第82話 ボス〈ルルイエ〉

 暗い部屋にボッと音が響き、紫色の火が灯っていく。円形の部屋をぐるりと囲むようにステンドグラスのランタンが等間隔に並んでおり、中央の天上からは黒薔薇の蔦が絡まっているブランコが吊り下げたれている。

 誰かが無意識に息を呑み、緊張が走る。


「お、お師匠さま……」

「……大丈夫、って……言えたらよかったんだけどね……」


 タルトの小さな手が私の手を握ってきてくれるけれど、今、私の頭の中は大混乱だ。どうしたらいいのか、必死に考えている。

 このままレベルを上げていけば、〈ルルイエ〉を倒すこともできただろう。しかしそれは、レベルを上げたら……という話なわけで、今ではない。そう、今ではないのだ。さすがにボスは無理だ。控えめに言ってもボスは無理だ!!!!!!!!


「シャロン、ここはダンジョンの一番奥ですよね?」


 ティティアの問いかけに、私は頷く。


「道中で出てきたモンスターとは比べ物にならないくらい強い、ボス〈ルルイエ〉が出てきます。今の私たちに倒すことは……不可能です」

「――っ!」


 ハッキリ私が告げると、ティティアが真っ青になって口元を抑えた。


「でも、私だってただで死んでやる気はないです。ひとまず逃げに徹して、何か解決策がないか考えましょう」

「は、はい……!」


 私の提案に、ティティアはもちろんリロイたち全員が頷いた。今回の作戦は、何がなんでも命大事に、だ。



 パキンッと何かが割れるような音がして、天井から人影が降ってきてブランコの上に着地した。足元まである長い紫がかったダークレッド髪。ヒラヒラした透明な布を纏い、黒を基調とした丈の短い上質なワンピースに身を包んでいるが、その手元は鎖で繋がれている。目元を覆う黒のレースが特徴的なモンスター―ボス〈ルルイエ〉だ。



 私たちは全員で固まりつつも、無意識に一歩下がった。


「なんですか、この感じは……。震えが止まらない」


 ブリッツは震える自分の手をどうにか押さえながらも、真っ直ぐ〈ルルイエ〉を見る。目を逸らした一瞬の隙に、こちらがやられてしまう……そんな恐怖がある。


 私はゆっくり深呼吸をしながら、対ルルイエ戦を脳内で思い浮かべる。〈ルルイエ〉は基本的に、持っている長杖で魔法攻撃をしかけてくる。あとは単純に杖を振った際の強い風圧が襲ってきて押し戻されることもある。さらに後半になると、二匹のコウモリの使い魔も攻撃に加わってきて厄介だ。

 強い攻撃には事前動作やタイミングがあるから、それを躱していけば死ぬことはない……と思いたい。その間に、なんとかして打開策を考えよう。


「ルルイエが杖を振ったら、できるだけ低姿勢になって! 風圧がくるから。最初の強い攻撃は足元が紫に光った時に来るから、そのときは防御スキルで防ぐよ」

「「「はいっ!」」」

「はいですにゃ!」


 全員の返事を聞き、私は支援をかけていく。〈ルルイエ〉が攻撃を始めるまでは、ちょっとだけ時間があるので助かった。

 ブリッツが剣を振り上げて、〈ルルイエ〉に攻撃を仕掛ける。〈ルルイエ〉はそれを杖で受け止めるが、涼しい顔をしていてまったく攻撃が通っていない。


 ひゃー、強すぎるでしょう。

 もし〈ルルイエ〉をこのレベル体で倒すなら、ガチガチに装備を重ねて、〈ルルイエ〉戦に慣れていることが最低条件だ。


「にゃっ、〈ポーション投げ〉にゃっ!」


 タルトが思いっきり〈火炎瓶〉を投げると、見事〈ルルイエ〉に命中した。しかし爆発音が耳に届いたのと同時に、〈ルルイエ〉が杖を振った。


「にゃああぁっ!」


 すぐに反撃がくるとは思っていなかったらしいタルトは、その風圧に吹っ飛ばされて後ろへ転がってしまった。


「〈女神の守護〉!」

「〈ヒール〉!」


 私とリロイがすぐにスキルを使うと、タルトはふらふらしつつもすぐに起き上がった。「ありがとうですにゃ」と言って前を見ているけれど、その足はわずかに震えている。

 ……そうだよね、怖いよね。

 しかし〈ルルイエ〉は私たちの状況なんてお構いなしだ。足元が紫に光って、強力な攻撃が来ることを示している。


「わたしが! 〈女神の聖域サンクチュアリ〉!!」

「自分も! 〈十字架の盾クロスガード〉!!」


 ティティアとブリッツが防御スキルを展開すると同時に、〈ルルイエ〉の杖から光線のような攻撃がランダムで放たれた。壁の柱などにひびが入っているのを見ると、食らったらひとたまりもないことがわかる。


「今の攻撃の対処はよかったよ! ほかにも、〈ルルイエ〉が空を飛んだときと、詠唱を始めたときに同じように対処してほしい。ただ、〈ルルイエ〉が杖を地面に突き刺したら……最初に衝撃はが来るから、それはジャンプして避けてほしい。そのあと、すぐに防御スキル!」

「は、はいっ!」


 〈ルルイエ〉の攻撃パターンはいくつかあるけれど、そこまで対処が難しい訳ではない。単純に攻撃力と攻撃頻度が高いため難易度が高いのだ。

 そしてさっきのタルトの〈ポーション投げ〉を見てもわかるように、〈ルルイエ〉は防御力も高い。なので火力不足のパーティだと倒すのに時間がかかるし、私たちのパーティのように火力武器がない場合は高レベルでもなければ倒すことも難しい。


「――! 〈ルルイエ〉が杖を地面に突き刺したわ!」

「衝撃波が来るから、跳んで!」


 ミモザの焦るような声に、私は指示を出す。次の瞬間、まるで大地に亀裂が入ったような光の線がこちらに伸びて来て、地面が揺れた。

 ――こんなの食らったら、ひとたまりもないよ!!


 ゲーム時代ではあまり気にならなかったけど、現実では大違いだ。あれを食らって生きてられる気がしない。

 ……まあ、実際はギリギリ生きていられはするんだろうけど。体の前に心を折られてしまいそうだ。


「ふー……」


 次は最初と同じで、〈ルルイエ〉の足元が光った。先ほどと同じように防御して事なきを得る。その後は何度か通常攻撃の風圧が来たけれど、身を屈めることでなんとか大ダメージを防ぐ。


「〈ポーション投げ〉にゃっ!」

「〈無慈悲なる裁き〉!」

「〈女神の鉄槌〉!」

「〈十字架の裁きクロスブレイド〉!」


 何度か攻防を繰り返すと、みんな攻撃のタイミングがわかってきた。しかし〈ルルイエ〉に致命的なダメージは与えられないでいる。ブリッツがポーションを飲んでマナを回復しているのを見つつ、このままでは私たちがやられるのも時間の問題だなと思う。


「〈身体強化〉〈マナレーション〉……はぁ、はっ」


 何度も攻撃され、体力、精神的にかなりしんどくなってくる。このままだとやばいと思う。タルトの目なんて、虚ろになってきてる。


「どうしよう、ポーションが少なくなってきましたにゃ……」


 ……もしかして、死ぬ……?


 そんな不安が自分の中に芽生えた。今までどんなときだって、前向きに頑張ってきたというのに。


「ううん。あきらめるのは、絶対に嫌」


 私がそう宣言すると同時に、リロイが〈ルルイエ〉の通常攻撃に吹っ飛ばされてしまった。飛ばされた場所は入り口とは正反対の場所で、ルルイエの像がある。

 ……普段はあんまり気にしなかったけど、ここはきっと祈るための部屋でもあるんだろうね。

 廃墟ということもあってわかりづらいが、隅の方には壊れた椅子なども落ちていた。


「〈ハイヒール〉! リロイ、大丈夫!?」

「ええ、なんとか。すぐに立て直して――!?」

「え……?」


 リロイがルルイエの像に手をついて立ち上がると、ぱあぁっと何かが光った。どうやらリロイが持っている何かが発生源みたいだ。


「いったい何が……?」

「いけない、〈ルルイエ〉の攻撃がきます!」


 ブリッツが不思議そうにこちらを見たが、すぐミモザの声が響く。〈ルルイエ〉は待ってはくれないのだ。どうにかして防御したところで、リロイがそれを懐から取り出した。


「それって……〈嘆きの宝玉〉!?」


 〈嘆きの宝玉〉は、私が〈エルンゴアの楽園〉に行って倒したボス――〈エルンゴアの亡霊〉のドロップアイテムだ。リロイがギルドに高額の納品依頼として出していたので、私が納品したのだ。

 ……使い道がわからないアイテムだったけど、まさかこんなところで使うとは……。

 ピンチな状況だけれど、新たな発見にドキドキしてしまう。仕方ない、だってゲーム時代にはなかった新発見なんだよ!? テンションが上がるのも仕方がない。


 と、私が一人で盛り上がっていると、ゴゴゴゴ……と音を立ててルルイエ像が動き出し、後ろ側に道が開けた。


「抜け道になっているみたいですね」

「え、それって〈ルルイエ〉から逃げられるっていうこと!?」


 リロイの言葉に驚きつつ、私はどうにか冷静に物事を考える。このボス部屋から逃げるすべがあるなんて、これまた初耳だ。先がどうなっているかはわからないけれど、〈ルルイエ〉に勝つことができないのだから、進む以外の道はない。


「――〈耐性強化〉〈不屈の力〉〈防御力強化〉〈女神の守護〉〈リジェネレーション〉〈マナレーション〉――」


 私はリロイと協力してありったけの支援をかけて、「走って逃げるよ!」と叫んだ。

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