二型特殊警護システムオペレーター

デルタ

第1話 単調な日々

今日もまた、あの忌々しいアラーム音が鳴る。いや、22世紀の現在ではこの現象を共鳴と呼ぶ方が適切だ。


軽快なラテン音楽と小鳥のさえずりが、脳の側頭葉と呼ばれる聴覚を司る部分に直接神経接合することによって鼓膜を介さずに”聞く”ことができるようになった人類はわざわざ空気を振動させ、耳を使うことが無くなった。


サビきったシャッターのように重いまぶたを開け、朝日も見えない職場にいつも通り絶望し、少しばかり溜息を吐いた佐竹は5時間ばかりの仮眠を終えた。警備室に備え付けられている粗末なベッドであっても、誰かの皮脂と埃まみれのコンソールの監視をするか便所に行く以外何もすることのない現実世界よりは離れがたい空間だった。


「はよざっす、コーヒー入れましたよ」


軽い口調でそう言いながら自衛官時代の小山は、原始的な栄養充填剤抜きエスプレッソコーヒーを佐竹に渡す。佐竹はそんな彼を尻目に自分の口全体が大火傷を覆いかねないほどの高温のカフェイン入り液体を滝のように身体に流し込んだ。


「あんがとさん、なんか面白いことでもあったか?」


彼はそう言いながら股間部を左手でかきむしり、右手でからの紙カップを焼却炉に直通しているダストシュートに放り込んだ。陸上自衛軍時代は泣く子も黙る空挺部隊の分隊長として恐れられた”鬼の佐竹”の面影はTシャツの下に潜む数々の古傷とその筋骨隆々の身体のみである。


「特に何も、今日はケニア支社長との会談が8:30に予定されているので予定通り警備レベルを2段階上昇させますがまあ俺たちの出番はないでしょう」


「次のニュースです、米海軍の発表によりますとサンパウロ条約機構連合艦隊は先ほどイギリスが領有権を主張するフォークランド諸島周辺で大規模な演習を行なっており、ジョンスミス報道官は...」


興味のない国際情勢に関するを流す


「元陸上自衛軍の”警備員”がダース単位待機してるって事実だけが欲しいもんな上の連中は」


「ですねぇ、2世紀ほど前の子供のおもちゃのフィギュアのコレクションじゃあるまいし、おかげで職にあぶれずに済んでますけど」


そう、佐竹やその他元軍人の仕事は”存在”することのみなのだ。彼らはいわゆる飾りであり、このビルにオフィスを構えている浜浦重工の上層部はいかに他の企業よりも福利厚生や設備が充実しているかを投資家や世間様にアピールするためだけに雇われた存在に過ぎない。この日本国の、しかも東京の新港区には事実上テロや凶悪犯罪は存在し得ないのだ。少なくともこの中央警備室の人間はそう感じていた。


「こちらクロウ1、クロウ1から制御センターへ。着陸許可を求む」


お出ましだ、佐竹はそう心の中でつぶやいた。例のケニア支社長、予定よりもだいぶ早く来てはいるが浜浦重工の企業理念にある”柔軟かつ積極的”な仕事ぶりを評価するこの会社で予定外の業務は日常茶飯事だ。


「こちら制御センターへ、着陸を許可する」


強化シリケートガラスで包み込まれた高層ビルのヘリポートに白く塗装された羽田空港発の浜浦重工社用クワッドコプターが桁ましいホバリング音とともにアプローチを開始した。詰所とヘリコプター用の管制塔を兼ねてあるこの中央警備室では誰もがヘリの型番から契約パイロットの声まで把握していた。


「先輩、うちの会社ってヘリ買い替えてましたっけ?」


小山が怪訝そうに管制官のコンソールを覗き込みながら佐竹に尋ねた。確かに、見た目こそこのヘリは完全に我が社の浜浦重工が製造し、所有しているUC-20他用とクワッドコプターであったが型番もパイロットの声もまるでデタラメのように感じた。


「クロウ1どうした?アプローチを開始せよ、クロウ1どうぞ」


監視カメラから確認できるクワッドコプターはヘリポート上空10mをホバリングする

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二型特殊警護システムオペレーター デルタ @Delta2521

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