第102話 女神フローディア
「勝った……んだよ、な?」
重い空気の中に発せられたケントの声で、全員が体の力を抜いた。けれど心臓はバクバクと音を立てているままで、呼吸はまだ整いそうにない。
……ああ、このまま寝転がりたいよ。
「よかった、よかったですにゃぁ……っ! お師匠さま!」
「タルト」
ぎゅっと抱きついてきたタルトを抱きしめ返して、私はほっと一息つく。天使に負けていたら、きっと今頃私は生贄にされていただろう。
……でも、女神フローディアが復活したらどうなるんだろう? そもそも、生贄になることが〈聖女〉なら、ユニーク職業に〈聖女〉なんて存在できないよね……?
天使に殺されるという問題は解決できたけれど、どうもスッキリしない。
「…………」
私は女神フローディアの墓標の前に行って、じっと見つめる。
「天使ちゃんの言う通りなら、ここに女神フローディアが眠ってるんだね。……まあ、生贄になるつもりはないから起きることはできないだろうけど」
私がそう呟くのと同時に、『なぜ……』という声が響いた。
『シャーロット。あなたはわたくしの眷属です。その命を、わたくしのために使ってください。そうすれば、世界が平和になりますから』
「――!」
語りかけてきたフローディアの言葉に、私は目を見開いて驚いた。まさか、フローディアにまで贄になるよう強要されるとは。
……しかも眷属って何!?
そう思って、ハッとする。眷属に心当たりがあったからだ。〈癒し手〉に転職するとき、私は女神フローディア像の前で眷属になると祈りを捧げている。おそらくそのことを言っているのだろう。
というか――
「あれは……転職の決まり文句じゃないですか!」
そう言わなければ転職できないのに、そのことをここで持ちだしてくるのは卑怯だ。残念ながら、私に信仰心なんてものはないのだから。
しかしフローディアは、私の言葉なんてまるで届いていないかのように話を続ける。
『大丈夫ですよ。わたくしは皆を愛していますから。あなたの分も、皆を愛しましょう』
「結構です!」
私は杖をぐっと握りしめて、一歩後ろに跳ぶ。そして全員にフル支援をかけ直す。この展開でフローディアとの戦闘がないなんて、とてもではないが考えられないからだ。タルトには〈女神の一撃〉をかけることも忘れない。
「お師匠さま!」
「いつでも〈ポーション投げ〉をできるようにしておいて」
「……っ、はいですにゃ!」
何かを言いかけて、けれどそれを呑み込むようにタルトが返事をする。すぐにリロイやケントたちも警戒態勢になった。これでいつ戦闘が始まっても大丈夫だろう。
……でも、女神フローディアが襲ってきたとして……勝てる?
嫌な汗が背中を伝うけれど、やるしかない。私がそう思うのと同時に、墓標から『アアアアアアアァァァァッ』という叫び声が響く。その声には衝撃派が加わっていて、吹き飛ばされそうになるのを前傾姿勢になってどうにか耐える。
「……お出ましだね」
「あ、あれがフローディア様……?」
私の隣にきたティティアが、ひゅっと息を呑む。その表情はくしゃりと歪み、今まで自分が信じていたフローディアの存在にショックを隠せないでいる。
『シャー、ロット……』
墓標から出てきた女神フローディアは、まるで堕天使のようだった。
背中と腰、合わせて四対の白い翼。きらめく金色の髪に純白のドレスは美しい。慈愛に満ちた笑みを浮かべてはいるけれど、声はノイズがかかったようにくぐもり、その手に持つ剣はどこか禍々しさを放っている。その対照的な姿が、恐ろしい。
私が贄になれば、こんな姿ではなく、慈愛ある女神フローディアとしてこの世に顕現したのだろうか? そう考えるけれど、しかし人の命を使って蘇った時点で――もう女神ではないのではないか。
剣を構えたフローディアを見て、私は大丈夫だろうかと心配になる。こちらにいるメンバーは、私以外全員〈エレンツィ神聖〉の出身のはずだ。女神フローディアは生まれたときから信仰の対象で、祈るべき存在だったはず。
……それと今から戦えと、急に言われてもきっと困ってしまうだろう。
逆に言うと、私はかなり落ち着いていると自分でも思う。
きっと、女神や天使の裏切りが漫画などでは割と鉄板要素でもあったからかもしれない。以外に天使が悪の話は多い。
私がそんなことを考えていたら、ケントの息を吸う音が耳に届いた。瞬間、私も同時にスキルを使う。
「――くるぞ! 〈挑発〉!!」
「〈女神の守護〉!」
フローディアが振り上げた剣を、ケントが大剣で受け止める。その直後に、私が〈女神の守護〉をかけ直したかたちになった。
――タイミングバッチリだね!
とはいえ、倒せる……?
今までで一番緊張している。気を抜いたら一瞬で死ぬかもしれない。女神フローディアが弱いはずなんて、ないだろうから。
〈ルルイエ〉の問題も片付いてないのに、大物ラッシュだよ。
「防御はしっかりしてね。無茶はしないで、長期戦になる覚悟で戦おう」
「はいですにゃ! ポーションが必要になったら、早めに教えてくださいですにゃ」
「わかった!」
私の言葉をタルトがフォローし、ケントたちが返事をする。無理に決着を急いで致命的な状況になるより、長期戦に持ち込んだ方がいい。命大事に!!
とはいえ、どうやって戦う……?
フローディアが軽く地を蹴ると、羽のようにふわりと舞い上がった。そのまま後ろに下がり、前に突き出すように剣を構える。そして次の瞬間、フローディアが視界から消えた。
――え?
「危ない!! ……っ、〈聖なる盾〉!!」
「……っ!!」
ブリッツが私の前でスキルを使う。同時に、ブリッツの盾にフローディアの剣先が当たった。その衝撃で、私とブリッツは後ろに吹っ飛ぶ。
……全然、見えなかった!
「はー……。ありがとう、ブリッツ」
「いえ。……ですが、あの攻撃が毎回きたらと思うと――」
ゾクリとしたものが背筋に流れた。あんなもの、前衛でなければ防ぐことは不可能に近いだろう。私は口元を引きつらせつつ息を呑んだ。
「これは、あまり長期戦とも言ってられそうにないですね。〈女神の一撃〉」
「そうですね……。〈女神の使徒〉〈リジェネレーション〉〈マナレーション〉」
そして再び、フローディアの姿が消えた。
「――! 今度はどこに……ッガハ!」
フローディアが狙ったのは、また私だった。〈女神の守護〉をかけていたのでダメージはないけれど、お腹を剣で突かれた衝撃はよいものではない。加えて、吹っ飛んで後ろにあった岩で背中を強打した。
「〈女神の守護〉〈ヒール〉、ふー……。やっぱりというかなんというか、フローディアのターゲットは私みたい」
さっきは天使が生贄のために私を手にかけようとしていたけれど、別にフローディア本人が私を殺しても問題ないのかもしれない。誰が殺そうと、生贄の役割なんてそう変わることはないだろう。
私にばっかり攻撃が集まるのは辛いけど、そこに勝機があるかもしれない。
例えば、フローディアに攻撃された瞬間――フローディアの腕を掴んで離さないでおいて、その隙に一斉に総攻撃するとか! ……いや、〈アークビショップ〉の私には無理だ。剣を振り回す女神をこの細腕で止められるとは思えない。
一〇回くらい死なないと倒すのは難しいかもしれない。そんな絶望的なことを思っていると、私の横をティティアが通り過ぎた。
「え、ティー!? そんなに近づいたら危ないよ!」
「ティティア様!?」
しかしティティアは、私の声にも、リロイの声にも応えず、真っ直ぐ歩いてフローディアの目の前に行った。
どうしよう、すぐに支援をかけて引っ張って連れ戻して――そう頭の中で考えていたのだが、ティティアがフローディアの前で跪いた。
『……ほう?』
***
書籍4巻が25日に発売です~!
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