8 最後の晩餐に選んだカレー
「約束だから、ちゃんと話すわ。――三月まで文芸部で活動していた二年生の
静乃先輩は、窓の外を
「夢叶ちゃんは
静乃先輩は、遠い目をした。
「でも、ひとたび机に向かえば、彼女は誰よりも
僕たちのグラスのどちらかで、溶けた氷がカロンと音を立てた。グラスを伝った
「
静乃先輩の告白を、僕は黙って聴いていた。ほんの少しの羨ましさと、湯浅先輩に会ってみたいという気持ちは、今は胸に
「鮎子が筆を折った原因は、お察しの通り批評会よ。森浦が、文芸部の批評会で鮎子の作品をバッシングしたの」
「でも、見当違いなバッシングなら、気にすることないんじゃ……」
「気にすることない、なんて。そんなこと、君にできる?」
僕は、返答に
「それに、ただのバッシングで済んだなら、鮎子は立ち向かえたはずよ。でも、森浦は鮎子の筆を確実に折る気だった。文芸部の部員じゃなくても批評会に参加できることを利用して、部外の生徒を批評会に呼んで、ろくに鮎子の作品を読んでいない奴らに好き勝手な悪口を言わせたんだから」
「それは……
「このことが問題になって、部外者は参加できない
「だから、復讐を?」
「そうよ」
静乃先輩の強い眼差しが、僕を射抜いた。
「一人の小説家に言葉の毒を盛って、筆を折る呪いをかけた人でなしを、地獄に叩き落とさないと気が済まなかったから」
「……たとえ、そうだとしても」
こんなことを言えば嫌われると分かっていても、僕は言わずにはいられなかった。
「筆を折ると決めたのは、湯浅先輩です」
案の定、静乃先輩は僕を
「静乃先輩にできるのは、湯浅先輩の気持ちに寄り添うことと、それから……また物語を
「鮎子は、全部が嫌になってやめたのに? 私の無神経な励ましを、鮎子が
「重荷に思いますか? 本当に?」
僕の切り返しに、静乃先輩は息を
「そのときは、そのときです。静乃先輩の言葉を聞いて、どうするか。それは湯浅先輩が考えるべきことで、静乃先輩には手出しができない領域ですから。逆に言えば、静乃先輩の励ましに対して湯浅先輩が『余計なことを言うな』って怒ったとしても、他人にどんな言葉をかけるか、どんなふうに働きかけるか、決定権は静乃先輩にあります。湯浅先輩にとやかく言われる
「いつの間に、そんなに
「僕の好きな人が、理屈っぽい人だったので」
静乃先輩は、ちょっとうんざりした顔をした。そのリアクションは、大いに傷つく。けれどまだ言い足りないので、「それに」と僕は言葉を継いだ。
「静乃先輩は、
静乃先輩は、不意を打たれた様子で目を
そのとき、やっとカレーが運ばれてきた。マスターは無表情だが、カウンター席の常連客はなんだかハラハラした顔でこちらを見つめている。もしや僕たちは、
「変よね。ほっとした。自分でメニューから選んだくせに、最後の
「そんな大げさな……いや、僕もこの喫茶店の名前を見たときに、似たようなことを考えました。この現実が、本当に
「
「いいじゃないですか、綺麗事でも」
僕がスプーンを握っても、静乃先輩の手はテーブルにのったままだ。白い皿に盛られた
「批評会では、真っ当な意見を言ってくれる部員も多いことは知っているの。鮎子の事件が起きるまでは、私も参加していたもの。他人の作品に対して厳しい意見を述べるとき、相手も勇気を出して言ったんだろうなって感じたことも、一度や二度じゃないわ。その一方で、作者への
静乃先輩は、顔を上げた。僕に向けて、初めて柔らかく微笑んでくれる。
「私だって、傷つくのが怖いだけの、一人の人間なの」
「知っていますよ。いつも静乃先輩のことを見ていますから」
「君が言うと、とても重いわ」
静乃先輩は、やっぱりうんざりした顔をした。けれど、その表情はほんのりと明るくて、「
「私に勇気がないのは、当たりよ。森浦先輩の罪を夢叶ちゃんに
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