【23】祖母への疑問

 夕方に差しかかる時間、海斗がバイクで家まで送ってくれた。家の前で下ろしてもらってヘルメットを脱いでいると、海斗もヘルメットを脱いだので、何してるのかと訝しげに見ると、彼の目線の先には祖母が、玄関から出て来てこちらを見ていた。海斗はバイクに跨ったまま頭を下げた。祖母も会釈を返す。

「挨拶した方がいいよね」

「……海斗がいいなら」

 散々世話になった手前、さっさと帰って欲しい気持ちはあったが渋々頷く。バイクを1度停めると、二人で祖母の前まで歩みよった。


「ただいま」


「おかえり」


 汐里をじっと見て、微笑んだ祖母は、海斗に視線を移した。


「潮田海斗と言います、初めまして」

「バイト先の先輩」


「まあまあ、この子の祖母です。お家に泊めて頂いた上に、送って下さって、本当にお世話になりましたね。ありがとうございました」


 祖母は深深と頭を下げた。何となく居心地悪くて黙っていると、海斗がこちらを見て小さく顎をしゃくる。ここに帰る前、海斗に散々言われたのだ。


「おばあちゃん、その、心配かけてごめんなさい」


「……いいの、無事に帰ってきたんだから。おじいちゃんも待ってるよ」


 祖母は海斗にも上がってお茶を飲んで行くように勧めたが、バイトの時間が迫っていたので丁重に断っていた。海斗がバイクで去っていくのを、祖母とふたりで見送ると、祖母と目が合う。どんな顔をしていいか分からない私に、祖母は微笑みながら何も言わずに頷くと、そっと背中を押された。


「さ、中に入ろう?洗濯物あったら出しなさいね」


「……違うからね」


「うん?」


「海斗は彼氏じゃないから、誤解しないでよ?」


「……じゃあ、別の人なんだね、汐里の大事な人」


 ハッとして祖母を見た。祖母は眉を下げて笑った。


「好きな人がいるのかなって、それは見てたらすぐわかったから」


 じわっと込み上げた涙を堪えきれなくなった。祖母のそばに帰って安心したせいなのか、ボロボロと涙が溢れてはこぼれる。

 祖母は泣き出した私の肩をそっと抱いて、玄関へと導いてくれた。


 廊下の奥に祖父がこちらを見ていたが、祖母が首を横に振ったのを見て、居間へ戻って行った。祖母は2階の部屋に連れて行ってくれて、一度部屋を出ていくと、冷たい麦茶と熱いおしぼりをもって戻ってきた。


「何か、辛い事があったんだね」


 2人並んでベッドに腰掛けて。背中を撫でる祖母の手は相変わらずひんやりとして気持ちよかった。


「無理に話さなくていいよ、話したくなったらで」


 言葉にできなくて首を縦に振った。

 しばらくして落ち着いた。麦茶を1口飲むと、祖母に視線を向けた。


「おばあちゃんは、その、私のホントのおばあちゃんの事恨まなかった?」


「そりゃあ……ね。だって自分の大切にしてる人の気持ちがそっちに向いたのだもの、悔しかったし腹もたったし、恨みもしたわよ?人なんてそんなもんでしょ?」


「……今なら、ちょっとだけ分かるよ、おばあちゃんの気持ち」


 私は、差し障りない程度に祖母に話した。好きな人が居て思いを通じたこと。その人には一度別れた恋人がいて、その人が妊娠していたことがわかったから、今日、きちんとお別れして来たこと。

 祖母は目をうるませて話を聞いてくれた。


「そうだったんだね。汐里がいつの間にか女の顔になったから、好きな人がいるのかな?とは思ってたけど。そんな辛い思いしてたんだね。可哀想に」


 頭を撫でられてまた涙ぐんでしまった。


「我慢しないで泣いたらいいんだよ?何回も涙を流して少しずつ元気になっていくの」


「おばあちゃんもそうだったの?」


「みんなそうだと思うよ?汐里は偉いね、こんなに若いのに、ちゃんと物事の道理を通した」


「だって、お腹の子に罪はないじゃない、お父さん居なかったら可哀想でしょ?」


 私の言葉に、祖母は目を見開いた。その目から涙が溢れた。私は驚いた。何がそんなに祖母を泣かせたのか。自分の涙も収まり、逆に祖母の背中を撫でた。


 ようやく気持ちの隆起が落ち着いて、差し出されたおしぼりで顔を拭いた祖母は、ふう、とため息をついた。


「汐里は、どうしてそう思ったの?」


「うん?赤ちゃんのこと?」


「そう」


 私は、ふっと笑った。少し心が穏やかになりつつあった。今日、泣きながらも分かれを受け入れる事が出来たのは、祖父母の笑顔を思い浮かべたからだった。


「私には、おじいちゃんもおばあちゃんもいて、親の代わりをしてくれたもの。時々は寂しかったけど、それでも幸せだったから」


「……そっか」


 祖母が裏返して渡してくれたおしぼりで目元をそっと押さえる。


「私はね、女の子を育てられるなんて思わなかったから、あなたがここに来てくれてとても嬉しかったよ」


「ほんとにそう?」


 私は思っていたことを口にした。周りの友達が旅行に誘ってくれても断ったり、汐里の学費のために内職したり。祖母は色んなことを自分のために諦めて来たのではないか。不幸にしてしまったのではないか。


「どうしておばあちゃんはそうなの?」


 優しすぎる祖母。本音は自分のことを煩わしく思わなかったのだろうか。


「おばあちゃんはいつもそう。本音言わないし、私がいたから諦めたこと、たくさんあるんじゃないの?本当はどう思ってたの?」


 その時だった。部屋の襖がトントンと叩かれた。


「汐里」


 瞬間、その場の空気がピリッとした。祖父の声だった。襖を開けずに祖父は言った。


「ちょっと、じいちゃんに付き合ってくれんか?汐里」


 汐里は祖母の方を見る。目が合うと祖母は頷いた。

 私は黙って立ち上がった。部屋から出ると、祖父は静かに、おかえり、と言って、私の泣き腫らした顔からそっと目を逸らした。




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