6 隠された真実

「すり替えた? 私が?」

 静乃先輩は、上品な笑い声を立てた。「どうして?」と訊き返す声に、ほんのりと挑戦的なひびきがにじむ。僕は、淡々たんたんと説明した。

「これから撮影するのは、自主映画のラストシーンです。主人公は、大学生と小説家という二足の草鞋わらじく青年で、彼は自分の著作ちょさくに見立てた連続殺人事件の犯人を見破みやぶります。しかし、共に生き残ったヒロインも、実は主人公の著作に傷つけられた過去があり、事件を解決して気がゆるんだ主人公の毒殺どくさつ目論もくろんでいます」

 静乃先輩は、居心地が悪そうな顔をした。窓の外の浜辺では、夢叶と森浦先輩が、じゃれ合うように走っている。脅威きょういは去ったと信じて疑っていない顔で、二人は自由を謳歌おうかしていた。青春の一幕ひとまくこわれるまで、おそらくあと五分も猶予ゆうよはない。

「台本が本来のままであれば、このあとヒロイン役の夢叶ゆめかが飲み物に毒を混入させて、主人公の森浦もりうら先輩を殺害します。毒を飲んだ主人公は、ヒロインの真意しんいに気づきますが、破滅はめつする運命を受け入れます。その意思を犯行後に知ったヒロインもまた主人公のあとを追い、物語は終幕しゅうまくむかえます。しかし、ヒロイン役の夢叶の台本は、何者かによって書き換えられていました」

「たとえ書き換えられていたのだとして、なぜ羽柴はしばくんがそれを知っているの?」

 静乃先輩も、淡々と言った。僕がどこまで突き止めているのか、探りを入れているのだろう。ここは推理が不要な領分なので、「簡単なことですよ」と僕は答えた。

「ここに来る前に、僕は夢叶に会っているからです。病院を出たその足で撮影現場に向かった所為で、自分の台本を家に忘れてきた夢叶に」

 静乃先輩は、瞠目どうもくした。まだ涼しげな表情の仮面は外さなくても、今日の夢叶の遅刻はやはりイレギュラーだったのだと確信できた。

「今朝、僕のスマホに夢叶から一度目の連絡がありました。診察しんさつの予約を入れていた日時を勘違いした所為で慌てていたら、台本を家に忘れてしまった、と」

「……なるほどね。だから羽柴くんが他の部員に台本を借りて、夢叶ちゃんに届けたのね。真相は、寝坊でも腹痛でもなければ、私を尾行びこうしたわけでもなかったのね」

「いえ、先輩に会いに来たのは本当ですよ」

「何よ、やっぱりストーカーじゃない」

「その議論は、話がややこしくなるので今度にしましょう」

 なじられることに慣れてきた僕は、今朝から今までの出来事を回想した。

 ――『智規ともき、お願い! 部員の誰かに台本を借りて、駅まで届けてくれない?』

 静乃先輩を捜して喫茶店に入る前に、僕は人使いの荒い幼馴染おさななじみに呼びつけられた。電車に飛び乗った夢叶に、スマホのメッセージアプリで『駅に着いたら、撮影現場に直行したいの! 台本の内容は頭に叩き込んでるけど、最終確認をしたいから、悪いけど持ってきて!』と頼まれたからだ。冷房のきいた宿から離れたくない僕は、『必要なページだけスマホで写真に撮って送信するよ』と提案したが、『やめてよ! おっちょこちょいの智規ともきが、うっかり別の人に誤送信なんてしたら、シャレにならないんだから!』と一蹴いっしゅうされた。『どうせひまなんでしょ? いとしの静乃先輩も不参加だもんね』という悲しいかな反論できない台詞せりふ石礫いしつぶてまで投げつけられた僕は、渋々と映画研究部の部員に事情を話して台本を借りて、夢叶と駅で落ち合った。

 そして、その場で内容を確認した夢叶が――台本の改竄かいざんに気づいたのだ。

改竄かいざんされていた台本は、夢叶が家に置いてきた台本のほうです。これから夢叶が出演する予定のラストシーンの台詞と行動が、他の役者たちの台本と異なっていました。なぜ、一冊だけ台本が改竄されたのか。心当たりがないか、夢叶に訊いてみました。夢叶は、証言しましたよ」

 ひと呼吸を置いてから、僕は言った。

「昨日の夜――合宿の最終日の前日に、静乃先輩が、わざわざ家まで届けに来てくれた、って。台本が改定かいていされたと言って、お見舞いをねて届けてあげたそうですね」

 窓の外では、役を熱演ねつえんする夢叶と森浦もりうら先輩も、僕と静乃先輩のように見つめ合っている。夢叶が持つ烏龍ウーロン茶のペットボトルには、すでに毒薬どくやくが仕込まれているはずだ。

「たとえ羽柴くんの推理通りだとして、台本を改竄したのがどうして私ということになるの? 私は小説を書けないのよ? 台本の改竄なんて大それたこと、私にできるわけないじゃない。興ざめなラストシーンを書けば、すぐに改竄だとバレるわ」

「本当に、そうでしょうか」

「え?」

「静乃先輩は、小説を書かない。僕たち新入部員にも、そう自己紹介をしていました。他の先輩たちも、すっかりだまされていたと思います。今までに一度も部誌に作品を載せなかった明智静乃は、小説を書けないんだ、と。もし、その前提ぜんていが違ったら?」

 僕は、静乃先輩の目を見つめる。薄茶色の瞳の奥に、隠された真実を探すように。

「静乃先輩は、本当は、小説を書けるとしたら?」

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