【18】バーベキュー
買い物に付き合う中、依子とは色んな話をした。
『汐里ちゃんは何が好きなの?』
『何って、食べ物とかですか?』
『うーん、趣味とか、熱中してる事とか』
『今は……うーん』
まさか、初めて好きになったのが教師で、脈もあると思っていたのに、向こうは婚約者がいる事が昨日発覚したとか……
(言えないよなぁ?)
ずんと重くなった胸の痛みから目を逸らして、別のことを思い浮かべた。
「夏休み前からバイト始めたんですけどね。店のデザートが凄い可愛くて美味しくて。早くそれの盛り付けができるようになりたいんですよ。海斗には10年早いとか言われるし……」
「海斗が言ってたな。うちのはデザートがかなりいいって。汐里ちゃんも甘いもの好き?」
依子が眉を上げた。その表情が嬉しそうに紅潮した。
「まあ……はい」
ショッピングセンターの駐車場の目の前を白い車が通過する。依子は、少し考え込んで、1度切った車のエンジンをもう一度かけた。
「え?」
「決めた!買い物はあと!付き合って!」
車を再び走らせで立駐から出ようとしている。
「ええ!?」
「買い物する前にちょっと美味しい物食べに行こ?デザートが美味しいお店あるの。午前中の方がいいよね?午後はバーベキューの為に間食禁止。だから、ね?」
依子が目の前のゲートの車の通過待ちにブレーキを踏みながら言って、こちらをチラッとみた。その表情が、何か楽しみを見つけた時の祖母と重なった。なんだかほっとした。
「はいっ」
おもわず頷いた。
「よし、お姉さんが美味しいもの奢ってあげるからね」
依子の嬉しそうな声に、汐里の重い気持ちも少し軽くなった。
***
夕方、日が下がった6時頃から海斗はバーベキューグリルの炭に火を入れた。頭にタオルを巻いて、首にも汗ふき用のタオルを下げて。タンクトップだと危ないからちゃんとTシャツ着なさい、と美帆に言われて、渋々のように着替えていた。
「汐里、うちわ取って」
汐里は、庭に出したテーブルの上にあったうちわを見つけて手を伸ばした。それを横からサッと持って、
「はい!海兄ちゃん、どうぞ」
ツインテールの女の子が海斗にうちわを渡す。
「おお、サンキュ、美波」
海斗は空いた手で小さな女の子、美波の頭を撫でた。
うちわに伸ばした手を引っ込めながら、その光景を見つめた汐里は、こちらをチラッとみた美波が、ツンとそっぽ向くのをヤレヤレと思いながら見ていた。
「汐里ちゃん、ごめんなぁ?」
縁側からつっかけを履いて出てきた中年の男が眉を下げて謝った。
「いえいえ、大丈夫です」
潮田家の庭でのバーベキューにお相伴することになった汐里だが、近所のこの父子も招待している事は買い物をしてる時に依子から聞いていた。
佐野晴明30後半。その娘、美波ちゃん5歳。美波を産んだ後、離婚して母親は出ていったそうだ。今は晴明の父母と美波の4人で住んでいる。海斗は中学の頃から、農繁期にバイトとして晴明の畑の手伝いに行っているそうだ。庭の畑にある作物の苗は、晴明の所で貰うことが多いらしい。
「美波、汐里ちゃんと一緒に美帆さんのお手伝いしておいで」
「いや。海兄ちゃんと一緒にいるの」
私と海斗は目を合わせると、お互い軽く眉を上げた。キッチンでは依子と美帆が食材をアルミで包んだり、肉に味付けしたりしている。庭で採れたナスや春に収穫したじゃがいも、なんとミニトマトも焼くと言う。エリンギは佐野が直売所で買ってきてくれた。
「美波ちゃん、海斗のそば離れないね」
「見張りね、もはや」
美帆と依子は、美波に撃退されてすごすご戻ってきた私に苦笑いした。
「別に彼女でもないのにな」
言ってつられて苦笑いした。
「年頃同士そう見えるんでしょうね」
「うん、黙ってたらそう見えるもん。お似合いって事」
不服そうに口をとがらせた私を見て、美帆は、あ、と言って依子と顔を見合せた。
「あれ?汐里ちゃん彼氏いたりする?」
依子がアルミホイルをひたすら切り離しながら言う。
「ああ、いないです、残念ながら」
「好きな人はいるでしょ?恋してる顔してる」
美帆が、洗ったじゃがいもにアルミを巻きながら顔を上げた。ポニーテールの髪がサラッと揺れる。昨日見た梶田の婚約者も、似たような髪型だったのを思い出して胸に嫌な感情が湧き上がってきた。
「……そうですね」
「……」
依子は何かあったのだなと察し口を噤んだ。隣の美帆も同じで目線が少し泳いだ。
昨日、梶田の彼女が部屋にいるのを知らずに、(そんな存在がいることすら夢にも思わなかった)悪戯心から連絡もせず、私は突然梶田の部屋を訪ねたのだ。きっと迷惑だっただろうな、そこまで思い出すと込み上げてきたものでじわじわと声門が圧迫され、目頭が熱くなった。
「私もじゃがいも包みますね」
言ってじゃがいもを手に取ると、2人から目を逸らして、アルミでくるんでいく。
「ねー!炭、そろそろ火が落ち着いたよ!」
海斗が庭から呼んでいる。
「ああ、今持ってくー!」
依子が肉と野菜を乗せたトレーを持って庭へ降りていった。その後ろ姿を見送って、美帆が汐里へ視線を移した。
「昨日なんかあったんだね。あの子そういうのほっとけない子だからさ」
顔を上げると、美帆が薄く笑ってこちらを見ていた。さっき我慢した涙がじわっと浮かんだ。美帆はそっと手を伸ばして汐里の後頭部に触れた。その手の感触が、幼い頃別れた母のものと似ていた。髪を撫でられて、涙の堰がはずれた。しゃくりあげた。
「よしよし、しんどかったんだね。ここには恋愛の大先輩が2人もいるんだから、いくらでも聞くよ?大抵の事は驚かないから」
汐里はしゃくりあげて、美帆にされるまま、肩に頭を預けた。
どうしてだろう。こんな会って間もない人たちなのに。こんなに素直に感情を見せてしまうなんて。
「こういうのはね、あんまり近しくない人の方がすんなり話せたりするもんなのよ。今まさに好都合じゃない」
まるでこちらの心を読んだかのような美帆の言葉に、汐里はこくんと頷いた。恥ずかしくなって、美帆から離れる。美帆はポンポンと頭を軽く叩いた。
「まあ、でも、今はお客さんもいるから、しばらく部屋で休んで、ちょっと顔冷やしたら出ておいで」
そう言って冷蔵庫から保冷剤を取り出して、タオルで包んだものを持たせてくれた。汐里は素直にそうすることにした。
「あれ?汐里は?」
庭では海斗が縁側の向こうの汐里が使ってる部屋に目をやり、依子に目線を移して聞いた。
「ちょっと買い出し疲れちゃったみたい、少し休むって」
「ええ?これから焼くのいい肉なのに……」
海斗は言いかけて、依子と美帆の目配せを見て、何かを察したようだった。
「お肉焼ける匂い嗅いだらそのうち出てくるわよ」
依子の言葉に、海斗は頷いた。もう一度部屋の方に目をやった。
「よし、美波、ウィンナー焼こうな」
「やったぁ!」
張り切った声をわざと出して、美波を喜ばせる。
数十分後。午後の間食を止められていたせいか、肉のやける匂いに食欲をそそられて私のお腹がクルルと鳴った。鏡に顔を移し、ほとんど赤みが引いてるのを確かめて、部屋から出た。昨日この家に来てから、なんでこんなにおなかが空くのだろう。もう一度グルル、と音を立てた腹部を擦りながら可笑しくなって少し笑った。
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