【5】ポケットにしまった秘密
体育祭が終わった後日、祖父に帰りが遅いことを苦言されて無視をした。心配されてるのは分かるのだ。でも適度に放って置いて欲しい。
中学の頃、友人たちが反抗期でそういったことを言っていたのを思い出して、自分も例に漏れずなんだな、とどこか他人事のように思った。
祖父と顔を合わせると傷つけてしまうことが嫌で、高校から仲良くなった、友達の咲良の家に度々泊めてもらっていたが、さすがに連日となると限界がある。
5月も下旬に差し掛かった昼休みのことだった。咲良が4時間目のチャイムが鳴り終わるや否や、私の隣の席の子の椅子に弁当の巾着を手にどかっと座った。
「ごめん汐里、私図書委員の当番なんだよ。パッと食べてすぐ行くね」
「はーい、おつかれさん」
だから今日はおにぎりにしたんだ、と、小さめのおにぎり二つをパクパク食べる友人を微笑ましく見守る。
咲良が最後の一口を咀嚼しつつ、バタバタと巾着を片付け、手を振りながら教室を出ていくのを見送る。手元のお弁当の残りを見下ろして、昼休みをどう過ごすか考えた。今日は読む本も持ってきていないので、行き先が決まった。
1階におりて購買の近くの自販機ででパックのジュースを買うとブラブラと裏庭に出る。連休明けで汗ばむ陽気とは裏腹に、北向きの庭はひんやりとしていた。
その庭の主のように立つイチョウの木が青々とした葉を茂らせ、吹き込んできたそよ風により葉擦れの音が微かに耳をくすぐる。
パックのジュースのストローを引っ張り出しながら、忘れられたように置いてある隅のベンチに座ろうとして、ふと見ると、白いボールが木々の合間に転がっていた。
(ソフト部のボールかな?)
クラスメイトの佐々木という部員があちこちに飛んでいって無くなるから、とこぼしていたのを思い出して、ジュースのストローを一旦ビニールに押し込み直し、ベンチに置くと、ボールをを拾おうと木々の奥へ踏み入った。
草の影になっていた、グレープフルーツ程の大きさのボールをしゃがんで拾う。先日の雨のせいで湿ってひんやりしていたが、汚れがないことからまだそれほど長くここで雨風に晒されてわけではなさそうだ。
クラスに帰ったら佐々木に渡そう。そう思って立ち上がろうとした時だった。微かに声が聞こえ、その方向を見て思わず木の影に隠れた。人影がふたつ。その片方が梶田であることに気がついた。そっと木の影から覗き見ると、1人の女子生徒と向き合っている。その状況を素早く察知した。告白されてるのだ。
イチョウの木の後ろに隠れ、ほんの微かに途切れ途切れに聞こえる女子生徒の告白を耳にした。
(うわー、生告白なんて初めて聞いた)
梶田の声はもう少し大きくて、ごめん、と、ありがとうが聞き取れた。物陰からそっと覗くと、その生徒はなんと梶田に抱きついていた。ギョッとしてソフトボールを落としかけて、危うくそれを阻止する。ふう、危なかった。
ドキドキする心臓が落ち着いて、しばらくしてもう一度覗き込もうとした時、梶田が木の影からぬっと顔を出した。
「うわ!」
「何してるの?こんなとこで」
「そっちこそ……何してるんですか?」
バクバクと心臓の音がうるさい。恋愛に免疫が無いため、先程のような抱擁シーンですら私には赤面物だ。梶田は肩に手を置いて、すぐにあの子をそっと引き剥がしていたけれど。
「見てた?」
軽い調子で聞く梶田の目が見れない。顔が熱を持つ。こくりと頷くと、梶田はふっと笑った。
「内緒にしといて?告白を断ったんだけど、泣きながら抱きつかれたんだよ。俺は返してない。それだけだし」
私はまたこくりと頷く。梶田は私の手にしてるソフトボールを見てくくっと笑った。
「……いや、なんかさ、ゴメンな。偶然居合わせただけだろ?それ拾いに行って、出るに出れなくなったやつ?」
私は手元のソフトボールに目を落とし、もう一度こくりと頷くと、梶田の顔を見てふっと笑った。自分の行動がなんだがおかしく思えたのだ。ようやく少しだけ緊張が抜け始めた。梶田も笑ってベンチを指さした。
私がいつも飲んでるかオレンジジュースがちょこんと鎮座していた。成程、梶田はこれが目に入って私がいることに気が付いたのか。
「座る?」
「……はい」
梶田は先にベンチに座った。その隣にジュースを手に取りながらおずおずと腰掛けると、手のひらのソフトボールをぎゅっと握った。
「その後どうなの?おばあさんと話せた?」
聞かれて首を横に振った。
「そっか。なかなか難しいもんだな思春期は」
「友達のとこに泊めてもらうのも限界で、おじいちゃん今年から仕事辞めてずっと家にいるし……息が詰まって」
「あ、ならさ、バイトとかしたら?」
「え?」
「退職後の祖父母に扶養されてるなら申請通ると思うよ?」
膝に肘を乗せて、私の顔を覗き込む梶田の目を、その時ようやく真っ直ぐに見た。
「探してみようかな……」
「その代わり、成績は落とさないこと」
「ああ、はい」
「大澤は文系受けるの?」
「ああ、それは、はい、多分そうなります」
「そっか、行きたいとこ行けるといいね」
ふわりと風が吹いた。木々の葉を揺らす。サワサワと音を立てて揺れる。
「あとさ、ボランティアしない?」
「え?」
「試験終わったあとの休みあるでしょ?創立記念日の月曜日。友人が博物館の職員なの、そこに実習に来る小学生に作業を教える手伝いを頼まれてて、女性もいた方がいいって言ってたから、どう?」
「私がですか?」
「生徒会長が一緒に来ることになっててさ副会長はさっきあんなことになっちゃったし、誘いにくくてな」
さっきの女子生徒は、どこかで見た事あると思えば生徒会副会長だったのか、と納得がいった。
「いいですよ」
「良かった。じゃあ25日な。あ、そうだ」
梶田はポケットに持ち歩いてるらしいメモ帳になにかを書いて渡してきた。
「俺の番号、メールの方も番号で検索出来るようにしとくから」
「え……?」
「あ、他には絶対内緒な。大澤には家庭の事情聞いちゃったし、まあ、なんかあった時は言えよ、力になれることがあれば協力するから」
そっとそれを受け取ると、また心臓がどくどくと血流を増し始めた。
「じゃあな」
梶田が校舎に入っていくと共に予鈴が鳴った。
「あ、戻らなきゃ」
手にしたメモをもういちど見る。
アルファベットでリクと書いてあった。梶田の下の名前、多分メールのアカウント名だろう。周囲の誰にも知られてはいけない秘密に高揚感を感じる。ベストの内ポケットにそれを大事にしまった。小さなファスナー付きのポケットだ。落とすことは無いだろう。
飲み損ねたオレンジジュースと、拾ったソフトボールを手に私は裏庭を後にした。
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