【19】流星の夜
「誕生日なんだ、お母さんの」
海斗の隣に座って、庭で迎え火を焚きつける美帆の後ろ姿を見つめた。
バーベキューの片付けが終わって、佐野親子が帰った後のことだった。
今日は12日だ。明日はお盆の初日である。夕方、家に電話を入れた。祖母が出てくれて、友達の所でバーベキューに誘われたことを話すと、信用を得るために美帆が貸して、と電話に出て話してもらった。もう一度ケータイが手元に戻って来ると祖母の声も緊張が解けて安心した声になっていた。
「今日はいいけど、明日はちゃんと帰ってきなさい。お盆だし、お迎えの火を焚くからあなたも居てちょうだい」
祖母は普段は汐里を縛り付けるようなことはしない人だが、その言葉にだけは静かだが、有無を言わせぬ強さがあった。
「バーベキュー、楽しんでおいでね」
電話を切る前に祖母は柔らかく言った。
先程から、迎え火を焚きつける美帆も、それを見守る依子も口を噤んだままだった。パチパチという木の繊維が弾ける音に耳をすましているようにも見えるが、美帆は特に心ここにあらずというふうにも見えた。
「海斗のバイクって、あの写真のと同じ?」
汐里はその沈黙を邪魔しない程度に小さな声で隣の海斗に聞いた。
「ああ、わかった?」
海斗は眉を上げた。
「元はね、私の兄のものだったのよ」
ずっと黙っていた依子が話し始めた。
「お母さんと伯父さんと、依子さんの話して?」
海斗が提案した。まるで寝物語をせがむ子供のように。
黙ったままの美帆の背中に、かける言葉が見つからなかった。哀しみや、切なさが伝わってきた。美帆さんにとって、芹香さんは姉のような人だったのだろうか。遠い親戚だと言っていたが。
「今夜のバーベキューはさ、毎年恒例なの。芹香が好きだったの。だから迎え火には一日早いけど、匂いに誘われてきっと帰って来るように、あの子が生まれた日を一緒に祝ってやりたいのよ」
「そうだったんですね」
「どうしてだか、普通の家族とは縁が無いのか、あの子も叔母に育てられた子で、早く自分の家族を持ちたがってた。その叔母さんも高齢だったし。海斗が生まれた時、もうよくわかって無かったから、それはものすごく喜んでくれたのよ?私の事兄だと思い込んでたから、こう、手を握ってね、芹香とこの子を守ってやってくださいねって」
依子の目に涙の膜が張っている。その縁が微かな火の明かりに光る。
「結婚式の前撮りの写真だけは撮影してあったから、後で見せてあげる。綺麗よ、芹香」
「振袖のやつよね?」
美帆がようやく口を開いた。火が燃え尽きた木を、火箸でブリキのバケツに入れた。それを合図に海斗が家の灯りをつけた。
「そうよ、その振袖、あなたも着たんだもんね」
「うん」
美帆が何かを懐かしむように微笑んだ。
「成人式でですか?」
私が聞くと、ほかの3人が少し黙った。何か変なことを聞いたのかとキョトンとすると、美帆がふっと笑った。
「違うの、別の機会に借りたの」
そう言ってそっと首に下げたネックレスのトップを服の上から握った。カプセルの形をしたそれは、昨日会った時から美帆がずっとつけている。
依子と海斗はそれをそっと見守るように笑った。
出会ったばかりの私に優しい人達が、その時、痛みに耐えているように見えた。
芹香さんは3人にとって、とても大切な人だったということだけは、その様子を見るだけで感じ取れた。
自分にもわかる。自分にとって祖父母はかけがえのない存在だ。そして、あれから話もしていないけれど、梶田の事も。まだ正直好きで仕方ない。たとえ向こうが私のことをただの生徒と思っていたとしても。あの日の、自分を見つめて来たあの一瞬、その目は、そうじゃなかったって思ってる。
確かめたい。心の中にそんな感情が湧いた。だけど、次に会う時は多分、完全に失恋する時だ。勇気がわかない。怖い。
みなが見上げていた紺碧の夜空に、乳白色の星がすいと流れた。流星群の先駆けだろう。
「今年も沢山流れるかな?」
縁側に後ろに手をついて、空を仰いだ海斗が言う。
小さくふいた夜風に、燃え尽きた薪の香りが流れて香る。
***
お香の細い煙がゆらゆらと立ち上るのをじっとみながら、すっかり冷めた紅茶を口にする。
今でも時折思い出す、あの夜の迎え火の煙香りとあの人たちの寂しそうな横顔。
今ならわかる。その寂しさも痛みも。
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