってわかっていない。

 だけど、梶田と関わることが増えて、ワクワクしたり、ガッカリしたり、そんなことが増えているのは事実だ。

 試験勉強を一緒にしていた咲良にも指摘された。


「あんた、何かいいことあった?」


「どうして?」


「なんか最近、汐里楽しそうだよね、顔艶がいいと言うか」


 頬杖をついて、何かを期待するようにじっと見られた。


「……そうかなぁ?別にないよ?」


 そんなやり取りが2度ほどあった。今日のことは他言していない。会長も個人的に頼まれた事にして、私のことは内緒にしておいてくれるそうだ。副会長のことはなんとなく察していたらしく、梶田が誘わなかった事でそういうことだろうと思ってるふしがあった。


「会長、残念だったな、こんな美味いメシ食べ損ねて」


「大袈裟ですよ、こんな地味なおかず」


「いやいや、こういう普通のものを美味しく作れるのは大したことなんだよ?おばあさんに感謝だな」


 梶田の言葉に、自分はなぜ料理をし始めたのか、それを思い出した。

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