4 静乃先輩の推理

「えっ、どうしてって……暑かったから、冷たいものでも飲みたいなぁって……」

「でも、注文したのはカレーよね。もっと汗がき出るんじゃない?」

 下手へたくそな言い訳をした僕を、静乃しずの先輩はじっとりと眺めた。美人に冷たい目で見られてぞくぞくしたやましさは、バレたらここから追放されるので、おくびにも出さない。

「羽柴くんは、何らかの目的を持ってここに来た。私が、その目的を当ててあげる。まず、本当にお腹が痛いなら、おとなしく宿で休んでいるはずよ。カレーを注文したことからも、ここに来た目的をいつわっているのは明らかだわ」

 静乃先輩は、犯人に物証ぶっしょうを突きつける探偵たんていのように、メニューを僕に向けてきた。明智あけちの名字は伊達だてではなく、なかなかさまになっている。

羽柴智規はしばともきくんは、なぜ嘘をついてまで喫茶店に来たのか。考えられる動機どうきは、よほどカレーを食べたかったから。みんなは撮影後に別のお店に食べに行くらしいから、ネットでひそかに評判になっていた『白昼夢』のカレーをどうしても食べたくて、集団行動からのエスケープという犯行はんこうおよんだ」

「ええー……犯行って……」

「でも、本気でカレーを食べたいなら、お腹が痛いなんて仮病けびょうは使わないはず。しかも、最初は寝坊したと言っていたわ。私からの思わぬ追及を受けて、その場しのぎの適当な言い訳をでっち上げたのだと仮定かていすると、一つの結論が見えてくるわ」

 静乃先輩はメニューをテーブルのすみに戻すと、軽蔑けいべつの目を僕に向けた。

「文芸部のみんなと一緒に宿を出た羽柴くんは、映画研究部と待ち合わせている撮影現場に向かう途中で、この町に来たばかりの私を見つけた。私ひとすじの君は、私と二人きりになるために仮病を使って、みんなには宿に戻るとでも言ったんでしょうね。そして、まんまと一人になると、私のあとを尾行びこうした。これが君の犯行よ」

「ちょっと、その推理だと、僕がまるで不審者ふしんしゃじゃないですか」

「違うの?」

 ひどすぎる。僕は天井で悠々ゆうゆうと回るファンを振りあおいだが、結論に間違いがない以上、白日のもとさらされた罪を認めようではないか。白旗しろはたを上げた僕は、素直すなお自供じきょうした。

反論はんろんしたい箇所もありますが、確かに僕は寝坊をしていませんし、腹痛も嘘です。静乃先輩と話したくて、魔が差してここに来ました」

「ストーカーね」

「そんな、違います。あっ、だから犯行犯行って連呼したんですか? 僕はただ、店内に友達がいるのが見えたから、挨拶あいさつをしに来ただけですよ」

「それは私のことかしら? 私と君は友達ではなく、先輩と後輩の間柄あいだがらだけど?」

 けんもほろろに突っぱねられた。けれど、喫茶店で同席させてもらえる程度の親密しんみつさは、今までにつちかってこられたのだと信じたい。

 よって、友達としてはまだ認めてもらえていないなら、ここから先の台詞せりふは後輩として、敬愛けいあいする先輩に言わせてもらうことにした。

「静乃先輩。やめたほうがいいと思いますよ」

 一瞬だけ、時が止まった気がした。冷めた眼差しが、わずかだが真剣みを帯びる。薄い緊迫きんぱく感で張り詰めた空気に、静乃先輩は普段通りの声を乗せた。

「やめるって、何を?」

「静乃先輩も、嘘をつきましたよね? 僕には、静乃先輩が何をしようとしていたのか、分かっています」

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