第103話 〈聖女〉クエスト

 憂いに満ちたティティアの瞳に、私はごくりと唾を飲む。


「ああ、世界を愛する、わたしの信じていたフローディア様ではないのですね」

『〈教皇〉……わたくしの可愛い子。そのような心配は必要ありませんよ。〈聖女〉候補がその身と引き換えにわたくしを蘇らせてくれますから。そうすれば、わたくしが世界に本当の平和をもたらすことができるのです』


 フローディアは自分さえいれば世界が平和になると、そう信じて疑っていないようだ。

 まあ、確かにそれも正解の一つではある。すべてを守ることは、とても難しい。多くを守るために最小限の犠牲を受け入れるということは、よくある話だ。


 ……だからと言って、私がその犠牲になるつもりは毛頭ないが。


「わたしは、誰かの犠牲の上にあるものは本当の平和ではないと思います。わたしの考えは確かに綺麗ごとでしょう。けれど、〈教皇〉わたしがその平和の姿をかかげず、誰が信じてくれるというのでしょう……!」


 ティティアが一筋の涙を流し、ゆっくり指を組み祈りのポーズをとる。私はそれを見て、何をしたいのか悟ってしまった。


「ティティア!」


 私は最悪の場合を考え、ティティアの元へ走った。


『その小さな身で、わたくしに対抗できると本当に思っているので――』

「〈最後の審判ジャッジメント〉」


 静かなティティアの声が空に響くと、フローディアは大きく瞳を開いた。そのスキル自体がどんなものかは、知っていたのだろう。

 ティティアの使う〈最後の審判ジャッジメント〉は、50%の確率で敵を即死、50%の確率で全回復させるという恐ろしいスキルだ。


 発動したスキルの、ピリッとした重い空気がのしかかってくる。そしてフローディアの上空には、大剣を持った天使が現れた。


 ……お願い、どうか!


 私がティティアの元に辿りつき、その体を支えるのと同時に――天使がその大剣をフローディアに突き刺した。


『な……っ、わたくしが、たったこれだけの攻撃に……!?』

「――即死判決!!」

「……っ! フローディア様……!」


 フローディアから光の粒子が溢れるのを見て、ティティアは悲痛な声をあげる。フローディアの意志を否定し、自分の手で裁きを加えたとしても、ティティアにとってフローディアという存在が特別なものだったことがよくわかる。

 ……私だって、できることなら〈聖女〉として女神フローディアに仕えたかったよ。


 時間をかけて光の粒子になったフローディアがいた場所には、小箱が一つ残った。


「「「「…………」」」


 フローディアを倒した。

 それはきっと喜ぶべきことなのだ。しかしみんな疲労困憊で、荒い息遣いでフローディアの墓標を見ているだけで。


 ……後味が悪いどころじゃなくて、いろいろ酷いクエストだった……。


 肉体的にも、精神的にも、とても疲れたクエストだった。

 私はすべてを投げ出して地面に倒れたいのをぐっとこらえて、フローディアのドロップアイテムの元へ行く。見たことのない白い小箱で、何に使うのか見当もつかない。

 ……開ける系のアイテムかな?


「ねえ、この箱……開けてもいい? それとも――」


 分配について問いかけながら小箱を拾ったら、ぱあっと光り輝いて勝手に開いてしまった。どうやら、手にすること開く条件だったのだろう。

 そして全員に聞こえるように、女神フローディアの声がした。


『世界が平和になりますように』


 ……身勝手な女神だと思ってしまったけれど、自分が倒されてもなお――世界の平和を願う。その姿勢だけは好感が持てる。

 声が終わると同時に、私の前にクエストウィンドウが現れた。



 ユニーク職業〈聖女〉への転職

 女神フローディアが消滅し、この世界の平和を願う女神がいなくなりました。

 あなたは代わりの女神にならなければいけません。

 しかし人間の身で神になることは体への負担が大きすぎるので、〈聖女〉としてその役目を担いなさい。



 文章を読んだ瞬間、私の体から光の柱が立ち上った。


「――っ! 嘘、ちょ……っ!!」


 そして私は、まるで不意打ちだとばかりに――〈聖女〉への転職を果たした――。




 ***



 エデンに戻り、泥のように眠った私たちは、〈転移ゲート〉を使ってツィレに戻ってきた。一年ぐらい休みたいけど、こっちも大きな問題が残っているのだ。


 私の左手には、新しい装備が加わった。フローディアが残した小箱の中に入っていたもので、その名を〈フローディの雫〉という。

 腕輪と指輪がついになっている防御系のアイテムで、回復スキル+20%、マナ消費量-20%、聖属性+10%、マナ自然治癒力向上というとんでも性能な上に、固有スキルまでついている代物だった。



「なるほど、そういうことか」

「〈聖女〉なんてすごすぎですにゃ! さすがはお師匠さまですにゃ!!」


 宿に集まって、私はみんなに〈聖女〉クエストが進んでいたことを話した。ただ、このクエストが今回のロドニーに無関係だとも思えないので、その点もきちんと伝えておく。

 リロイは思案したあと、頷いて私を見た。


「どちらかといえば、ロドニーが動き出したから〈聖女〉クエストが始まったと考えた方が自然でしょうね」

「……明確なところは、私にはわかりません」


 とはいえ希望で言うならば、もちろんロドニーが先の方がいい。私がクエストを始めたせいでティティアの地位が乗っ取られたなんて、どんな顔してティティアと話せばいいかわからないよ!!


「今回の規模で起こしたのですから、ロドニーも数年単位で準備していたと思います。さすがに、数ヶ月の準備期間だけでクリスタル大聖堂を掌握することはできませんから」

「そ、そうですよね」


 リロイの言葉にあからさまにほっとしてしまった。


「あとはロドニーを……というか、〈ルルイエ〉を倒せばいいわけですが、そこが問題ですね」


 リロイの言葉に、全員が腕を組んで唸る。〈ルルイエ〉の強さはこれでもかというほど身に染みているし、数レベル上がった程度で太刀打ちできるとも思っていない。

 ……が! 今の私には実は奥の手がある。


「〈ルルイエ〉は私がある程度なんとかできると思う」

「まじか、さすがシャロン! 〈聖女〉になったから、できることが増えたってことか?」

「やっぱりお師匠さまはすごいですにゃ!」


 私の言葉を聞いてケントとタルトを筆頭にみんなが盛り上がる。〈ルルイエ〉を倒しクリスタル大聖堂を取り戻す目途がついたのだから、喜ぶのは当然だよね。そんな様子のみんなを見回して、わたしはごくりと息を呑む。


 実はまだ、一番の問題を告げていない。


 きっと、この話し合いというか、作戦会議が終わったらクリスタル大聖堂を取り戻しに行くとみんなが思っているだろう。

 だけど、それはできないのだ。


「みんなに聞いてほしいの」

「シャロン……?」


 私の言葉に、全員が私を見る。


「実は……〈聖女〉になったから――レベル1になっちゃったの!」

「「「ええええええぇぇぇぇっ!?」」」

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