第88話 脱出

 爆発音を聞いたティティアが、ハッと目を見開く。


「タルト……!?」


 間違いなくタルトが〈火炎瓶〉を投げたと確信している顔だ。爆発音ソムリエかもしれない。ティティアが慌てて私を見る。


「どうしましょう、シャロン。向こうが危ないかもしれません……!」

「そうだけど、この状況で離れるわけにはいかないから――」


 さすがに捕らわれた騎士たちを置いて、タルトたちと合流するわけにはいかない。数人の騎士だったら連れていけるけれど、この数では無理だ。

 私がどうしようか悩んでいると、ブリッツがすーっと息を吸った。


「整列!!」


 突然の大声に私は驚いてしまったが、騎士たちは素早く動いて隊列を組んだ。憔悴しきっていたはずなのに、気合でその体を動かしている。

 ……すごい。これが騎士か。


「指示を出す。〈聖堂騎士〉は、五人ないし六人の班に分かれて脱出を。〈聖騎士〉一六人は、〈聖堂騎士〉の補助をし、一緒に脱出後、連絡するように」

「「「はっ!」」」


 全員がブリッツに敬礼をし、すぐに動き始めた。ものすごく統率がとれていて、見ていて惚れ惚れしてしまうほどだ。

 ……私も負けてられないね。


「〈エリアヒール〉〈身体強化〉!」


 私は牢屋から出てくる騎士たちに、次々支援をかけていく。今できるのは、これくらいだからね。ティティアも、私の支援を見て、〈慈愛〉で騎士たちを回復してくれている。

 すると、焦ったココアの声が牢屋に響いた。


「大変です、爆発があったからか、こっちにも騎士が向かってきてます!!」

「――! すぐにここを出なきゃ!」

「自分が行きます!」


 ブリッツが剣を構えて階段を駆け上がり、向かってきた敵を倒す。一撃だった。むしろ軽く剣を振っただけで倒してしまった。


「つ、強い……! さすがは〈聖騎士〉のブリッツ様だ!!」

「すごい!!」


 後ろからやって来た騎士たちがブリッツを絶賛しているが、私たちのレベルを考えたらさもありなん……ですね。どうやら強くなりすぎてしまったようだ。

 ――っと、そんなことを考えている場合ではなかった。


 私たちはタルトたちと合流するべく、爆発の震源地へ走った。




 やってきたのは、クリスタルの大聖堂の最上階だ。元々はティティアの部屋だったけれど、今はロドニーが使っているらしいのだが――その部屋がめちゃめちゃになっていた。

 部屋の中心に立っているのは〈火炎瓶〉を握りしめているリロイで、その周辺には敵の〈聖堂騎士〉が倒れている。


 ……もしかして、ティティアの部屋を脂ぎったおっさんロドニーに使われていたことに嫌悪してカッとなってやってしまった、とか?

 なんてことを私が考えていたら、気づいたリロイに「違いますよ」と言われてしまった。……何も言ってないのに。


「ケント、どういう状況なの?」


 ココアが周囲を警戒しつつケントに尋ねると、ついと視線を壁に向けた。見ると、黒々としたルルイエの魔法陣が描かれている。


「あの魔法陣を破壊しようとしたんだけど、その途中で見つかっちまって……。それで駄目元でリロイが〈火炎瓶〉を投げたんだ」

「なるほど」


 ケントの説明に頷いて、私は魔法陣に近づいてみる。ピリッとするような、ゾワゾワするような、嫌な気配が漂ってくる。これが何かは判断できないけれど、よくないものだということは本能でわかった。

 周りを見ると、〈教皇〉のティティアを始め、タルトやココア、ブリッツも嫌な気配を感じているみたいだ。


 ……でも、〈火炎瓶〉でも壊せないなんて、かなり強力な魔法陣だね。


 ロドニーがルルイエを迎え入れようとしていることに、何か関係があるのかもしれない。クエストを進めていくことで、解除できるといいんだけど……。


「とりあえず今は考えてる時間がないから、撤退しよう!!」

「――それしかないですね」


 私が指示を出すと、すぐにリロイを始め全員が了承してくれる。

 が、すぐにバタバタと足音が聞こえてきて、大勢の〈聖堂騎士〉がやってきた。これは乱戦の予感……! と冷や汗をかいていたら、一人の騎士が跪いた。そしてすぐ、そのあとに何人もの騎士が続く。


「ティティア様、すぐにお逃げください!」

「悔しいことですが、ロドニーの下についた〈聖堂騎士〉も少なくはありません」

「無事のお戻りをお待ちすることしかできない自分が、不甲斐ないです」

「あなたたち……。わかりました、必ず戻ってきます」


 ロドニーの命令に従っていた〈聖堂騎士〉すべてが、ロドニーに味方しているといわけではなかったみたいだ。

 ……ティティアは愛されてる教皇なんだね。


 私たちは味方してくれた〈聖堂騎士〉の助けもあって、無事にクリスタルの大聖堂から脱出することができた。



 ***



 クリスタルの大聖堂から脱出した私たちは、ゲートを使ってスノウティアの宿へ戻った。ちょうど三時間くらい経ったところだったようで、みんなヘロヘロだ。


「ひとまずお疲れ様。全員、無事に戻ってこれてよかった」


 私が全員を見回してそう告げると、疲れながらも、みんなは笑って返事をしてくれた。だけど、今にも寝落ちしちゃいそうだね。

 そんななか、ティティアはまだ気丈に立っていて、胸の前でぎゅっと手を握って安堵の表情を見せた。


「は捕らわれていた騎士たちを解放することができました。疲労困憊のなか、本当にありがとうございます……!」

「俺たちは仲間だろう? これくらい、当然だ!」

「うん! ただ、騎士たちは各自で逃げてるから……まだ完全に大丈夫かはわからないよね?」


 ティティアの言葉に、ケントとココアが返事をする。その懸念通り、騎士たちの安否はまだ私たちにはわかっていない。

 ……でも、ロドニーがいなくて、ロドニー側にも味方がいるのだとしたら……そこまで絶望てきではないはずだ。私がそう考えていると、ブリッツが一歩前に出た。


「後のことは自分が確認します。騎士間で使う連絡手段がありますから」


 ブリッツの言葉に、リロイも頷く。


「騎士たちとの連絡は、〈聖騎士〉のブリッツとミモザに任せるのがいいでしょう。私たちは、ロドニーをどうするか考えるのが先ですね。部屋にあったあの魔法陣……このまま放っておいたらいけない気がします」

「そうですね。騎士たちのことは任せましょう。ロドニーもそうですけど、〈眠りの火山〉で見たロドニーの息子も気がかりですし」


 私がリロイに続けると、全員が頷く。


「それから、早急にレベル上げをしましょう。早く覚醒職にならなきゃ」

「「「「「え」」」」」

「にゃ?」


 …………え?

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