第84話 フィールドボス〈ヒュドラ〉
「にゃあああああぁぁぁっ、なんですにゃ、あれは!!」
タルトの尻尾がぶわわっと逆立って、全身で〈ヒュドラ〉を警戒している。というか、タルトだけでなく全員が目を大きく見開いて立ち尽くしている。
「なんだ、あのでかいのは……」
「〈ヒュドラ〉です。ここら一帯を縄張りにしている、ボスですね」
ブリッツに返事をして、私も〈ヒュドラ〉を見上げる。〈ヒュドラ〉はとてつもなく大きく、その体長は私たちをゆうに超える五メートルほど。全身を覆う赤く燃えるような鱗は強度があり、一つの体から五つの首が伸びている。
鱗の部分は物理攻撃も魔法攻撃も効きづらいけれど、どうにかひっくり返すことができればお腹の部分は鱗がないので大ダメージを与えることができる。
……〈ルルイエ〉は無理だったけど、〈ヒュドラ〉ならどうにか倒せる……かも?
それでもギリギリだけど、〈ヒュドラ〉は結構いい確率で落とす装備があるので、それがほしいというのもある。
「お師匠さま、どうやって逃げるんですにゃ!? 急がないと、〈ヒュドラ〉がこっちに来ちゃいますにゃ!」
「――ううん、倒すよ!」
「にゃっ!?」
私の言葉に驚きすぎたのか、タルトがぴゃっとその場でジャンプした。しかしすぐに、「わかりましたにゃ」と言って〈火炎瓶〉を握りしめた。
私の弟子、勇ましすぎる……!!
しかしリロイは冷静に私を見た。
「あの巨体を倒せるんですか!?」
「ギリギリ行けると思います!」
「ギリギリ……」
私の返しに遠い目をしつつも、リロイは〈ヒュドラ〉を睨みつけた。逃げ切れないならば先手を取るしかないと判断したのだろう。まさにその通りだ。
「〈ヒュドラ〉を倒すには、まずはひっくり返してお腹の鱗がない部分に攻撃する必要があります。本当は風魔法か何かあるとやりやすいんだけど……今回は、全員でいっせいに攻撃してその反動でひっくり返します」
この〈ヒュドラ〉、一度に一定以上のダメージを受けると倒れる仕様になっているのだ。一人で〈ヒュドラ〉を転がせたら一人前だ! なんて言うプレイヤーもいたっけと思い出す。しかし一人前云々は必要ないので、全員でひっくり返すよ!
いつも通りブリッツに前衛を任せ、私とリロイで〈女神の一撃〉を始め支援をかけていく。今回の攻撃の主力はタルトとティティアなので、〈ヒュドラ〉がひっくり返ったらもう一度二人に〈女神の一撃〉を速攻でかけ直す。
「では行きます!」
ブリッツが〈
……うん、これならいけそうだ。
「今だ!」
私の合図とともに、全員が攻撃した。〈ヒュドラ〉は『ギャオオオォォッ』と悲痛な声をあげて倒れた。よし!
「「〈女神の一撃〉!!」」
「〈ポーション投げ〉にゃ!」
「〈無慈悲なる裁き〉!」
タルトの攻撃による爆発と、ティティアの攻撃で〈ヒュドラ〉がダメージを受けた。が、すぐに起き上がって吠える。
「今の攻撃で倒せないの!?」
ミモザが青ざめた顔で〈ヒュドラ〉を見るけれど、さすがに五メートルもあるモンスターが立った二撃で死にはしない。
「たぶんあと一〇回くらい繰り返せば倒せると思いますよ」
「頑張りますにゃ!」
「ひえっ」
私が推定回数を告げると、タルトは燃えてティティアは若干引いていた。
「〈ヒュドラ〉は残りの体力が一〇%を切ると、首をぐるぐる回して竜巻を発生させるから気をつけてね!」
「「「了解!」」」
「はいですにゃ!」
ちなみに竜巻に巻き込まれると空高く吹っ飛ばされてしまうので、かなり心臓に悪い。地面に打ち付けられるダメージもかなりのものだろうから、支援は切らさないよう、いつも以上に注意する必要があるね。
『ギャオオオォッ』
「――! ティティア様!!」
ふいに、〈ヒュドラ〉の攻撃対象がティティアになった。先ほどの攻撃のせいで、ヘイトを稼いでしまったためだろう。
〈ヒュドラ〉が口を大きく膨らませた瞬間、ティティアはスキルを使った。
「〈平和の祈り〉!」
ティティアの声に呼応するように、空から光が降り注いだ。すると不思議なことに、〈ヒュドラ〉は視界からティティアが消えたかのようにうろうろと歩き出した。
……なるほど、これがヘイトリセットの効果か! すごいね。
ティティアが使った〈平和の祈り〉は自身に向けられたヘイトをリセットするというスキルだ。これにより、新たにヘイトが向けられたのは――タルトだ。
「にゃっ!?」
「相手は自分です!!」
しかしタルトに〈ヒュドラ〉が攻撃をするよりも早く、ブリッツが地面を蹴り上げて跳躍した。そして剣を振りかざし、自身に〈ヒュドラ〉のヘイトを向けるため斬りつけた。
「〈
『ギャオオォッ!』
ブリッツの予想通り、〈ヒュドラ〉の意識がタルトから移った。これで前衛が〈ヒュドラ〉を受け持ち、後衛が攻撃するというお決まりの戦闘パターンに持っていくことができる。
「よし、このまま一気に畳みかけるよ! 〈女神の一撃〉!」
「〈女神の一撃〉それから――〈女神の鉄槌〉!!」
リロイが攻撃したのに合わせるように、ブリッツ、ミモザ、タルト、ティティアも攻撃する。私はすぐに〈女神の一撃〉をかけ直し、回復などのフォローに回る。
〈ヒュドラ〉は『ギュオオッ』とうめき声を上げたので、先ほどと同じようにフルボッコだ。とはいっても、やはりすぐに起き上がってしまったけれど。
……ダメージが蓄積すれば〈ヒュドラ〉がひっくり返ってる時間も増えるから、地道にやっていくしかないね。
私はポーションを飲んでマナを回復させて、「もう少し頑張ろう!」と声をかけた。
それから何回も同じように〈ヒュドラ〉を転がせて攻撃し、というのを繰り返した結果――〈ヒュドラ〉は今までよりも多きな声で吠えた。
『ギュルオオォォォォォ!!』
「……っ、すごい声」
「頭に響きますにゃ!」
叫び声の波動で細かい砂が飛んできて、地味に痛いが……避けている余裕はない。なぜなら、今から竜巻攻撃が来るからだ。
〈ヒュドラ〉の体力が一〇%切ると、足元に薄い風が発生するからすぐにわかる。攻撃力が上昇するので体力管理に今までより注意が必要になってくる。
「竜巻が来るから注意して! 今のうちに回復もしてね!」
「お師匠さま、ポーションがもうないですにゃ……!」
「…………………………えっ!?」
タルトの言葉に一気に血の気が引いた。
「私の在庫も……ほぼない!」
うっかりしていた。ゲーム時代はNPCの商店に在庫に限りがなかったから、持てるだけ〈鞄〉と〈簡易倉庫〉に入れていた。だから回復アイテムがなくなるということは、ほとんど想定しないまま生きてきてしまっていた。
……でもそうだよね、あれだけ修道院で狩りをしまくって、〈ルルイエ〉の攻撃も防いでってしていて、回復アイテムが尽きないわけがなかったよ!
あー、やらかした。
どうしようどうしようと思っていたら、〈ヒュドラ〉が『ギュオオオオンッ』と雄叫びを上げた。
「いけない、竜巻攻撃がくる!!」
「にゃっ、にゃああぁぁっ!」
「タルト!!」
一瞬油断した隙に、タルトに〈ヒュドラ〉の竜巻が直撃した。私が慌てて〈女神の守護〉をかけ、リロイが〈リジェネレーション〉をかけたけれど……大ダメージは免れないだろう。
「自分が受け止めます!」
「ブリッツ!」
「……っ、わたしは結界を! 〈
各々ができることをしてタルトを助けようとしていたとき、ふいにタルトの悲鳴が途切れて「にゃっ!?」と驚いた声が聞こえた。そして私たちに落ちる、黒い影が――。
「……ドラゴン?」
「大きい、です……」
リロイが空を見上げて、影を落とした正体を呟いた。隣にいたティティアは口を大きくあけて、あっけにとられている。
「って、あれって〈竜騎士〉のドラゴンだ!」
「ということは、通りすがりの方がタルトを助けてくれたのでしょうか?」
私がさらに正体を告げると、ティティアの顔に安堵の色が浮かぶ。……が、リロイたちは難しい顔をしている。
「〈竜騎士〉の多くは、エレンツィと敵対しているファーブルムに所属しています」
「あ……っ!」
もしかしたら、裏でロドニーと手を組んでいる可能性もある。空に投げ出されたタルトを助けてくれはしたけれど、相手がいい人かどうかはわからないのだ。
――どうする?
嫌な緊張が周囲を包む中、『ギャオオオッ』という〈ヒュドラ〉の声が響いた。そうだ、〈ヒュドラ〉の存在をすっかり忘れるところだった!
「ティー! 〈女神の一撃〉」
「任せてください! 〈無慈悲なる裁き〉!」
「ミモザ! 〈女神の一撃〉」
「はい! 〈
「――〈
私とリロイがティティアとミモザにスキルを使うのと同時に、空からも攻撃が降ってきた。〈竜騎士〉が使う高火力の一撃だ。それもあり、〈ヒュドラ〉は光の粒子になって消え、ドロップアイテムが残った。
〈ヒュドラ〉を倒せたのはとても嬉しいし、レベルも上がった。しかし上空の〈竜騎士〉が誰かわからない状態では、油断できない。
私とリロイが厳しい顔をしていると、ドラゴンがある程度低空まで来たところで、ケントとココアが飛び降りてきた。ケントは腕にタルトを抱えている。
「「「え?」」」
まさかの再開に、全員で思わず間抜けな声を出してしまった。ケントとココアがドラゴンの方に向かって手を振ると、ドラゴンはそのまま飛んで行ってしまった。
……え? どういうこと!?
「ただいま、みんな。無事に合流できてよかった!」
「お待たせしました!」
「助かったですにゃ~」
とりあえず去ってしまった〈竜騎士〉は敵ではなかったみたいだ。私はそのことにホッと胸を撫で下ろし、ケントたちに飛びついた。
「お帰り二人とも! タルトも無事でよかった」
「おう! にしても、熱いぞここ!!」
「私が……〈ウォーターアロー〉!」
ココアが水の矢を地面にぶつけると、ジュワッと音がして一気に温度が冷めていく。氷魔法ほどではないけれど、これである程度は熱が抑えられるだろう。
「積もる話もあるけど……今は急いで草原に行くよ!」
「わかった!」
私たちはココアのスキルで快適な道を作ってもらいつつ、どうにか無事に草原へ辿り着いたのだった。
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