第81話 ロドニーとの戦い

 目の前に湧いた〈ゴースト〉をブリッツが切り捨て、タルトの〈ポーション投げ〉とティティアの〈無慈悲なる裁き〉がとどめを刺す。しかし全員、ロドニーから目を離すことはない。


「なっ! 教皇――!!」


 ロドニーはすぐ、ティティアに気づいた。その顔は驚愕の色が強く、ここまで自分を追ってくる者がいるとは微塵も思っていなかったのだろう。ギリッと唇を噛みしめている。


「ロドニー様をお守りしろ!」

「しかし前から〈堕ちた修道女〉が現れました!!」

「それくらいすぐに倒さないか!!」


 どうやら前にモンスター、後ろに私たちと、ロドニーは絶対絶命のピンチみたいだ。なんともしょぼいピンチだね。

 しかしふと見ると、すぐそこに豪華な扉が目に入った。このダンジョンのボス〈ルルイエ〉が待ち構えている部屋だ。

 ……ロドニーがこのメンバーでここまで来たことは、褒めてあげてもいいかもしれない。

 〈聖堂騎士〉たちが疲労困憊なのは一目でわかるので、もしかしたら何人か途中で失っているかもしれないけれど……きっとロドニーは多少の犠牲なんて構わないどころか、必要なものだと思っていそうだ。


 騎士たちがどうにか修道女を倒すと、ロドニーは真っ先に一番奥へと逃げた。扉に背をつけ、「こっちに来るんじゃない!」と吠えた。


 さて、どうしようか。しかし私が考えるよりも早く、ティティアが一歩前へ出て、真っ直ぐロドニーを見つめた。


「なぜ、このようなことをしたのですか」


 普段の穏やかな声とは違う、澄んだ、凛としたティティアの声が修道院に響く。憂いを嘆くその声に、何人かの〈聖堂騎士〉がたじろいだ。


「なぜ……だと? 女神フローディアが儂たちに何をもたらしてくれるというのだ。ルルイエ様こそ、この国を、世界を導くに相応しいお方であろう! お前たち、やってしまえ!!」


 どうやらロドニーは話を聞く耳はないようだ。騎士たちに命令し、私たちをここで始末しようとしてきたけれど……そう簡単にやられる私たちではない。


「〈聖堂騎士〉ともあろう者が、恥ずかしくはないのですか! ――〈女神の一閃〉!!」


 ミモザがいとも簡単に騎士たちを切り伏せると、ロドニーは息を呑んで後ずさった。が、後ろには扉があってこれ以上逃げることはできない。

 その様子を見て、ティティアは表情を歪めた。


「……今、わたしの耳に届いた声は多くありません。けれど、女神フローディアへ祈るための部屋が閉まっていることや、何人もの〈聖騎士〉と〈聖堂騎士〉が囚われていること、聖堂所属の神官や巫女が治癒をする際に法外な値段を要求しだしたなど……いろいろ聞いています」


 ティティアが言ったことは、私が実勢にツィレで見聞きしたことや、ブリッツがどうにか仲間と連絡を取り知り得た情報の一部だ。ブリッツに情報をもたらした人物は、今も大聖堂内部にいるのだという。


 しかしロドニーは、あからさまにため息を吐いてみせた。そして幼い子供に言い聞かせるように、口を開いたのだ。


「ティティア様にはお分かりにならないのでしょうが、国を運営するにはお金が必要なのですよ。儂たちは今まで、あまりにも国民を甘やかしてきてしまった!」


 だからこれからは、今までの恩恵分、国に尽くして当然だろうとロドニーは言う。


「本当にそれでいいと思っているのですか!」

「私が教皇になったのだ! お前のような甘いことは、一切しない! 私に逆らうものはエレンツィに不要だ!!」

「――っ!」


 ロドニーは自分がトップに君臨したいという野望があった。自分が一番偉いのだと。その言葉に、ティティアが震える。


「そんなことは、許しません!」


 ティティアの叫びを皮切りに、ブリッツが飛びだして剣を振り上げた――が、一人の〈聖堂騎士〉によって受け止められてしまった。

 ――嘘! レベルが上がったブリッツの攻撃をこうも簡単に止めるの!?

 私が驚いていると、隣にいたリロイが目を細めた。


「……あなた、〈聖堂騎士〉ではありませんね」

「「「――!?」」」


 リロイの言葉に、私たちは目を見開いて驚いた。すると、〈聖堂騎士〉だと思われていた男はくつくつ笑って、「どうしてわかったんだ?」とこちらを見た。


「私は大聖堂に所属している人はすべて覚えていますから」

「なるほど、化け物並みの記憶力っていうことか。まさかそんな理由で正体を見破られるとは思わなかったが……」


 男はそう告げると、真っ黒な刀身の剣でこちらに斬りかかってきた。しかしそれが届くよりも前に、ブリッツが構える。


「〈十字架の盾クロスガード〉!!」

「〈血塗られた殺意ブラッディソード〉!!」


 スキルによって現れたブリッツの盾に、黒い剣が斬りかかるが――わずかにブリッツが押され、尻もちをついた。どうやら実力は相手の方があるみたいだ。

 ……まさかこんな隠し玉がいるなんて、思ってもみなかったよ。


 男が使ったスキルは、私が知っているものだった。

 特殊職業の〈暗黒騎士〉だ。知り合いのプレイヤーにも何人かいたので、だいたいのスキルや戦闘スタイルもしっている。状態異常を付与するタイプの攻撃が多く、じわじわ相手を消耗させるのが得意だ。


 ブリッツが押されたのを見て、ミモザはティティアを守るように前へ出る。リロイも、ティティアをいつでも庇える位置取りだ。


「お師匠さま! 後ろからモンスターが……!」


 悲鳴に近いタルトの声に、私は「大丈夫」と答えて自分に〈女神の守護〉をかけて沸いた修道士の前へ行く。そのままタルトに〈女神の一撃〉をかけて、〈ポーション投げ〉をしてもらう。それを追加で二発。


 ……話し合いをする場所には向かないね。


 というか、ロドニーたちが扉を背にしているので、モンスターが湧くとしたら基本的にこちら側なので私たちが不利だ。どうにか立ち位置を変えることができたらいいんだけど……そう考えていたら男が思い切り剣を振り上げブリッツを弾き飛ばした!


 ――っ、やってくれるじゃん!


 可能なら撤退してレベル上げをしたいところだけど、そんな余裕はなさそうだ。なぜなら、ロドニーがボス部屋の扉に手をかけたから。

 ……いったい何をしようとしているんだろう?


 ロドニーのレベルでは、〈ルルイエ〉を倒すことはできない。あの強そうな〈暗黒騎士〉がいるけれど、一人では無理だろう。〈聖堂騎士〉も火力としてはレベルが足りないように思う。

 しかし私が何かを考えるよりも早く、男はこちらに向かってやってきた。立ち向かうミモザを斬り捨て、一直線にティティアの元へ――!


「させません! 〈女神の守護〉!」


 リロイが咄嗟にティティアを庇ったけれど、ブリッツに防げない攻撃を戦闘特化ではない〈ヒーラー〉が耐えることは難しい。リロイとティティアも剣で弾き飛ばされて――


「え?」


 私はその光景を見て、息を呑んだ。

 リロイとティティアが弾き飛ばされた先が、ロドニーが開けたボス部屋だったからだ。


「ティー、リロイ!! ――ぐっ!」

「大変ですにゃ――んにゃっ!」


 私とタルトが声をあげる途中で、男が斬りかかってきた。それをどうにか防いだものの、蹴りを入れられて吹っ飛ばされてしまった。これで私とタルトも仲良くボス部屋の中だ。


「「ティティア様!!」」


 ブリッツとミモザは慌てて自分たちの意志で追いかけてきた。主人であるティティアを守らなければいけないのだから、当然だろう。


「ふん、てこずらせおって。……女神ルルイエ様の贄になればいい」

「ロドニー!!」


 しかしロドニーによって、ボス部屋の扉は閉められてしまった。

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