第100話 天使ちゃん
翌朝、私たちは天使の言う小島へ出発する――前に村の中を少しだけ見て回っているのだけれど、天使が大人気だった。
「女神フローディア様の天使様! どうぞお納めください」
「どうぞフローディア様とお召し上がりください!」
「まあ、ありがとうございます」
すれ違う村人たちが天使に跪き、貢物をしてくるのだ。ちょっとでもお店の商品をみようものなら、「どうぞ!」と食い気味でやってこられる。
ブリッツとミモザはどうしたらいいか判断に困っているようで、困惑顔だ。ティティアも自分のことであれば断るのであろうが、さすがに天使のことにまで口出しは難しいだろう。
……私は気にしないことにした!
「何かいいアイテムがあれば、買っておきたいね」
「素材もあると嬉しいですにゃぁ~!」
タルトの言葉に思いっきり頷いて同意する。新しい村、エリア、ダンジョンなのだから、新アイテムがあるに違いない! と、私は思っている。
少し歩いていると、甘くいい匂いがただよってきた。
「なんだろう。フルーツ?」
「行ってみようぜ!」
甘い匂いに食いついたケントが一目散に向かう。発信源は果物の屋台で、一口サイズにしたカットフルーツと炭酸水をカップに入れて販売しているみたいだ。林檎、パイナップル、梨、桃、サクランボなどが使われていてとても美味しそうだ。
「いらっしゃい! この村の名物――てててて天使様! どうぞお召し上がりください。この〈カットフルーツソーダ〉は、食後三〇分間の間マナの総量を1.5倍にします!」
「まあ、ありがとうございます」
「「「1.5倍!?」」」
平然とお礼を告げて受け取る天使と違い、私たち人間はめちゃくちゃ驚いてしまった。マナの総量が1.5になるだけで、だいぶ戦闘が楽になるからね……!
これはいくつか購入して、〈鞄〉に入れて置く必要がありそうだ。
「私にもください!」
「俺も!」
「私も!」
「わたしもほしいですにゃ!」
私だけではなく、ケントやココア――というか全員が〈カットフルーツソーダ〉をほしがった。
「お、おお、ありがとうございます!」
店員は食い気味の私たちに驚きつつも、一人三個ずつ販売してくれた。それ以上になると、物理的に在庫の量がないみたいだ。
「また来るので、そのときもよろしくお願いしますね!」
「ああ、待ってるよ」
私たちは〈カットフルーツソーダ〉を購入して、エデンから小舟にのって小島へと向かった。ちなみに素材に関しては、特にめぼしいものが売っていなかった。
……絶対何かあると思ったんだけどなぁ。
エデンから船に乗って辿り着いた場所は、ダンジョン〈フローディアの墓標〉だ。
「……ダンジョンだからどんなところか警戒してたけど、小島があるだけ……?」
島の大きさは学校のグラウンドくらいの広さで、特にモンスターも見当たらない。もしかしたら、先に進む通路がある? それか地下かもしれない。そう考えていたら、天使が大きく翼を羽ばたかせ、島の中央へと飛んでいく。
「ちょ、天使ちゃん!?」
「勝手に行動すんなって!」
私たちが慌てて天使を追いかけると、そこには墓標があった。墓標の中心には女神フローディアの像があり、三メートル近くある大きなものだ。あまり手入れがされていないのか錆びれていて、周囲には草がはびこっている。
……こんな状態じゃ、女神フローディアも可哀相だね。
「ああっ、やっとここまで来ることができました!」
その瞳はどこか狂気じみたものを感じるけれど、女神フローディアの使命を達成できたことが嬉しいのだろう。ティティアも天使を見て、ほっとしているようすだ。
「これで、女神フローディアのお力を借りれるんですにゃ?」
「道中もレベル上げできたし、〈ルルイエ〉にも勝てそうだな!」
タルトとケントが嬉しそうに話しているけれど、私はどうにも嫌な予感がしてたまらなかった。
……ダンジョンの名前が不穏だから?
もしここがフローディアの眠る聖地とか、そういった名前だったらもう少しポジティブに受け取ることもできたかもしれない。この場所の空気が沈んでいて、辺りが暗いというのも理由の一つになるだろう。
私が考え込んでいると、ティティアが一歩前へ出た。
「ここがフローディア様の……。天使ちゃん、この後はどうすればいいのですか?」
「とても簡単なことです」
天使はティティアの問いににっこり微笑んで、私を見る。
「フローディア様はここに封印されているのです。〈聖女〉が贄になることで、その封印が解けるのですよ。シャロン、あなたはとても栄誉ある役目を授かったのです」
「「「――っ!?」」」
そして私の前に現れる、クエストウィンドウ。
ユニーク職業〈聖女〉への転職
女神フローディアにその身を捧げ、封印を解きなさい。
尊い役目を終えたあなたは、〈聖女〉として未来永劫祀られることでしょう。
無慈悲な天使の言葉に、全員が愕然とする。
生贄――つまり私に死んでくれと言っているのだろう。
「どういうことですにゃ!? 生贄って、命を犠牲にすることじゃないんですにゃ!? 女神フローディアに仕える天使ちゃんが、そんなことを言うなんて信じられないですにゃ」
何か解釈に齟齬があるのでは!? とタルトが詳細を求めて声を上げる。ほかのみんなもそれに賛同し、「生贄は無理だ!」「理由は!?」と叫ぶ。
私もそんなのはお断り――と、そう言おうとした瞬間、天使の手には槍が握られていた。形状は薙刀に似ていて、刃先の色が白から青のグラデーションだ。神秘的な雰囲気だが、今は恐怖でしかない。
「天使ちゃん!? どうして……!」
ティティアが口元を押さえて、声をあげた。そして一歩下がり、天使が本性を現したということを肌で感じる。
……これ、結構やばいんじゃない?
しかし天使はティティアの問いかけにクスクス笑うだけだ。
「お話は通じないようですね……。どうぞ、フローディア様を解放するための贄になってくださいね」
そう言って、天使が地面を蹴り上げ槍を振った。私は即座に〈女神の守護〉を使う。天使の槍をはじくことができ、後ろに跳ぶ。それと入れ替わるように、ケントが「〈挑発〉!」と叫びながら走ってくる。
――気を抜いたら一瞬でやられそう!
ここにきて、まさか味方だと思っていた人物の裏切りがくるとは。
「くっそ、一撃が重い……!」
「ケント! 自分も一緒に前衛を務めます!! 〈聖なる盾〉!!」
「ブリッツ! 助かる!!」
天使の攻撃力は、どれくらい!? ケントとブリッツが一撃でやられるとは思えないけど、どんな攻撃が来るかわからない。未知数すぎる。
失敗が許されないクエストなんて、難易度が高すぎる!
「〈女神の使徒〉! 〈マナレーション〉――ッ、〈ハイヒール〉!!」
支援をかけていると、天使の槍の連撃がケントの肩をえぐった。羽のように軽い攻撃を繰り出してくるのに、その一撃はドラゴンの一撃よりも重い。
「無駄な抵抗はやめて、早く贄になってほしいのですが……」
「そんなことして、女神が喜ぶと思ってんのか!?」
天使の言葉に、ケントが怒鳴り返す。けれど天使はきょとんとして、「当然ではありませんか」と口元に弧を描く。
「この世界には、フローディア様が必要なのです。シャロン一人の命でフローディア様が顕現されるのですから、喜ぶべきではありませんか?」
理解ができないとばかりに、天使はため息をついた。
「な……っ」
「そんなことはありません!!」
ケントが驚き絶句すると、後ろからティティアの悲痛な叫び声が響いた。その瞳には揺れていて、今まで思い描いていたものと現実の違いに苦しんでいるのがわかる。
「わたしは、この世界を平和にしたいと今まで〈教皇〉をしてきました! それは決して、誰かの犠牲の上に成り立つものではありません。そんなものを、わたしは平和だとは認めません……!」
「ティー……」
「……フローディア様を否定するというのでしょうか? たかが、〈教皇〉風情が?」
天使の瞳に怒りの色が浮かび、槍を横に振ると草がわずかに凪いだ。そしてその一瞬後にくる、重すぎる空気の圧――!
「きゃあぁぁっ!」
「ティティア様!!」
ティティアの体が軽々と後ろにふっとび、それを間一髪でリロイが受け止めた。が、その程度で天使の攻撃を防げるわけがなく、リロイごと後ろに吹き飛んだ。
「〈エリアヒール〉〈女神の守護〉! 天使ちゃん、いい加減にしてよ!」
「どうしてですか? 〈聖女〉になれるのですよ。名誉あることではありませんか。さあ、〈聖女〉になりたいと言いなさ――」
「わたくしが〈聖女〉になるわ!」
――っ!?
私が息を呑んだ瞬間、右方面から声が響いた。この島には私たちしかいなかったはずなのに、いったい誰が。天使との戦闘で、第三者の介入に気づくのが遅れてしまった。
そこにいたのは、エミリアと、〈聖堂騎士〉たちだ。それからもう一人、法衣を着た金髪の若い男が立っている。
……〈眠りの火山〉で見かけなかったから、もしかしたら全滅したのかもと思っていたけれど、そんなことはなかったようだ。
金髪の司祭は、きっとロドニーの息子のオーウェン・ハーバスだろう。
天使は突然現れたエミリアたちにも動じず、こてりと首を傾げた。
「あなたが〈聖女〉に……?」
「ええ。〈聖女〉に相応しいのは、シャーロット様ではなく、わたくしよ!」
ちょおおおおぉぉ!
自信満々のエミリアに、私はもうなんと突っ込んでいいかわからない。ケントたちの顔にも意味がわからないと書かれていて、戦闘も一時ストップしてしまった。
***
祝!100話!
ここまで書いてこられたのも応援のおかげです、ありがとうございます!!
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