最終話「with you」

 明日香が飛び降りてから1年が経過した。


 あたしたちは今も同棲生活を続けている。

 明日香の精神も不調は見られず健康そのものだ。

 バイトも順調で、たくさんの生徒から慕われているようだ。


 最近は塾長から「正社員にならないか」と誘われているらしい。

 でも正社員になるということはいずれどこかの塾長を任されることになりそうだと言っていて、それが今の悩みの種だそうだ。

 まだアルバイトを始めて半年近くしか経っていないので、今のところ保留なのだとか。


 あたしの方も順調と言えば順調だ。

 ALTAIR以外のサポートの仕事も増えたけれど、その分コンビニのアルバイトのシフトを減らさなければならなくなった。

 だけど、大好きな音楽で仕事ができるからそれなりに満足している。


 大きく変わったことを挙げるとするならば、路上ライブの回数が圧倒的に増えた。

 それも明日香とのデュエットだ。


 あの日、ライブを終えて彼女たちを見送る際、理恵はこんなことを言い出してきたのだ。


「明日香ちゃん、ALTAIRウチに入る気はない?」


 その時はまた冗談だろう、と半分聞き流していたけれど、あの人の目は本気だった。

 本気で情熱を追いかけている目。


 これはガチだ、と確信した時はもう遅かった。

 理恵は明日香の返答など待たず、ガシッと明日香の手を握る。


「いや、絶対入れる。佳音も一緒。それでうちらのバンドからユニットとしてデビューさせるの。プロデュースはもちろんアタシ。うん、決定」

「そんな無茶苦茶な」

「リーダーの言う事は絶対、いい?」


 まるで独裁政治だ。

 ほっとけばいいよ、と明日香に忠告したけれど、当の本人は「佳音と一緒に音楽ができるならそれでいい」とやけに乗り気だった。

 こうなってしまったらもうその誘いに乗るしかない。


 少々強引なやり口だったが、それでも理恵のおかげで着実に路上ライブでの観客が多くなってきている。

 純粋に歌がいいのか、それとも明日香の美貌に釣られたかはわからないけれど、聴いてくれる人が増えたことに喜びを感じずにはいられない。

 この点に関しては理恵に感謝するしかないだろう。


 もちろんバンドにも明日香は顔を出す。

 最初はリードギターあたし、サブギター明日香、そしてキーボードを理恵がやる予定だったらしいが、明日香がピアノを弾けるとわかった瞬間「アタシの目に狂いはなかった!」と適当をほざいていた。


 あと、バンド名がALTAIRからCAPELLAカペラに改名した。

 元々この名前の由来が夏の大三角を構成するデネブ、アルタイル、ベガから来ていて、3人それぞれが星になぞらえているようだ。

 しかしあたしと明日香が加入して、メンバーが3人から5人になった今、元の名前の意味が薄れてしまったため、今度は5つの星で構成されているぎょしゃ座のカペラから拝借したそうだ。


「だったらぎょしゃ座を意味する『Aurigaオウリガ』の方が良かったんじゃない?」

「バカ、そんなの語呂が悪いだろ。それに、カペラは一等星なんだ。みんな一緒にカペラみたいに輝くんだ」


 何言ってんだこいつ、とあたしは杏奈や真由美に助けを求める。

 だけど杏奈は苦笑いを浮かべるだけで、真由美は首を振るだけだった。

 明日香に至っては「カペラは冬のダイヤモンドを構成するから、あと1人ほしいね」なんて言う始末だし。


 まあ、改名したところであたしたちの人気に変化なんてなかった。

 観客たちもあたしと明日香の加入を賛同してくれて少しほっとする。

 明日香曰く、賛同者がいなくても実力で黙らせる気でいたらしい。

 事実明日香のキーボードの腕前はブランクがあるとは思えないほどだった。


 塾講師に、バンド活動に、路上ライブと、三足の草鞋で大変そうだが、無理せず頑張っている。

 それもこれも全てハグの時間のおかげだ。


 そして今日もあたしたちは路上ライブをする。

 作詞が明日香で、作曲があたし。

 高校時代からそうだった。


「みなさんこんばんは、SAIKAサイカです」


 とりあえずユニット名をつけた。

 あたしの絶望的な命名センスではどうにもならなかったので、明日香に決めてもらった。

 聴いてくれる全ての人の日常に彩りや幸せを加えたい、という意味を込めて名付けたそうだ。

 あたしもいい名前だと思う。


 もちろん、MCも明日香が担当だ。


「いつも聴いてくれている人も初めての人も、あたしたちの音楽で少しでも幸せになってもらえたら、そして少しでもみなさんの日常を彩ることができたらなと思い、歌います」


 思えば、音楽があたしたちを繋げてくれた。

 最初に出会ったのだって、同じピアノ教室だったし、絆を深めたのだって一緒にギターを演奏したから。

 明日香が身投げした時も、あたしが歌ったから目覚めた。


 今もなお、あたしたちは音楽で繋がっている。

 だから何か辛いことがあるなら、あたしたちの音楽で少しでも元気になってほしい。

 そう願いながらあたしはギターを構えた。

 明日香も準備万端のようだ。


「まずはオリジナル曲から。with you」


 二人のハーモニーとギターが夜の駅をカラフルに彩る。

 あたしたちはまだスタートラインに立ったばかりだ。

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with you 結城柚月 @YuishiroYuzuki

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