第83話 焼け野原

 ルルイエ像の後ろの通路に出ると、ボスの〈ルルイエ〉が追ってくることはなかった。どうやら、この通路は完全にボス部屋との繋がりが切れているみたいだ。

 ……こんな場所があるなんて。

 元からあったのだろうと思ったけれど――もしかしたら、ほかになんらかの要因があって、開いた道なのかもしれない。たとえば、私の〈聖女〉転職クエストや、ティティアの〈教皇〉関連。または、ゲーム自体の新パッチ。可能性がいろいろあって、考えても切りがなさそうだ。


 通路は廃墟になっていた修道院の内部とは違い、とても綺麗で、手入れが行き届いているような空間だった。等間隔に柱と明かりが設置されており、歩きやすい。


「いったいどこに続いているんでしょう」


 リロイが周囲を見回しながら告げたのを聞いて、私は脳内で地図を浮かべる。


「……〈常世の修道院〉の周囲にあるのは、私たちが通ってきた〈暗い洞窟〉と〈焼け野原〉がエレンツィの国内ですね。ここは国境に面してるダンジョンなので、ファーブルム側だと南に〈錆びれた灯台〉があって、東には〈花捨て場〉があります。ファーブルム側はそこまで危険はないですが、〈焼け野原〉に出たら……かなり強いモンスターがいますね」

「なるほど……」


 私はファーブルムから追放されているけれど、もし向こうに出てもこれは不可抗力だよね? 誰かそうだと言ってくださいお願いします……!

 でも本当にファーブルムに出たら、こっそり〈転移ゲート〉の登録をしちゃおう。


「シャロンはどこに続くと思いますか?」

「うーん……。あまりよくはないですけど、〈焼け野原〉ですかね。元々ここへ続く道がある場所ですし」


 ただの予想だし、もしかしたら予期せぬ場所に繋がっていることもある。ゲートのようなものがあって、まったく別の離れた地――なんて。


「あ、出口です!」

「――!」


 ブリッツの声に、全員が前を見る。前方に外に繋がっている出入口があった。扉一つなく、そこから吹き付けてきた熱風が私の髪を揺らす。

 ――ここ、〈焼け野原〉だ!


 どうやら予想通りだったらしい。もしかしたらまったく知らない新天地へ!? とワクワクしてしまったことは内緒だ。


「これは……聞いていた以上に酷い場所ですね」


 野原を見たリロイの頬に、汗が流れた。

 ここ〈焼け野原〉は、その名前の通り地面が燃えている野原だ。草木はほとんど焼けてなくなり、残った砂や石は熱せられている。歩くだけでも体力を削られるし、さらには地面からの熱さですぐ水分不足になるだろう。

 リロイたちはこの状況こそ見るのは初めてのようだけれど、存在自体は知っていたみたいだ。


「すごく暑いですにゃ……」

「こんなところ、歩けるのですか……?」


 タルトは耳をぺたりと下げて、ティティアも不安そうにしている。ブリッツは恐る恐る地に足をつけて、「熱ッ!」と声をあげた。


「こんなところ、通っていけるのですか?」


 ミモザが不安そうに前を見ると、なぜかリロイが私を見た。いや、タルトも私を見ている。何か解決策があると思っているみたいだ。

 ……まあ、あるけども。


「ここを歩くには、いくつか方法があります」


 私がそう告げると、「「「おおっ」」」と歓声が上がった。


「まず一つは、歩いても大丈夫なくらい装備を整えること。アイテムを使う方法もありますけど、あいにくアイテムもありません。これは無理ですね。」


 なのでこの案は却下だ。


「二つ目は、水や氷系統の魔法スキルで地面を凍らせたりしながら歩いていく方法です。モンスターと戦うときは調整が大変ですけど、できなくはないです。……問題はその魔法スキル所持者がいないことでしょうか」


 あからさまに全員のテンションが下がった。こればかりはどうしようもないのだ。ココアがいれば、水系統の魔法スキルを使ってどうにかしてくれたと思うけど……残念ながら別行動中なのだ。


「三つ目は、私とリロイの支援スキルを駆けながら強行突破することです」

「支援を……〈女神の守護〉をかけるということですか?」


 リロイはそう口にしつつも、「攻撃ではないものを防げるのでしょうか?」と首を傾げている。もちろん、防げるわけがない。


「違います。〈身体強化〉などで基礎能力を上げて、〈耐性強化〉で火の耐性を上昇させて……耐えながら歩いて、体力が減る前に回復するんです」

「…………なんという」


 私の無茶ぶりのような提案にリロイが頭を抱えてしまった。しかし現状、そうするしか突破の手立てがないのだから仕方がない。

 私たちにできることは、急いで野原から平和な草原に移動することだけだ。問題はここの敵が強い上に数が多いということだけど……レベル上げだと割り切って頑張るしかない。〈ルルイエ〉に挑むことを考えれば、百倍も一千倍も楽なのだから。


「それじゃあ出発しましょうか。〈身体強化〉〈攻撃力強化〉〈防御力強化〉〈耐性強化〉〈不屈の力〉〈女神の守護〉〈リジェネレーション〉〈マナレーション〉……っと」


 私が支援を開始すると、リロイも同じように支援を行う。それが終わると、リロイはティティアに背を向けてしゃがみこんだ。

 ……何してるんだろ?


「ティティア様、私の背中にどうぞ。地面が熱くなっていますので、怪我をしてしまう恐れがありますから」

「いいえ、わたしも歩きます。ありがとう、リロイ」


 まさかのおんぶか!

 確かにここの熱は、ティティアやタルトには厳しいだろう。二人とも背が低いので、地面の熱だって私たちに比べたら頭に届きやすい。


「……私はタルトをおんぶしようか?」

「自分で歩けますにゃ!」


 割と真面目に言ったのだけれど、タルトに速攻で断られてしまった。顔を赤くして頬を膨らめているので、もしかしたら子供扱いされたと思ったのかもしれない。


「うーん……。でも地面が熱いから、もし辛くなったらちゃんと言ってね。ここのモンスターはすごく強いから」

「はいですにゃ」


 タルトが頷いたのを見て、私たちはブリッツを先頭に歩き出した。





「〈ポーション投げ〉にゃっ!」

「〈女神の聖域サンクチュアリ〉!!」


 タルトがスキルを使い、わらわらこちらに向かってくる〈火炎トカゲ〉を爆発させる。ワニに似た外見で、体力が高く倒すのに苦労する上、生息数が多いところも地味に厄介な、火を吐いてくるモンスターだ。

 ここは火属性のモンスターだらけで、タルトの〈ポーション投げ〉の威力もあまり恩恵がない。もちろん、強いことに変わりはないのだけれど……。


 どうにか倒し終わると、ブリッツがふーっと息をはいた。


「ティティア様のスキルがある場所は熱くなくて快適ですね」

「ええ。これがなければ、かなり大変だったでしょうね」


 ブリッツの言葉にミモザが全力で同意する。二人は前衛なので、一番動き回る。そのため体力の減りも早い。


 〈火炎トカゲ〉を始め、〈マグマの妖精〉〈烈火猿〉〈炎毒の壺ヘビ〉〈熱風竜〉が出てくる。名前を見れば予想はできると思うけれど、どれも熱いのだ。アチアチなのだ。正直に言うと川か何かに飛び込みたい。


「あ、前方に壺があります! 〈炎毒の壺ヘビ〉ですね……。毒に注意してください」


 ミモザが剣に手をかけて、大地をぐっと蹴り上げて間合いを詰めてスキルを使う。ヘビはまず壺を割ってからでないと、本体が出てこず倒せないのだ。そのくせ、壺を割らなくても攻撃はしてくるから面倒臭い。

 壺が割れると、全員で一斉に攻撃を仕掛ける。壺さえ割ってしまえば、ヘビは体力が低く倒すのは比較的楽なのだ。


「〈リジェネレーション〉! ……そろそろ、半分くらい来ましたかね? 早く草原に出たい――」


 私が汗だくになりながらそう告げると、『ギュオオオオォォッ』という声が辺りに響いた。この声……!!


「いったい何が!?」

「あそこの地面が盛り上がってます!」

「〈女神の守護〉! ティティア様は私の後ろに!!」


 ブリッツが一歩前へ飛びだし、剣を構える。ミモザは周囲に視線を巡らせて警戒し、私とリロイは支援スキルをかけ直す。タルトとティティアはいつでも攻撃できる態勢をとった。

 そして姿を現したのは、ここのフィールドに出てくるボス――〈ヒュドラ〉だ。

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