【7】りんごの好きな女の子

 山の下の博物館へ校外学習にやってきたのは、隣町の小学校の二年生。

 田舎町の地域にしては人数の多い学年のため、助っ人としてバイトに来てくれないか、と梶田の大学の友人である鮎川が依頼したらしい。


「いやぁ、助かったよ、臨時のバイトが見つからなくて参ってたんだ。そしたら陸が試験休みだとか何とか言うもんだからさ」


 講堂で話を聞いている小学生達が、こちらの作業場に移ってくる前に、配る粘土をグループの人数を確認しながらテーブルに配っていく。何度かやったことがあったのか、梶田はサクサクと動く。切り分けた粘土を板に乗せ、少し離れた隣の東屋の方へ行ってしまった。


「大澤さん粘土にぬれぶきんかけて行ってくれる?」


 鮎川は、私が搾った布巾の絞り具合を確認して、頷きながら言った。


「はい」


「それかけ終わったら人数分同じくらい絞って貰わないといけないから、なるべく早くお願い、あと15分でこっち移って来るから」


「はい!」


 汐里は、は、として、


「人数分の布巾はこの山になってるやつですか?」


「ああ、そうそう」


「分かりました」


 先程使ったバケツにその布巾の山を入れて、水を落としながら近くのテーブルの粘土に布巾をかけ始める。ある程度浸った所で蛇口をしめて、残りの粘土の山に全て布巾をかけ終わると、戻ってきて布巾を絞り始めた。


「ごめんなさい!遅くなりました」


 そこに食堂からでてきた若い女性が、グリーンのエプロンを締めながら鮎川に声をかけてきた。


「ああ、佳代ちゃん、その子、梶田が連れてきた生徒さん。あとさ1人来れなくなったから、一緒に布巾任していいか?」


 鮎川は粘土を配り終えて粘土板を配り始めた。


「了解です」


「こんにちは、大澤です」


「川口です。佳代でいいよ」


「はい、じゃあ、佳代さん」


「えーと、大澤さん、下の名前は?」


「汐里です」


「汐里ちゃんね。粘土と同じく布巾もテーブルに人数分配っていってくれる?」


「はい!」



 この山の採掘場で取れた土で作った粘土で、埴輪を作る実習で、土地の土に慣れ親しんでもらうものらしい。


 揃いの体操服にエプロンをした子供たちがキャッキャ言いながら粘土細工の作業している。1クラス6テーブル中、2テーブルを任されたので、作業が止まってる子に声掛けをしたり、使わない粘土に布巾をかけてないものを直したり、喧嘩になりそうなところを仲裁したり。


「硬い〜」


「土をちぎる時はどうするって言われた?」


 さっき説明を聞いてなさそうだった男の子にやれやれと思いつつ言ってみると、そのこは周りをチラッとみて、パッと顔を輝かせる。


「知ってるもん、ヘラで切るんだよ」


「はい、よく出来ました。使わない土は?」


「ぬれぶきんをかけておく」


「正解です」


 やんちゃそうな短髪の男の子は、へへへっと笑って土を切ってコネ出した。その嬉しそうな顔に私も自然と口元が綻んだ。小学2年生ってこんなだったかな?と目の前の子達の小さな背中を見つめる。



 片方の5人グループに、少し遠慮するようにはしっこに座っている女の子がいた。似たような体操服だけれど、他の子のように肩に紺のラインの入っていない白い体操服を着ていて、エプロンから覗く胸のマークを見ると違う学校の体操服だった。


 丁寧に作業しているが、時々友達同士が話してるのをちらっと見てはまた自分の手元に集中しだす。


「可愛いのが出来てきたね」


 まだ歳若い担任らしき女の先生が声をかけると、女の子は顔を上げ遠慮がちに微笑んで、また手元に視線を戻す。転校生かな?まだ周りの子に馴染めないのかな?自分が両親を亡くして、祖父母に引き取られて転校したのも小学二年生の頃だった。


 そのちいさな背中に昔の自分が重なって見えた。あの頃の記憶は途切れ途切れだけれど、大好きな工作の時間に誰とも話ができなくて寂しかった事は覚えている。


 その子のエプロンにリンゴのアップリケがついていた。市販に売ってるものではなく、赤の無地と白地の小花柄とのパッチワークで、刺繍糸で縁どりも縫い付けてある。自分のエプロンに似たようなマークがついている紐をつまむ。


「リンゴ、すきなの?」


 机の横に軽く身をかがめて聞いてみた。その子はパッとこちらを見上げて私の顔をまじまじと見て、コクンとうなづいた。


「偶然、私も好きなの」


 エプロンの紐の先に祖母が縫いつけた小さなアップリケをつまんでみせる。


「ほんとだ」


 その子は頬を紅潮させて小さく笑った。


「可愛いエプロンだね」


 青の地に同色のストライプと、小花柄のパッチワークでできたエプロン。赤いりんごのアップリケが花を添えていた。


「……ママが買ってくれたの。でもお醤油がついちゃって、取れなくて。そこにおばあちゃんがこれ付けてくれたの」


 お腹のポケットの上についたリンゴを指さした。


「私もこれ、おばあちゃんがつけてくれたんだよ?」


「ほんとに?一緒だ!」


「一緒だね」


 初めて歯を見せて笑ったその女の子は、彩美ちゃんと言った。はにわにリンゴを持たせたものを作りたい、とお腹の前でりんごを持った物を作ると、隣にいた女の子が、


「彩美ちゃんの可愛い!私もハニワになんか持たせよう!」


 と言い出した。気がつくと彩美の埴輪を見に来た子が、思い思いに星だとかハートだとかを象ったものを持たせはじめて、彩美はまだ少し遠慮しながらも、話しかけてくる子達と会話しながら作業を楽しんでいた。


「あの……ありがとうございます」


 作業がほぼ終わり、子供たちが手を洗い出した頃、先程の先生に声をかけられた。


「え?」


「彩美ちゃん、三日前に転校してきたばっかりで、まだ友達もいなくて。おかげであんなに笑ってるのを初めて見ましたよ」


「そうだったんですか、体操服が違うからもしかして、と思ったんですけど」


「二年生って、色々難しい時期なんです。そんな時に転校って可哀想だけど、いいきっかけになってくれたと思います」


 先生はペコッと頭を下げて子供たちの指導に戻って行った。

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