1章 薄紫色の初恋

【2】汐里

 思えば中学、高校時代。私は周りの同級生達より、少し冷めた目で世の中を見ていた気がする。生意気だな、と思い返して思うほどだ。


 中学では同年の女子達が、時代をときめくアイドルに夢中になっていたが、私は全く興味が持てなかった。


 だけど共感を得たい女の子たちは、そのグループの誰が好みかと聞いてくる。仕方なく当たり障りない2番人気くらいのメンバーを口にした。同じメンバーが好きな子が喜ぶ。人の笑顔が好きだった私はクラスメイトの喜ぶ姿に満更でもない気分になる。だけどそのグループのことは、はっきりいって好きでもなければ嫌いでもない。要するにどうでもいいことの一つ。


 そんなことを本音で話せば、共感してなんぼの女同士の付き合いから、私は即はじき出されていたであろう。時々面倒くさくなって、本音で言っちゃおうか、そんなふうに思う事もあった。


 そんな時いつも心をよぎるのは自分を見つめる、穏やかな祖母の顔だった。私が周りと上手くやっていかないと、祖母が悲しむだろう、そう思うと、少しくらいの煩わしさは我慢できた。


 そんな中学時代はクラスのカーストなんかでも中位の、自分には足りない今どきの女の子の要素を持ち合わせて、かつ、本が好きでそういう話も出来る、下山優奈、香取アサの二人と仲が良かった。二人ともあまりこだわりが強い方ではなく、かといって1人でいる勇気もない、自分と似た要素を持つもの同士、自然と引き合ったのだろう。新学期、出席番号の順に机が並んでいるうちは、香取アサを真ん中に挟み、左側に私、反対側にいたのが下山優奈だった。ちなみに私は大澤汐里で、前にいた伊東という男子の次の出席番号二番目だ。アサが両脇の私たち二人に話しかけてくれて、私たちは直ぐに打ち解けて仲良くなった。


 どういう訳か学年の上がった中3も二人は同じクラスで、後、卒業した後に聞いた話だが、下山優奈は少し発達障害があるそうで、過保護な親が学校側に二人と同じクラスになるように頼んでいたのだとか。嫌じゃなかったかな?と聞いた優奈に、私とアサは首を横に振った。


「逆にほっとしたよ、他の子達の中に入っていくのもしんどいしさ、それに楽しかったよね?2年間」


 アサが言うと、全く同感だった私は頷く。優奈はほっとしたように顔を輝かせた。汐里にとって二人はその後の人生において、お互いが離れてしまってもどこかで幸せでいて欲しいと願う二人になった。時々は主にアサが二人に声をかけて、誰かの家に集まっては夜を語り明かした。大人になってからも同じで。二人とはそんな友達になれた。


大学三年のあの時までは。


 

 私は小学校2年の頃、事故で両親をいっぺんに亡くしている。引き取ってくれたのは父方の祖父母だった。


 祖父は大工で、定年を過ぎてもまだ嘱託として現場に出ていた。祖母は家で週に1度、近所の子供に習字を教えていた。両親と住んでいた家は人に貸して、その収入がわたしの養育費に充てられていた。

 贅沢さえ言わなければ、祖父母は仲が良く、私にも優しかったし、穏やかな温かい家庭で、私は安心して大きくなることが出来た。


 高校はアサ達二人と離れて、電車で私立の高校へ通った。私は公立に行こうと思っていたけれど、祖母が「一度見学してみて、本当にいい学校だと思うの」そう言って引かなかったのだ。祖母の母校が前身の私学で、伯父も卒業している。親族が卒業生だったり、学校に寄付をしてきた家の子は、学費が割安になるということで納得して受験した。



 春。桜丘学園に続く坂道には、ゆうに百年ほど歳を経た桜の並木がある。

 入学式の日は花が満開で、ドキドキしながら薄紅色のトンネルの下を祖父と祖母と歩いた。


「汐里、ほんとに来てよかった?」


 祖母が周りをそっと見回しながら言った。


「うん?なんで?」


「なんでって……若いご両親ばっかりじゃない。おじいちゃんおばあちゃんなんて一人もいないし」


 周りを歩いていく、上品な春物のスーツを着た、40代位の親達に気後れしたのか、若葉色の色無地に春物の羽織を着た、70を過ぎた祖母は小さくため息をついた。


「母校なんでしょ?おばあちゃんの」


「まあ、そうなんだけどね」


「いいじゃないか、ここの山の前を通るたびお前言ってたろ。桜の季節は本当に綺麗なんだって。来れてよかったじゃないか」


 祖父はにこやかに祖母を見た。その様子に、祖母は幾分か緊張が解けたのか、微笑んだ。


「そんな古いこと、よく覚えてましたね」


「ここの制服の写真が見合い写真だったからな。可愛かった」


「やだ、やめてくださいよっ」


 今度は照れて祖父の肩を軽く叩いた。


「ふふっおばあちゃん照れてる」


「汐里まで」


 祖母はようやくいつもの笑顔を見せた。


「またここの道を歩けるなんて、汐里がここに進学してくれたおかげね。あなたの両親にもこの晴れ姿、見せてあげたかったな」


 祖母はそう言って微笑み、緩やかにカーブした坂道を見上げる。満開の桜の並木道に優しい風が吹いて、散り始めている桜の花弁が風に載ってくるくると舞い、ヒラヒラ、ヒラヒラ、と誘うように空を漂う。


「ほんとに見事な桜並木だな」


「でしょう?」


 祖父も立ち止まってその先を見上げた。歳が行くと人はどうも時間の流れがゆっくりなようだ。汐里は入学祝いに買ってもらったばかりの腕時計を見て、クスッと笑った。


「ね、行こう?式に遅れるよ」


 私が言うと、二人は、ごめんごめん、と言いながら、また坂道を歩き出した。


 両親を早くに亡くした、それは不幸な出来事でとても悲しかったけれど、その分、祖父母は私のことを大事に、そして可愛がって育ててくれた。おかげで私は、多少のことを除けばそんなに寂しくなかったし、幸せな子供時代だったと言える。


 そんなふうに、穏やかに祖父母と暮らして、少しずつ大人になっていくんだろうと私は思っていた。その出来事が起こったのは本当に突然の事だった。





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