第99話 〈最果ての村エデン〉

「大変ですにゃ! 目を離した隙にマルイルさんがいなくなってますにゃ!」

「またか!?」


 タルトが悲鳴のような声をあげ、それにケントが反応する。

 マルイルと出会い行動を共にし始めたのはよかったのだが――すぐにいなくなるのだ。その理由は、珍しい植物や鉱物を発見したから、というものだ。ふらりと気配なく消えるので、気づいたらいない現象が起きている。


「捜せ~! 近くにいるはずだ!」


 ケントが慌てて捜しに走る。ここに生息するモンスターはそんなに多くはないけれど、火系統で強いため、遭遇するとなかなかに厄介なのだ。

 そんな風に私たちがバタバタしていると、天使が私の隣にやってきた。


「人間って、不思議な生き物ですねぇ」

「マルイルさんが特殊なんですよ……」


 一緒にしないでいただきたい。


「……というか、天使ちゃん。道はこっちで合ってるんですか? もう少しこう、道案内的なことをしてもらえると嬉しいんですけど……」


 実は、天使は「あっちです」と方角を指さすだけで、転移魔法的なもので直接連れていってくれたり、詳細な道案内をしてくれたりしなかった……! きちんと案内をしてくれたら、たぶんもう目的地についてたと思う。


 とはいえ、マルイルを放置するのもよろしくないので、やはりこれが正規ルートなのかもしれない。


「あ、こっちにいましたよ! 鉱石を見つけたみたいです!」


 ミモザが手を上げて、マルイルの発見を知らせてくれた。無事に見つかってよかった。私たちは胸を撫で下ろして、マルイルを真ん中に隊列を組んで再び歩き出した。




「〈聖なる裁き〉!」


 ミモザが〈子サラマンダー〉にトドメを差し、ふうと一息ついた。そしてすぐ横を見て、顔色を悪くする。


「本当にこんなところに道が……? 一寸先はマグマじゃないか……」


 そう、ミモザが言った通り近くにマグマがあった。

 私たちはマルイルの案内で山の内部に入って、〈最果ての村エデン〉を目指している。しかしこの火山、中に入ったらマグマが内部を川のように流れているのだ。ちょっとでも足を滑らせたら、終わりだろう。


「ええ。ですから、気をつけてください。どんなにすごいポーションを持っていたとしても、落ちた瞬間に死んだら助かりません」

「…………そうだな」


 マルイルは落ちなければいい、というスタンスのようだ。


「あ、見えてきました。あの岩の隙間を少し歩くと、外に出られるみたいですよ」

「隙間というか、亀裂に近いね」


 私だったら問題なく通れるけれど、ケントやブリッツはどうだろう? 当本人のマルイルとリロイはやせ型だから問題なく通れるだろうけど……。

 ケントは亀裂を睨みつけて、「通れるかぁ?」と眉を寄せている。


「うーん……。結構狭いよね。防具を取ったらどうだろう?」

「確かにそうするしかなさそうだな」


 一応、防具のまま隙間チャレンジをしたケントだが、すぐにつっかえてしまい諦めたようだ。装備を脱いで、〈鞄〉に収納した。


「うし、俺が先頭で進むぞ」

「自分が一番後ろにつきましょう」

「サンキュ! 頼んだ、ブリッツ!」


 ケントとブリッツがさくっと決めてくれたので、私たちはティティアとマルイルが真ん中くらいになるような隊列を組んで、亀裂の中を進んでいった。

 途中でケントが何度かつっかえそうになったけれど、少し進むと道が開けたので余裕で進むことができるようになった。


「あ……風の音が聞こえてきたね」


 どうやら出口まであと少しみたいだ。そう思っていると、すぐに外の光が見えた。ケントが「出口だ!」と叫んで外を覗き込んで――はっと息を呑んだ。


「……っ、すげぇ!」

「ケント? どうし――うわああぁっ、めっちゃすごい景色!!」


 こんな景色を見せられて、息を呑まない人間なんていないと思う。

 隙間から出てみると、そこはちょうど火山の中腹だった。突然開けた広い空が私の視界を大きくし、風を切って飛ぶ鳥の羽ばたく音が耳に届く。見下ろすと雲がかかっていて、テレビや写真でしか見たことのない雲海が広がっていた。森の上に雲がかかり、その先に小さな村が見えた。きっとあれがエデンだろう。


「はー。空を飛んだときもそうだけど、景色ってすごいな。しかもその景色は冒険しないと見れないんだから、冒険者って最高だ。な、シャロン!」

「うん! 冒険者って、本当に最高……!」


 きっと私の天職だと思う。

 私たちが感慨にふけっていると、後ろから「ひょえぇ」とか細い声が聞こえてきた。マルイルだ。


「すっごく高いですね……。この岩山を下っていくんですか……?」

「……確かに結構な高さというか、崖っぽいですね」


 登ってきた場所は緩やかだったけれど、反対側の斜面はかなり急になっていた。命綱もなく足を踏み外したら、一気に地上まで転がっていってしまいそうだ。


「大丈夫ですよ」

「え?」


 私は驚くマルイルをよそ目に、〈ドラゴンの笛〉を思いきり吹いた。タルトたちも同じように吹くと、七頭のドラゴンが飛んできた。ケントだけは、相棒のソラを召喚して飛び乗った。


「え、え、え、ええええええ!? ドラゴン!? どういうことですか!? 倒す? いや、というか乗っている!?」


 マルイルは大混乱だ。


「はは、俺たちのドラゴンだから危険はないですよ。マルイルさんは、俺と一緒に乗ってください」

「え? あ、ああ。そうか、全員〈竜騎士〉――いや、スキルが違ったが……」


 納得しかけたマルイルだったが、逆に謎が深まったのかぶつぶつ考察を初めてしまった。ケントはやれやれと肩をすくめ、マルイルの腕を引っ張って強引にソラの背に乗せた。

 ドラゴンの上から見下ろす景色も最高だ。


「んじゃ、出発だ! あの村に行けばいいんだよな? 天使ちゃん」

「はい」


 天使は道案内をするかのように、自分の翼でケントの横を飛んでいる。

 こうして、私たちは〈最果ての村エデン〉へとやってきた。



 ***



「お前たちは何者だ!!」


 村のすぐ近くでドラゴンから下りた結果――侵略者と勘違いされたらしく、槍を構えた村人たちに囲まれてしまったでござる。

 それに慌てて反論したのはケントだ。


「ちが! 俺たちは冒険者で、村に危害を加えに来たわけじゃねぇ!」

「そそそそ、そうです! 僕は研究者で、村のことを知りたいと思ってきただけです……!!」

「俺たちの村のことを知ってどうするつもりだ! 怪しいじゃねぇか!」

「「「マルイルさん!!」」」


 マルイルのせいで一層怪しまれてしまった!!


「怪しいものではないですにゃ!」

「その耳と尻尾、怪しさしかないじゃないか!!」

「にゃ!?」


 どうやらエデンにはケットシーがいないようで、タルトを見る目には恐怖の色のような者が浮かんでいる。得体のしれない化け物だと思っているのかもしれない。

 ……でも、このまま平行線なのは困る。かといって、強硬手段に出るわけにもいかない。村の人たちに危害を加えても、いいことなんて一つもないからね。


 私がさてどうしようと頭を悩ませていると、天使が一歩前に出た。


「争いなんて、いけませんよ」

「「「――!?」」」


 村人たちは天使の姿を見て、目を大きく見開いた。そして次の瞬間には、全員が天使に向かって跪いていた。

 えっ、どういうこと!?


「も、もしや女神フローディア様ですか!?」

「その美しい純白の翼は、女神の証では……」

「ずっとお待ちしておりました」


 ああ、そうか。この村は特に女神フローディア信仰が強いのだろう。女神フローディアだと言われても納得できる神々しさを持つ天使は、彼らにとって女神と同等のはずだ。

 そんな村人たちを見て、天使は慈愛の微笑みを浮かべる。


「わたしはフローディア様ではありません。フローディア様に仕える天使です」

「天使様でしたか……!」

「はい。この者たちと村に滞在し、小島に行きたいのです。滞在の許可と、船をお願いすることはできますか?」

「「「もちろんです!!」」」


 天使のおかげで、なんともとんとん拍子に話が進んでしまった。いてよかった天使の味方、だね。


「天使ちゃんの目的地には船で行くんですね」

「はい。空は霧がかっているので、ドラゴンで飛んでいくのは危険なんです」

「なるほど」


 天使が危険と言うほどなので、空から行くのは止めた方がよさそうだ。私は頷いて、明日以降に船の手配をお願いすることにした。



 無事に入ることができた〈最果ての村〉エデンは、まるで遺跡のような村だった。

 元々は白かったであろう遺跡に似た居住区は長く風にさらされたりして、黄土がかった色合いになっている。壁面には女神フローディアと天使の彫刻がほどこされているので、天使がすんなり受け入れられたことが村から感じることができた。


 私たちに槍を向けてきた男の一人が村長だったようで、「ぜひ我が家に!」と申し出てくれた。


「天使様がいらしゃったのですから、ぜひ歓迎の宴を開かせてください。村のみながとても喜びます」

「ありがとうございます。……ですが、フローディア様を差し置いてわたしだけそのような扱いを受けるわけにはいきません。あなたたちの気持ちだけ受け取らせてくださいね」

「なんと謙虚な……」


 村長は慈愛に満ちた天使の顔を見て、感動の涙まで流している。


 ほかの村人たちに見られながら、私たちは村長の家にやってきた。村の一番奥にあり、海に近い場所に家があった。すぐ横には桟橋があって、船が止めてある。


「天使様のお部屋と……すみませんが、残りは男性と女性で分かれていただいても構いませんか?」

「構いませんよ」


 代表してリロイが答えると、村長はほっと胸を撫で下ろした。




 ひとまず女子部屋に集合すると、天使が私に割り振られたベッドに座った。


「ふああぁ、ちょっと疲れました」


 天使はふーと息をはきつつも、「だけどやっとここまで来れました」と笑顔を見せる。フローディアまで後少しなのだろう。


「島に行くのは明日なので、今日はたくさん休んでくださいね」

「ありがとう、ティティア」


 さすがの天使といえど、日中にずっと行動してたら疲れるんだね。ティティアが気遣い、タルトがお茶の用意をしてくれている。

 しかし私は、行く前に天使に聞いておかなければならないことがある。


「天使ちゃん、明日行く場所のこと……詳しく教えてほしいんですが」

「……。わたしたちが行くのは、フローディア様が眠る場所です。わたしから伝えられるのは、それだけです」


 天使はふるふると首を振って、何も言えないのだと告げた。

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