第101話 決着

「誰が〈聖女〉になっても構わないですよ」

「わたくしが相応しいに決まっています!」


 天使の言葉に、エミリアはふふんと胸を張ってみせた。

 ……たぶんエミリアは〈聖女〉になれるというところの話だけ聞いていて、その役目がフローディアを復活させるための生贄だとは知らないのだろう。


 どうしたものかと私が考えを巡らせていると、オーウェンがこちらにやってきた。


「――! オーウェン、こんなところまで来たのですね」

「それはこちらの台詞です、ティティア様。……もうとっくに、父に殺されたとばかり思っていました」

「……そう簡単に殺されはしません」


 ティティアは苦笑してそう告げると、手にしていた杖をオーウェンの喉元へ向ける。


「どういうつもりですか? オーウェン。わたしは〈教皇〉として、あなたたちを許すことはできません」

「すべては父の計画です」


 オーウェンはひるむことなくそう言って、エミリアと天使に目を向けた。それにつられるように、ティティアも天使たちを見る。


「……彼女は何者ですか?」

「ファーブルムの貴族です。王太子の婚約者を名乗っていますが、正式に許可はされていないみたいですね。自分は〈聖女〉になるのだと言っていたので連れてきたのですが……本当に〈聖女〉になんてなれるんでしょうか?」


 とりあえず使い道がありそうだから連れてきた、というところだろうか。

 イグナシア殿下の恋人のエミリアは、〈癒し手〉だ。しかしレベルは低く、仕えるスキルも〈ヒール〉こそあるがそういいものではなかった気がする。


 というか、〈聖女〉になるイコール贄になることなんだけど、私は止めた方がいいの? それともこのまま傍観した方がいいの? わからなくなる。

 ……とはいえ、誰かが生贄として死ぬのを見過ごすわけにはいかないか。


 私はエミリアの元まで走り、その手を掴んだ。


「〈聖女〉になるということは、生贄になるということです! エミリア様、早くここを離れて下さい! 殺されます!」

「なっ、そんな嘘でわたくしを騙すきですか!? 〈聖女〉になりたいからといって、あさましい真似を! そもそも、シャーロット様に〈聖女〉の資格があるとは思えません。だって、シャーロット様は〈闇の魔法師ダークメイジ〉ではないですか。〈癒し手〉のわたくしと違って、これっぽっちも資格があないではないですか!」


 部外者は下がっていろと言わんばかりのエミリアに、私は思わずイラッとする。人がせっかく助けてあげようとしてるのにいいいぃぃぃ!

 って、こんなことでイライラしては駄目だ。私は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。


「とりあえず逃げましょ――」

「では、エミリア。〈聖女〉候補である証を見せてください」

「あ、あかし!?」


 私たちの会話に割って入った天使が、にこりと微笑んだ。

 証って……〈聖女〉クエストが始まったアイテムのことだよね? あれはダンジョンの宝箱から手に入れたもので、エミリアが持っているとは思えない。エミリアもやっぱり持っていないようで、戸惑っている。


 そんなセミリアに、天使は無情にも「早く」と急かす。


「ええと、証はどこで手に入るのですか?」

「……どうやら〈聖女〉候補どころの話しではないようですね。残念です。もう不要ですので、死んで構いませんよ」

「へ……?」


 瞬間、天使の持つ槍の先端から光の光線が伸びて――エミリアの腹を貫いた。それは時間が止まったような、視線で追うこともできないほどの、一瞬の間のできごとだった。

 だから私は、考えるよりも先に体が動いていた。


「〈完全回復〉!!」

「――ひゅっ、かはっ! ううぅ……」


 私がスキルを使うと、エミリアはどうにか回復することができた。しかし着ていた白い法衣は血に染まりきっていて、鉄の匂いに咽て、ショックからか大粒の涙がこぼれている。

 ……やっば。後少し回復が遅れてたら、大変なことになってた。


 私は素早くポーションを飲んで、〈完全回復〉を使うために使用した体力とマナを回復する。


「エミリア様、これでわかったでしょう? 天使は私たちの味方ではないし、〈聖女〉は女神フローディアのための生贄なんだって」

「そんな……どうして……。わたくしは、イグナシア様のお役に立つために〈聖女〉になりたかっただけなのに……っ!」

「……イグナシア殿下が、いなくなったあなたを探していましたよ。こんなところにいるより、早く帰ったらどうですか」

「…………」


 エミリアの代わりに私が絡まれて面倒なことになるので、ちゃんとイグナシア殿下の手綱を握っていてほしいところだ。


「しぶといですこと。……まあ、皆さんには死んでいただきましょう」

「ちょ!」


 このまま流れでエミリアたちを帰そうとしたけれど、やっぱり見逃してもらうことはできなかった。天使が槍を構えて、こちらに突っ込んできた。まるで風のような――いや、光の速さと言うべきだろうか。


「させるか! 〈猫だまし〉!!」

「きゃぁっ!」


 ケントのスキルがさく裂し、天使が悲鳴を上げた。

 ……天使が反応したの、これが初めてだよね? ほぼすべての攻撃が効かないのかと思っていたけれど、そんなことはなかったようだ。

 私はほっと胸を撫で下ろして、気合を入れ直す。


「みんな、天使ちゃんを倒すよ!」

「「「おお!!」」」


 私は素早く支援をかけていき、すぐに戦闘態勢を整る。

 前衛はケントとブリッツ。その補佐にミモザが入り、それを私が全力で支援する。その後ろには後衛のタルト、ココア、ティティアがいて、それをリロイが支援。そしてありがたいことに、オーウェンも多少の支援をしてくれている。

 今は猫でもいいから、味方が一人でも多くほしいからね。


「〈挑発〉! からの、〈嘆きの竜の咆哮ドラゴンランス〉!!」


 〈竜騎士〉になったケントの一撃が決まり、それに全員が続く。オーウェンが引きつれてきた〈聖堂騎士〉たちもだ。


「〈大地に焦がれた私は生命の芽吹きに祈りを捧ぐ♪〉」

「「〈聖なる裁き〉」」

「〈ポーション投げ〉にゃ!」

「〈女神の一撃〉」

「〈無慈悲なる裁き〉」

「「「〈光の裁き〉!!」」」


 全員の攻撃が天使に命中したのを見て、私はすぐに支援をかけなおそうとして――ハッとする。天使の体から光の粒子が溢れ出たからだ。


「そんな、わたしが人間ごときにやられるというの……!?」


 光の粒子になって消えた天使を見て、ティティアが膝をついた。「どうして……」と呟くその背中は力なく、教皇として本当にこの対応でよかったのか戸惑っているのだろう。

 ……だけど、私だって女神のために死ぬわけにはいかないよ――。

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