第77話 〈常世の修道院〉
〈暗い洞窟〉を抜けると、〈常世の修道院〉が見えた。
(ああ、ゲームで見たままの修道院だ)
修道院は廃墟と化していて、人間を寄せつけないような、そんな思い空気を醸し出している。苔が生え、錆ができ、黒ずんだ色合い。霧がかっている空気はわずかに紫の色を帯びていて、思わず帰りたいという衝動にかられそうになった。
あんまり低レベルでいたい場所ではないね。
とはいえ、私はここに来ることができて嬉しいとも思っている。だって旅をする目的が、この世界のすべての景色を目にすることなのだから。たとえ恐ろしい場所だとしても、含まれるのだ。
あとぶっちゃけて言えば廃墟の写真を見るのは大好きだ。
「……噂では聞いたことがありましたが、まさか本当にあるとは」
「ここは、とても嫌な感じがします」
リロイとティティアは聖職だけあり、闇の気配には敏感なようだ。しかしタルトも、尻尾がいつもより逆立っていて、何かを感じていることがわかる。ブリッツとミモザは何も言わず、息を呑んだ。
タルトがハッとして、「そうでしたにゃ!」と声をあげた。
「これを飲んでくださいにゃ。〈闇耐性ポーション〉ですにゃ」
「ありがとうございます」
〈闇耐性ポーション〉はタルトが用意していたポーションの一つで、その名の通り闇耐性をアップすることができる。効果時間は一時間なので、タルトはそれぞれに一〇本ずつ耐性ポーションを配ってくれた。
本当ならもっとほしいところだけど、入手した材料だとこれが限界だったんだよね。
私は耐性ポーションを飲んで、不味くなかったことにそっとホッとした。
「それじゃあ行こうか。目的は、修道院の中にいるロドニー・ハーバスを捕えること」
修道院は廃墟になっているけれど、ダンジョンというだけあって入り口はしっかりした造りになっている。窓のステンドグラスが闇の女神ルルイエの紋章のデザインになっているなど、細部にもこだわりを感じる。
出てくるモンスターは、ダンジョン〈エルンゴアの楽園〉にも出てきた〈ゴースト〉に、〈嘆きの魔女〉〈包帯の落ちた首無し男爵〉〈捨てられた犬〉〈堕ちた修道女〉〈悪魔の修道士〉、そして一番奥にいるボス――〈ルルイエ〉だ。
モンスターの情報はすでに全員と共有していて、弱点などもしっかり伝えてある。もちろん、ここ修道院の構造なども。
私とブリッツが戦闘を歩き、その次に火力のタルト。ティティアとリロイが続き、最後はミモザだ。私は道案内もしなければいけないので、前方支援。リロイは後ろから周囲の状況を見て、フォローに入ってもらいつつ後方支援の担当だ。
修道院の内部は、外観ほど朽ちてはいなかった。
とはいえ、まったく朽ちていないわけではない。荘厳な雰囲気をどこかに残しつつも、壁は汚れ、飾ってあった絵画や壺が床に落ちて粉々になってしまっている。ときおり天井かの雨漏りが床に水たまりを作っている。
「来ました! 前方から男爵と犬のセットです。タルトは〈火炎瓶〉は温存して、攻撃はブリッツとミモザ!」
「「了解!!」」
私が指示を出すと、ブリッツとミモザがモンスターに斬りかかる。私の支援もかかっているので、攻撃力が増していていい感じだ。
リロイも〈女神の鉄槌〉で攻撃し、火力に一役買っている。私が支援特化のスキル振りなので、適度に攻撃できる支援のリロイがいるのはなかなかに助かっている。
「「〈十字架の裁き(クロスブレイド)〉!!」」
ブリッツとミモザの攻撃が、それぞれモンスターに命中した。
〈包帯の落ちた首無し男爵〉は、包帯男だ。ただし首から上の包帯がほどけていて、首がない。体だけが動いているという状況だ。攻撃は単調だけれど、一撃が重い。〈捨てられた犬〉は、とにかく走り回って攻撃をしてくる。噛む、爪を武器にしてくるのはもちろんだが、首輪から垂れている鎖が走るたびに振り回されて、それでうっかりダメージを負うことが多い厄介な相手だ。しかもこの犬にはクエストが実装されていて、飼い主の引っ越す際、置き去り――捨てられてしまったというエピソードがある。死ぬまで飼い主を待った犬は幽霊となり、鎖を引きちぎってこの修道院に辿り着いた。そのため一部のプレイヤーは「倒しづらい!!」と大ブーイングだった。
スキル攻撃を使った後は通常攻撃を行い、少し苦戦するも、どうにか倒すことができた。
「ナイス!」
「はいっ」
「油断ならない相手でした」
私はミモザとブリッツとハイタッチし、「このまま行くよ!」と声をあげる。
さすがに私たちは適正レベルにちょっと足りないので、余裕の戦闘とは言いづらい。多少は怪我もしてしまうので、その都度しっかり回復していく。
ちょっとしたことが命取りになるかもしれないからね。
慎重に、ゆっくり進んでいく。
モンスターは一匹出てくることもあれば、三匹いっぺんに出てくることもある。三匹以上出てくる場合にのみ、タルトに〈ポーション投げ〉をお願いしている。
じゃないと、〈火炎瓶〉が持たないからね!
それでも、買取依頼を出したこともあって材料をかなり手に入れることができた。なので今回は、数百の〈火炎瓶〉を用意している。
しばらく歩いてみて、私は思ったよりも静かだな……と思う。
「……もっと〈聖堂騎士〉がいるのかと思ったんですけど、全然いませんね」
「ロドニーと一緒にもっと奥へ行ってるんでしょうか」
「それが有力で――あ」
そのとき、道の先にゴミが落ちているのを発見してしまった。どうやら食事をしたあと、あまり片付けなかったみたいだ。
……この世界を汚すとは、なんてけしからん奴なんだ!
「これは成敗確定――じゃなくて! あれって、ロドニーたちの痕跡ですかね?」
「自分が見てきます」
「〈女神の守護〉〈リジェネレーション〉! お願いします、ブリッツ」
名乗り出てくれたブリッツに支援をかけて、送り出す。
私たちも周囲の警戒をしつつブリッツの後を追って、ゴミが散らかっている場所までやってきた。幸い、周囲にモンスターの姿はない。
食料の袋類のゴミだけが落ちているのかと思ったら、食器類などもいくつか置いたままになっている。
「これは……食事中に襲われて、慌てて逃げた……っていうところですかね?」
「そのようですね」
私が推測すると、リロイが頷いた。
「食事中にしっかり警戒もできず、このように逃げ出すことになるとは……〈聖堂騎士〉として失格ではありませんか」
ミモザはなんだか微妙な怒り方をしている。
まあ、それは置いておくとして……ここら辺にモンスターがいない理由は、わかった。逃げた〈聖堂騎士〉たちが、一緒に連れて行ってしまったのだろう。ついこの間ブリッツとミモザも〈深き渓谷〉でやってしまった――トレインだ。
……ということは、少し先はモンスターだらけになってるかもしれないね。
「うーん、どうしようかな」
「どうしましたにゃ? お師匠さま。掃除なら、任せてくださいにゃ」
タルトは私が掃除すべきかどうか悩んだと思ってしまったようだ。私の弟子、可愛い上にいい子すぎでは?
「たぶんこの先にモンスターが溜まってると思うんですよね」
「モンスターが!? ……あ!」
私の言葉で、ブリッツはどういう状況か把握したようだ。以前の自分たちがしたことと同じだと告げると、全員がなるほどと頷いた。
「本当は安全に狩場まで行きたかったんですけど……その前に、いっちょモンハウを始末しましょうか!」
戸惑っていた全員が、私の言葉に口元を引きつらせた。
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