私を連れ去って⑦
雨が車体を打ち付ける中、明智が目を覚ます。
「ここは……?」
「目が覚めたのね! 良かった……」
「あ、えっと……名取さん……?」
明智は隣の運転席で横たわる景に視線を移した。
「まだ眠ってるの……。明智さんは大丈夫? 身体痛くない?」
「痛み、ですか……っ!」
首周りの痛みを感じた明智は顔を歪める。
「あの、凄く身体が痛いんですけど……何があったんですか?」
「……それは……」
朱音を始め、真と新川は口を噤んだ。各々目の前で見た光景を教えるべきか悩んでいた。
「僕が……君を……殺そうとしたんだ」
眠っていた景の口から明智に向けて何が起きたか告げられる。
横たわったまま、顔だけを明智に向けて、再び同じことを口にした。
「僕が、君を殺そうとした……」
「どうして……」
「それは、君が一番良く分かってるんじゃないですか? あれは紛れもなく君の記憶で、君の想いだった……。明智さん、思い出さなくちゃいけない……君が片桐硝子さんを殺したんだよ」
その言葉に明智の表情は引き攣ったものになる。
「何言ってるの……? どうして……私が!」
「……君が彼女を……好きだったからだよ……」
「当たり前じゃない! 硝子は親友なんだから」
「違う、僕の言いたい事はそんなことじゃない。君は硝子さんを恋人として好きでいたんだよ」
景の口から出た言葉に明智を除く全員が驚いた。
「ちょっと名取さん、そんな冗談今は……」
「多田くん。私は至って真面目です。同性を好きになる。愛することはあるんですよ」
「いや、だったら尚の事、彼女が殺しをするなんて考えられないじゃないですか?」
「君は最愛の人を目の前で奪われたことはありますか?」
「……ないです、けど」
「それは……とても、辛いことなんです。辛い感情は止まず、嫉妬に変わり、憎悪に変わる。その矛先が誰に向かったのか、今ならわかるんじゃないですか?」
誰一人、何も言葉を発することなく、景の話を静かに聞いていた。
「真っ先に憎悪の向いた対象は硝子さんでした。彼女はその場で硝子さんを押し倒し、首を絞め、海の中で窒息死させました……。その後、様子がおかしいことに気づいた紀田さんは硝子さんを助けに来ます。そこを彼女は後ろから押し倒し、同じ様に首を絞め、窒息死させようとしたんです」
「でも、それじゃあ……」
「はい、紀田さんは何とか力で押し切って逃げることができました。しかし、明智さんの形相と必ず殺すという予告にその場から逃げ出します。きっと、その時のトラウマが今の紀田さんを作ったのではないかと、私は思っています」
本気で人を殺したいと願うほどの憎悪を真正面から向けられて、その眼に怯えない人なんて、中々いないと景は続けた。
「私、何も知らない! 飲み物を買って戻ってきたら硝子がいなくて……」
「その記憶は本物ですか?」
「え?」
「あの日、飲み物を購入していたのは紀田さんです。紀田さんが逃げた後、その場にあった飲み物を見て、勝手に記憶を書き換えたんですよ……。そうしないと……君は自分を保てなかったんです」
この場にいた人物でそれが分かったのは真だった。
「まさか! 彼女も!?」
「はい。恐らく、過度のストレスによる記憶障害、心的外傷……。PTSDを患ってます」
明智は頭を抱え込むように全身を震わせた。私がやった。私はやってない。何度も同じ言葉を繰り返し呟く。
心配した朱音が手を差し伸べようとしたが、その手を景が制す。今必要なのは手を差し伸べることではなく、彼女を突き放すことだと。
次第に身体の震えが落ち着き始めた明智は、別の事を呟き始めた。
「ごめん……。ごめんね……硝子。私、……あなたを……殺しちゃった……。ごめ……ん……」
泣き声と共に何度も何度も謝った。謝ったところで亡くなった相手が戻るわけじゃない。それでも、明智には泣いて謝り、いない相手に許しを乞うことしか出来なかった。
雨が車内を打ち付ける……。
その雨音は、この場すべての心に水溜りを残した。
〜後日談〜
片桐硝子の遺体は結局見つかることはなかった。
明智の証言から行方不明から殺人事件として取り扱われることになり、大々的な捜索が行われたが、その成果は無かった。
景には彼女の想影が視えていた。だが、それでも捜し出すことはできないと断念していた。想影は海の遥か向こう側まで伸びていたからだ。流石に縦も横も広い海からなにか一つを見つけるのは現実的ではなかった。
警察の見解では、堤防横で起きる離岸流に流され沖に出た可能性が高いと遺族に知らせれていた。まだ、行方不明であってほしかったと片桐硝子の両親は涙ながらに取材に答えていた。
「名取さん……。そろそろ店の準備しないと」
「今日は、休業しましょう……」
「…………そうですね」
テレビから流れるニュースは大きな話題を読んでいた。
「まさか、依頼者が犯人だったなんて……」
「あの瞬間まで、忘れていたんです……。きっと彼女は本気で捜し出そうとしたんですよ。それは、彼女とあってから変わっていませんでした」
明智が記憶を取り戻した後、そのまま警察へと出頭した。最初は悪戯かとまともに取り合わなかった警察だったが、行方不明のリストから同じ名前を見つけ出し、本格的に取り調べが始まった。
明智の首の手跡に関して、景は私がやったと名乗り出た。しかし、明智は違うと言い張り続けた。景は私が自殺するところを助けてくれたと警察側に主張したのだ。
自殺未遂と犯人の確保。景はむしろ警察側に感謝されていたが、その間もずっと景の表情は曇ったままだった。
「朱音さん……。大丈夫ですかね?」
「そうですね……。今回の件で思い詰めてなければいいですが……」
「心的外傷ですか?」
「はい。本当に……人は弱い生き物です。考える力があるから余計に深く考える。落ち度など微塵もないのに、勝手に傷ついて、勝手に心をすり減らす。朱音さんには、そうなってほしくないです」
本来、朱音には関わらせないつもりでいた景。
しかし、関わらせてしまった。自分が不甲斐ないばかりに心配を掛けてしまった。そんな後悔と自分の弱さに、景は独り奥歯を噛み締めた。
人と違うことといえば、影が視えること。強い想いを辿ることが出来ること。それ以外は他の人と変らない。景もまた、弱い生き物の一人だったのだ……。
影追人 名取景の裏稼業 大文字多軌 @TakiDaimonji3533
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