【6】夢語る─ボランティア参加1─


 大学のある街で学生の利用が多いので奇跡的に快速が止まるという小さな駅。初めてその駅で下りた私は少し困惑した。事前に梶田を介して顔合わせして、施設の最寄り駅で待ち合わせた生徒会長が、時間になっても姿を現さないのだ。仕方なく一人でロータリーの方へと出ると、ちょうど梶田が車で私と会長を迎えに来た所だった。


「大澤、おはよう。遅れてごめん」


 助手席側の窓を開けて、梶田はサングラスを外しつつ言った。腕時計を見ると、約束の時間より到着が3分遅れてしまったらしい。


「おはようございます。先生、会長がまだなんです」


「ああ、さっき連絡があった。頭痛酷いから参加出来ないって。大澤にも謝っておいてほしいって」


「ああ、そうだったんですか」


 時間の間違いなどではなかった。生徒会長なる人が時間間違いなどするわけがない。友人の優奈は時々ひどい勘違いをするものだから、同じようなことではないかと勘ぐってしまっていた。


「ほら、乗って」


「はい!」


 思いがけずイベントの手伝いに梶田と二人きりで参加する事になり、車に乗り込んでしばらくは少し緊張した。だけど運転席の梶田をそっと見てみると、全くいつも通りの様子なので、次第に緊張はほぐれていった。


「今日のボランティア参加って、学校側は知ってるんですか?」


「うん?ああ、生徒会の顧問には一応伝えてるよ。後、君は掲示版見てた子を誘った事にしてある 」


「嘘つきだなぁ」


「見逃して?女子生徒を誘うって結構リスクあるんだよ、こういうのは」


「そうなんですね。じゃあ仕方ないかな」


 信号待ちで止まった目の前の横断歩道を、学生のカップルが手を繋いで歩いていく。お揃いのブランドのTシャツを黒とグレーの色違いで揃えて、手首にも同じ赤い革のブレスレットをしていた。


「最近はあーゆーの多いね、カップルでも友達同士でも。大澤もやるの?ほら、いつも一緒にいるメガネの子」


「あー、私も向こうもドライですからね、流行りだからってやろうとは思わないですね」


「そっか」


「先生は?彼女とかとそういうのないんですか?」


 内心ドキドキしながら、梶田の方を見ると、口元に不自然な笑みを浮かべて、


「うーん、ちょっと前に振られちゃったからなぁ」


 梶田のまさかの返答に、どう返して言いわからずに黙り込む。


「内緒にしといてくれよな?梶田先生には彼女いるらしい、というのはそのままにしときたいからさ」


「あー、責任重大」


「頼んだぞぉ?」


 少しおどけた梶田言い方がおかしくて笑ってしまった。どうして別れたのかな?振られたって言うのはどういうことなんだろう。踏み込んで聞いていいものではない、私は聞きたいのをぐっとこらえた。


「どんな人だったんですか?彼女」


「そうだな、自分をしっかり持ってて、決めたらテコでも動かない人。頑固というか意志が強いというか」


「へえ」


「俺はどちらかと言うと、最後は利他的に周りに合わせちゃうとこあるからさ、彼女の芯の強い所が凄いなって思って尊敬してた」


「先生まで頑固だったら、けんかになっちゃうもんね」


「したよ?喧嘩。でも向こうが決めたら、もう俺が何を言おうと動かなかったから、だから別れた。……まあ、こんなとこで勘弁してくれ」


 やはりまだ傷が癒えてないのだろう。彼女のことを聞いてしまったことを少しだけ後悔した。


「副会長、美人なのに。1年足らず待ったら堂々と付き合えるじゃないですか」


「まあ、そうだろうけど、美人かどうかは問題じゃないしね。この歳になるとさ、一緒にいて楽かどうかにウェイト置くようになるからさ」


 道脇に立つ歩行者用の信号が点滅し始めた。先程のカップルは歩道を大学へ向かう方向に歩いていく。


「私は……楽ですか?」


「うん?ああ、俺は大澤といてどうかってこと?」


「あ、いや、一般男性としては私みたいなタイプはどうなのか気になってっ」


 うっかり何を言ってんだ?と内心慌てふためいた。まるで自分が梶田に気があるように取れるじゃないか。


「そうだな、相手にもよるかな?まあ、参考までに言うと、俺としては大澤は気が楽だな。歳の割に落ち着いてるし、大人数で騒ぐの苦手だろ?あれ、俺も一緒」


 初めて話した日の黄色の記憶が蘇った。色付いたイチョウがハラハラと落ちるあの裏庭で。


「先生が現れた時、直感で同士だ、と思いました」


「あはははっ」


 梶田は笑った。


「その直感は当たってるよ、俺は本来高校の教師なんて向いてないもんな」


「え?そうなんですか?」


「大澤、やりたいと思う?」


「あー、嫌かも」


「な?」


 梶田はハンドルを切りながら言った。


「同じ教師ならさ」


 家庭教師や、個人で塾なんか開いて、勉強が嫌いになっちゃってる子達が、勉強の面白さに気が付いてくれるような、そんな場所が作れたらいいなぁ、と梶田は言った。


 それじゃ食っていけないから、ただの夢だけどね、と。


「そういう夢を叶えても、それで食べて行けるような世の中になればいいのになぁ」


「ほんとだなぁ、まあ、今の世の中のままじゃな。夢でしかないかも。まず人の意識が変わらなければ社会は変わっていかないからね」


「人の意識かぁ」


 車は緩やかに坂を登り始めた。山の中腹にある施設の赤い屋根が見え始めた。





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