第98話 眠りの火山

 出てきたルルイエは、以前みたときと同じ姿だ。手首には重たい鎖が付けられていて、目には目隠しをしている。冷たい雰囲気が漂っていて、無意識のうちにぞくりとしたものが体を走った。


「愚かな人間がわたしに敵うと思っているの……?」


 こてりと首を傾げたルルイエの口元は、わずかに微笑んでいる。


「えい」

「きゃああぁぁっ!」


 ルルイエが軽く振り払うような仕草をすると、その風圧が私たちを吹き飛ばした。〈女神の守護〉をかけているおかげでダメージはないけれど、物理的に吹き飛ばされるのはかなりキツイものがある。


 ……というか、〈常世の修道院〉のラスボス時より強くなってるんじゃない!?

 ボスとしての〈ルルイエ〉であれば、今の私たちなら倒すことができるはずだ。しかし今のルルイエを見ても、倒せるビジョンが浮かばない。

 もし下手に攻撃を受けたら……私や後衛職は一撃でも食らえば、戦闘不能になる可能性もある。つまり、この世界での完全な死だ。


 ……まさかこんなに強くなってるなんて!


 まったく持って想定外だと、私は苦虫を嚙み潰したような顔になる。


 私の冒険は始まったばかりなのに、なぜこうも序盤から強敵が出てくるのか!

 ――でも、本当にそんなことあるのかな?

 いくらなんでも強すぎるのでは? と、どうしても考えてしまう。もしかしたら、このルルイエを倒すには何かキーになるアイテムやクエストなどがあるのではないだろうか。もしそうだとすれば――女神フローディアだろう。ルルイエの対極にいるのがフローディアだからだ。


 ……天使の提案を断ってクリスタル大聖堂に来たけど、このルートは間違いだった?


 ティティアのために、先にクリスタル大聖堂を取り戻そうと思っていたのに……これでは駄目だ。〈暗黒騎士〉とロドニーをどうにかできたとしても、ルルイエをどうにかできなければ何も解決しない。


「……っ、撤退!」


 私が叫ぶと、全員がすぐさま頷いた。ココアの使った光魔法で、仲間の騎士たちにもそれはすぐ伝わるはずだ。

 悔しさを残しつつも、私たちはクリスタル大聖堂を後にした。


 ルルイエは、歯向かわない者には特に興味はないのか……あっさりと部屋へ戻っていった。



 ***



 ピイイィィィーという高い音が空に響くと、赤い翼を羽ばたかせ、ドラゴンが舞い降りてきた。さすがに八頭のドラゴンが一気に降り立ってくると、地面が揺れるね。


「それじゃあ、火山の上空を通りつつ向かおうか」

「はいですにゃ!」


 私の合図と共に、ドラゴンが一斉に飛び立った。一気に上空に上がるというのはなんだか不思議な気分で、ぞくっとする快感が体を駆け巡っていく。

 ……なんというか、癖になるね。



 私たちは今、〈眠りの火山〉にやってきた。その上空をドラゴンで飛び、その先にある〈フローディアの墓標〉というダンジョンに向かっている。

 というのも、そこが天使の案内する場所なのだという。


 ……というか、墓標って何!?

 女神フローディア本人に会えるのでは!? と思っていたのだが、まさかの目的地が墓標である。しかもダンジョンだ。さらにいえば、このダンジョンは私が知らない――死んだ日に実装されるはずだったダンジョンなのだ。

 めちゃくちゃ行きたい! 行きたいがすぎる!! だがしかし!! 実装されたばかりのダンジョンなんて、地獄以外の何ものでもない。控えめにいっても、私たちのパーティーでは荷が重すぎるのではないだろうか……? 通常、新ダンジョンというのは死にながら進んでいく場所だ。誰かが死んでは蘇生し、ときにはパーティが全滅し振り出しに戻る……なんていうこともよくあった。そう考えると、背筋がゾッと冷える。


 ……っでも! 行きたいよ~~~~!!


 私がそんなことを考え、ドラゴンの上でごろごろ転げまわりたくなっていると、「人が倒れてるぞ!」とケントが声をあげた。


「え、こんな熱い山のなかに!?」


 焦りつつ地面を見回すと、白衣の人間が倒れていた。マルイルだ。私が〈ヒーラー〉になるとき回復魔法をかけたクエスト対象者で、研究者をしている。研究のため、この火山に来たという設定だったはずだけど……まさか行き倒れているとは思わなかった。

 ……ロドニーの関係者もこの火山に入っていったから、そいつらかと思ったが違ったみたいだ。


 私はみんなに「いったん降りよう!」と声をかけた。



「いやあ、助かりました。このまま意識が飛ぶかと思いましたよ……」


 むわっとした気候だったため、どうやらマルイルは熱中症になっていたみたいだ。回復魔法をかけ、水と塩分の強い食べ物をあげて、体を冷やすとすぐに意識が戻った。


「無事でよかったです。この火山は、歩くには気候が大変ですからね」

「ええ、本当に。ちょっと研究に夢中になっただけなんですけど、気づいたら今です」

「ちゃんとこまめに水分をとって、休憩してくださいね……」


 気になるものがあって夢中で調べていたら倒れていたらしい。マルイルのことはあまり知らなかったけれど、一人にしてはいけない人物だ。放っておくとすぐに死にそう。


 マルイルが落ち着いたのを見計らって、私は気になっていたことを聞いてみる。


「……ここら辺で、〈聖堂騎士〉を見ませんでしたか?」

「〈聖堂騎士〉? ……ああ、そういえば下っていくのを見たな。どうやらこの火山を越えた先の村に行くみたいだったよ。同じ火山にいる者同士、話が聞きたかったんだけど……追いつけなくてね」


 マルイルは苦笑しつつ、「騎士様の体力はすごいよねぇ」と言う。


「僕も研究のために体力をつけないといけないね」

「まあ、あるにこしたことはないでしょうけど……」


 私は苦笑しつつ、マルイルがここで倒れていたことを考える。もしかしたら、クエストの重要人なのでは? と考えたからだ。

 マルイルは、〈聖堂騎士〉たちが火山の向こうにある村に行くと言った。しかし、今までそんな村なんてなかったのだ。つまり、新パッチでできた新しい村ということだ。


 ……その村って、誰でも簡単に入れるのかな?


「マルイルさんも、その村に行くんですか」

「その予定だよ。この火山も気になってはいたんだけど、向こうの村にも気になることがたくさんあってね。あの村――〈最果ての村エデン〉は、かつて女神フローディアが暮らしていたとされる村なんだ」

「「「――!!」」」


 マルイルの言葉に、私たち全員が驚いた。


「そんな話は、初めて聞きました」

「私もです」


 ティティアとリロイも知らなかったようで、額に汗が浮かんでいる。〈教皇〉すらも知らない、隠された村ということ?

 だけど、ロドニーはその存在を知っていた。でなければ、息子のオーウェンたちを派遣することだってできないはずだ。


「これはなかなかきな臭そうな感じだね……」


 私がぽつりと呟くと、マルイルが苦笑した。


「どちらかといえば、閉鎖的な村ですからね。そうそう情報が出はしません。僕も偶然知っただけなので……」


 よくよく聞くと、その村は〈エレンツィ神聖〉ができる前からあったのだという。ティティアが認知していないのも、そのせいだろう。この火山の中に抜け道があり、そこからしかいけないらしい。


「え、じゃあ私たちはマルイルさんに会えてラッキーでした」


 そういった道が用意されているのならば、空からはいけないか、もしくは難易度が高いルートになっている可能性が高い。


「とはいっても、僕もそんなに詳しくはないんですよ。行くのも初めてですし……。モンスターも出るので、辿り着けるかもわかりません」

「なるほど……」

「それなら、マルイルさんも一緒に行動するのはどうですにゃ? わたしたちは道を教えてもらえて、マルイルさんはモンスターの危険を回避できますにゃ」


 私が考え込んでいると、タルトが「どうですにゃ?」と提案してくれた。


「それが最善……かな? みんなはどう?」

「構いませんよ」


 私がみんなを見回すと、ケントたちは頷き、リロイが問題ない旨を告げた。ということで、私たちのパーティにマルイルが加わった!

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