第75話 〈ヒーラー〉転職
一発目が不発だったので、私は二つ目のマルイルが行き倒れてるポイントに向かうことにした。
しかし雪原と雪原の間に街道をはさんでしまうので、いったんコタローとはお別れだ。私はワンコ処でコタローを返却し、預けていた馬を引き取った。
「ばいばいコタロー、また一緒に雪原を走ろうね!」
『わう!』
「ありがとうございました~!」
***
「あ! お師匠さま!」
「タルト!」
私が馬で街道を走って次の雪原に向かっていると、スノウティアに向かっているタルト、ティティア、リロイ、ブリッツ、ミモザに出会った。
「まさかこんなところで会うとは思いませんでした」
「ティーも元気そうでよかったです」
私は今クエストで北西の雪原に向かっていることを説明した。ちなみにすでに二人の治療は終わったと告げたらタルトとティティアがめちゃくちゃ褒めてくれて、癖になりそう……。
すると、ブリッツとミモザが真剣な表情で私を見た。
「北西の雪原って、そこそこ強いモンスターが出ますよね……?」
「私たちは何度か訓練で行ったことがあるけど、厳しい場所よ」
どうやら二人は行ったことがあるようで、一人で行くのは止めた方がいいのでは? と、私のことを心配してくれている。
とはいえ、ティティアたちがスノウティアへ行ってから一緒に――というのは、時間が勿体ない。それに、私にだって作戦がないわけではないのだ。
「犬を借りて、〈女神の守護〉をかけながら強行突破しようかなあと思ってます!」
「「「無謀すぎます!」」」
「なんて恐ろしい作戦を立ててるんでにゃ、お師匠さま!!」
全員に却下されてしまった。なんということでしょう。
「でも、今は時間が惜しいですし……。全員で移動するほど余裕はないですよ」
だから多少厳しくとも今回は一人で向かう胸を伝えると、リロイが「それなら」と口を開いた。
「タルトと一緒に行くのがいいと思います。幸い〈遅延のポーション〉は予備を含めて何本か預かっていますし、離れても問題はないですよ」
「……そうね。それに、素材が必要なら私が代理でギルドに行ったり、お店で購入したりすることだってできるから」
リロイの後にミモザも続いて、二人で一緒に行ってくるよう勧めてくれた。さらにアイテムの購入などもしておいてくれるようだ。
「ありがとうございますにゃ! お師匠さまの敵は、私が〈ポーション投げ〉で倒しますにゃ!」
「タルトがとっても頼もしい~!」
ということで、タルトは私と一緒に北西の雪原へ行くことになった。
***
「わあ、もふもふですにゃ~!」
「さすがワンコ処、いい仕事するね~!」
私とタルトは雪原に入ってすぐ、ワンコ処で犬のレンタルを行った。今回は先ほどと違う犬種で、ハスキー犬だった。黒と白のボディは引き締まっていて格好よいが、適度なもふもふ感もあって最高だ。
それぞれ一匹ずつレンタルした。タルトのハスキー犬は穏やかな表情をしているハナコという名前の子で、私のハスキー犬はキリリとした百戦錬磨の顔立ちでムサシというらしい。名前だけでも強そうだ。
……一緒に戦ってくれたりしないかな?
雪原を駆け抜けながら、タルトが私を呼ぶ。
「どこまで行くんですにゃ?」
「えーっと……ここから半日くらい駆けた場所かな。〈眠りの火山〉の麓にいると思う」
「はいですにゃ!」
タルトの元気いっぱいな返事に頬が緩む。
ここの雪原に出てくるモンスターは、〈一角雪狼〉〈雪の狩人〉〈スノーマン〉〈雪狼〉の四種類。一番強いのは〈一角雪狼〉で、〈雪狼〉を従えていることもある。そのことから、実は親子なのでは? とプレイヤーたちが盛り上がっていたけれど、明確な説明はない。
ということで、モンスターを見かけるとタルトが戦ってくれる。
「〈ポーション投げ〉です、にゃっ!」
タルトがふんっと勢いよく投げると〈火炎瓶〉は弧を描いて飛んでいき、こちらに向かって走ってくる〈雪狼〉三匹を一気に倒した。
いつの間にか、タルトの投球が強くなってる気がする。飛距離も伸びているようなので、今後の成長にも期待できそうだ。
ドロップアイテムを拾いながら進んでいくと、私たちとは違う犬の足跡を見つけた。
「近くに人がいるみたいですにゃ」
「冒険者かな?」
この先はずっと続く雪原か、その途中に私たちも目当ての〈眠りの火山〉があるだけだ。街や村は存在しないので、冒険者かよっぽどの変わり者……もしくはマルイルのような研究者くらいだろう。
「かもしれませんにゃ。でも、盗賊かもしれませんにゃ」
「盗賊……! それは遭遇したくない相手だね」
確かに山に盗賊が住み着いているのはファンタジーでは鉄板展開だ。そう簡単に負けるつもりはないが、こちらはか弱い女子二人。回避するのがいいだろう。
「ムサシ、この足跡とは離れながら進んでくれる?」
『わうっ!』
「ハナコ、お願いしますにゃ」
『わんっ!』
二匹ともとても賢くていい子だ。私はムサシの頭を撫でて、足跡とは違う道を進んだ。
――と思っていたんだけど、目的地が同じだったようだ。
〈眠りの火山〉の麓に着いたのはいいけれど、相手もそこにいた。まだ山に登らず、何か話し込んでいるみたいだ。
「人の話し声がしますにゃ」
「だね」
盗賊ならさっさと山の中に入ってくれたらいいのに。そう思っていたが、私の目に飛び込んできたのは盗賊ではなかった。
雪に溶け込んでしまいそうな、司教の白い法衣。それから、幾人かの騎士たち。
「〈聖堂騎士〉!? それに、法衣を着た若い男……」
恐らく二〇代だろう。もしかしたらロドニーかと思ったけれど、リロイの話では六〇歳を超えているということだったので、別人だろう。
私たちは気づかれないように、相手に近づいていく。大きな岩の陰に身を隠して、耳を澄ませる。
「ロドニーさまがルルイエ様をお迎えする間に、私たちは確実に女神フローディアを処分しなければいけません」
「「「はっ!」」」
司教の言葉に、騎士たちが敬礼を行った。
――フローディアの処分?
いったい何を言っているのだろうと、私は困惑する。現段階でわかっていることは、この司教とロドニーが別行動をしていて、ロドニーはルルイエを、この司教はフローディアに関する何かをしようとしていることだろう。
「……あ!」
そこで私は思いだした。
私がこの世界に来る直前まで期待していた新パッチ――〈最果ての村エデン〉!
新パッチは、噂ではあったけれど、女神フローディア関連だと言われていた。つまりロドニーはその新パッチの情報を掴んでいて、部下たちにそれを探らせているのではないだろうか。
……もしかしたら、エデンは火山の向こうにあるのかもしれない。
実装を前に転生してしまった私には、新しい情報は何もない。そのため調べるしかないのだが……あの火山の適性レベルは、〈常世の修道院〉よりも高い。
司教たちが今すぐ攻略するのは、おそらく無理だろう。見たところ特別な装備もないので、攻略には最低でも数ヶ月かかるはずだ。
企みは不安だけれど、時間がないわけではない。
「数ヶ月あれば、私も覚醒職になれるだろうし……」
私がぶつぶつ考え込んでいると、タルトが「山に登るみたいですにゃ!」と小声で教えてくれた。いけない、考えに没頭していた。
見ると、司教たちは隊列を組んで山へ登って行った。騎士たちはかなり大きな荷物を持っているので、長期滞在するつもりなのだろう。
司教たちの姿が見えなくなるのを待って、私たちは岩陰から出た。
「あいつらは、ティーたちの敵ですにゃ?」
「間違いなくそうだね。ロドニーの別動隊だと思う」
「……私に倒すだけの力があったらよかったですにゃ」
悔しそうに告げるタルトに、私は「大丈夫だよ」と頭に手を置く。
「この火山は難易度が高いから、あいつらはそう簡単に突破できないと思う」
もしかしたら、全滅してくれる可能性だってあると思っている。……そうなってくれたらいいなぁ。
「このことはティーたちに報告しつつ、私たちは作戦通りロドニーを追うよ」
「はいですにゃ!」
タルトのよいお返事に頷いて、私は本来の目的のために動き出す。ここへ来たのは転職クエストを行うことだ。
マルイルがいる場所はここから少しだけ離れているので、司教たちには見つからなかったのだろう。そのことにホッと胸を撫で下ろす。
山脈沿いに歩くと、人が倒れているのを発見した。マルイルだ。
「大変ですにゃ!」
「大丈夫ですか!? 〈ヒール〉! 〈リジェネレーション〉! 〈マナレーション〉! 〈身体強化〉!」
人が倒れているということはわかっていたのに、いざ本当に行き倒れているとドキッとしてしまってかなり心臓に悪い。思わずありったけの回復スキルを使ってしまった。しかしその甲斐会って、マルイルが起き上がった。
「あれ? 僕はどうして……」
「遭難していたみたいですよ」
「ああ、そうでした! 〈眠りの火山〉の調査をしようと思って来たんですけど、登山口がわからず迷ってしまったんでした」
「そうでしたか……」
登山口は司教たちがいたけれど、もう奥へ進んだので顔を合わせることもないだろうと思い、場所を教えてあげた。
「ありがとうございます! 助かりました」
「いえいえ、どういたしまして」
「気をつけてくださいにゃ」
私とタルトがマルイルを見送ると、私の体が淡く光った。
「! それは次の職になる祝福の光ですにゃ!」
「今のが最後のクエストだったからね」
私の眼前にクエストウィンドウが現れ、マルイルの名前のところにも済のマークが入る。そして私は〈ヒーラー〉へと転職した。
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