7 ホワイダニット
「この春まで小説を部誌に
僕が『
「僕が推理小説のあらすじを説明したときに、静乃先輩は居心地悪そうな顔をしましたよね? この反応は、自分の作品のあらすじを読み上げられることに慣れていないからだと考えれば、
「それだけの理由で、私が小説を書けると思ったわけではないんでしょう?」
「はい。僕が初めての批評会で落ち込んでいたときに、先輩が僕に言った
「批評会に初めて参加した僕が、自分の作品に
「よく一字一句すべて覚えているわね」
「静乃先輩は小説を書かないし、部員のみんなの作品を読むだけの部員だと言い張っています。しかし、あのときの静乃先輩の
「恨みつらみって言わないで。真面目に怒るわよ」
「すみません。恨みつらみではなく、
僕も、真面目に謝った。静乃先輩を傷つけるつもりはなく、むしろ文芸部の面々から作品に対する
「さらに、このとき静乃先輩は『この大学の文芸部の批評会に参加しない』という言い方もしていたので、例えば他の大学の文芸サークルであれば参加もやぶさかではないという意思を感じました。つまり、僕たちの大学の文芸部に強い怒りがあると考えたとき、静乃先輩は『小説を書く立場』の人間か、あるいは『身近な人間が批評会をきっかけに筆を折られた』か、あるいは『その両方』である――と、僕は
静乃先輩は、僕の推理を否定しなかった。薄茶色の瞳に、感情の揺らぎはない。後輩からの指摘程度で揺らぐ
「ここからは、
「自分の作品だと
ぞっとするほど冷たい声で、静乃先輩が言った。僕は、
「森浦先輩は、自分の
「? どういうこと?」
静乃先輩の声が、硬くなる。窓の外では、夢叶がついに森浦先輩に
「この計画を仕組んだ犯人の目論見は、森浦先輩にわざと小説を盗ませたあと、タイミングを見計らって本当の作者を
「犯人が森浦先輩に怒りを
「犯人はきっと、盗まれた作品は部誌に
気づけば、喫茶店内がやけに静かだ。横目にカウンター席を盗み見ると、マスターと
「ここで、先にはっきりさせておきたいことがあります。盗まれた小説の作者は、本当に
静乃先輩は唇を開き、何かを言いかけて、結局言わなかった。今さらこの点について反論しても、分が悪いだけだと
「この計画には、重要な問題があります。森浦先輩を
「ホワイダニットは?」
静乃先輩が、どこか投げやりに口を挟んだ。その目は僕を見つめているけれど、全神経を窓の外に集中している様子が伝わってくる。
「ホワイダニット。――
「これも
静乃先輩は、
「森浦先輩がどうやって自主映画の主役の
「それがどうして、動機になるの?」
「静乃先輩も、本当は分かってるんじゃないですか。だから森浦先輩に盗ませる作品の作者を、『
「よくそんな
「だって、振り向いてほしい人になかなか振り向いてもらえない寂しさは、僕にも分かりますからね」
静乃先輩は、いつもの暴言を吐かなかった。顔を背けた視線の先で、森浦先輩はまだ
「静乃先輩が
「止められないわよ。夢叶ちゃんが、あいつに引導を渡してくれる」
「静乃先輩。どうして僕が、静乃先輩に会いに来たと思いますか?」
静乃先輩が、息を吸い込んだ。過去の議論を
「僕は、ここでラストシーンを見守る静乃先輩が心配で、話をしたくてここに来ました。静乃先輩自身の意思で、こんなことはもうやめてほしいという願いもあります。でも、僕がここに来た一番の理由は、別にあります」
「一番の理由? それは何?」
「夢叶です」
静乃先輩の瞳に、微かな動揺が走った。
「森浦先輩を
「……そう。私の推理は、どれも外れていたのね」
僕の告白を聴き終えた静乃先輩は、なんだか
「喫茶店から
「これも、やっぱり想像になりますが」
そう前置きした僕は、言葉を選びながら
「わざと盗ませたとはいえ、森浦先輩に奪われた作品の撮影現場を、見たくなかったからではありませんか? きっかけは復讐だとしても、あの物語は僕にとって衝撃的な面白さでした。大事に育てた我が子同然の作品を、復讐のために
「長々しくて、くどい。必要最低限の言葉で、簡潔な表現を心掛けて」
「はい。静乃先輩は、小説を愛している人だからです」
静乃先輩は、しばらく僕をじっと見ていた。それから、
「砂浜に集まっている部員の誰かに、電話するわ。私が夢叶ちゃんに届けた台本は
「その心配はありませんよ。少し進行が
窓の外では、まだ森浦先輩と夢叶は会話を続けていた。森浦先輩の表情に
「そっか……そうよね。
「
「そうね。いつバレてもよかったもの。それなのに、自主映画を撮ることになって、一番びっくりしていたのは私よ。ううん、それはやっぱり
――鮎子。初めて静乃先輩の口から聞いた名前は、
「あの……自主映画の件について、湯浅先輩は何も言ってこなかったんですか? 湯浅先輩は、静乃先輩が小説を書くことを知っていたんじゃないですか?」
「ええ。鮎子だけは知っていたわ。それに、自主映画の件は鮎子の耳にも入っていたと思う。それなのに、あの子は文句を言いに来なかった。批評会の一件から救ってあげられなかった友達には、もう
「批評会……やっぱり、何かあったんですね。僕が入学する前の時期に」
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