第74話 転職クエスト

 朝になるのを待って、私は〈転移ゲート〉を使って〈牧場の村〉へやってきた。久しぶりに一人で行動しているので、なんだか不思議な感じだ。


 ケントとココアは、転職のため私の祖国〈ファーブルム王国〉へ旅立っていった。ケントの転職後、ココアの転職のため〈森の村リーフ〉へ行く予定だ。

 タルト、ティティア、リロイ、ブリッツ、ミモザは、〈氷の街スノウティア〉へ向かっている。こっちはゲートの登録を行うための移動だ。ちなみにタルトには、スノウティアで素材の買い取りなどいろいろ行ってもらって、たくさん〈製薬〉をお願いしておいた。これから回復薬をたっっっっっくさん使うことになるだろうからね。



 この村は畜産を行っていることもあり、朝が早い。住民の多くはすでに働き始めているようで、活気のある声が響いている。


「えーっと、ケントに聞いた感じだと……朝は牛の世話をしてることが多いんだっけ?」


 私はクエストの一人目、ケントの母親のモリーを捜して村の中をうろついてみる。すると、牛の乳しぼりをしているモリーを発見した。

 足を少し痛めてるっていうのに、めちゃくちゃ働いてるぅ……!


 仕事の邪魔はあまりしたくはないけれど、治してあげた方がモリーも楽になるし、仕事もはかどるよね。ということで、声をかけた。


「おはようございます、モリーさん!」

「ん? シャロンじゃないかい!」


 モリーは私のことを覚えていてくれたみたいで、「元気そうでよかったよ!」と笑顔を見せてくれた。


「今、ケントとココアとパーティを組んでくれてるらしいね。こないだやっと久しぶりに帰って来たから、話を聞いたんだよ」

「ケントたち、すっかり一人前の冒険者ですよ。頼りにさせてもらってます」

「そうかい? そう言ってもらうえると嬉しいねぇ。馬鹿な息子だけど、よろしく頼むよ」


 こないだケントたちが里帰りしたことがよっぽど嬉しかったらしく、モリーのマシンガントークは止まらない。


「ちゃんとご飯を食べてるか心配してたんだけど、家にいたときよりちゃんと食べてるみたいなんだよ。体を作るためには、食い物が大事! って言ってね」

「確かに、ケントよく食べてますね」


 身体を大きくするために肉を食べる! とたくさん食べていたのを思い出す。肉にはたんぱく質がたっぷりなので、鍛錬したり狩りに行った日はたくさん食べるのが好ましい。

 ……私もせめて筋トレくらいはしようかな?


 ご飯の話に脱線してしまったが、私がすべきはモリーの捻挫の治療だ。


「そういえば、モリーさんは体の調子はどうですか? 足を痛めてたみたいだって、ケントが心配してましたよ」

「やだよ、あの子ったらそんなこと言ってたのかい。別に大した怪我じゃないんだけどね……」


 そう言うと、モリーは右足首を触って、「ちょっと捻っちゃったんだよ」と苦笑した。


「別に普通に歩けるし、しばらくすれば治るから問題ないよ」

「でも、痛いことは痛いんですよね? 私は〈癒し手〉ですから……回復魔法を使ってもいいですか?」

「そういや、シャロンは〈癒し手〉だったね。でも、いいのかい? マナは大事だろう?」

「大丈夫ですよ」


 心配そうにするモリーに、私は微笑む。この世界では、目には見えないけれど、スキルを使う際に自身のマナを消費する。そのため、〈癒し手〉たちに回復魔法をかけてもらうときは、それなりの金額が発生するのがほとんどだ。軽い怪我の場合は、自然治癒に任せることも少なくはない。


「いきますね……〈ヒール〉」

「ああ、痛みがなくなったよ。ありがとう、シャロン」

「いえいえ」


 モリーがお礼を言った瞬間、クエストウィンドウが立ち上がり、モリーの名前のところに済のマークがついた。

 これで残りは〈聖都ツィレ〉ピコと〈雪原〉マルイルの二人だね。


「……っと、そろそろ行きますね。今度はケントたちと一緒に遊びにきます!」

「ああ、ちょっと待ちな。お礼になるかわからないけど、うちで作ったチーズと牛乳を持っておいきよ」

「いいんですか!? ぜひ!!」


 農場で作ってるチーズと牛乳なんて、最高に美味しいに決まっている……! 間違いないやつだよ……!


 私が食い気味に返事をすると、モリーは目を瞬かせたあと大きく笑って「嬉しいねぇ!」と言ってたくさんのチーズと牛乳をくれた。




 ゲートを使ってツィレに戻ると、私は少しだけ街中で買い物をした。そしてお昼過ぎの時間になるのを待ち、中央広場へ向かった。

 ……クエストのピコは、お昼過ぎに出てくるキャラなんだよね。


 しばらくすると、数人の子供たちが走って広場へやってきた。その中の一人――ツインテールの女の子がピコだ。

 子供たちは何やら走りまわって遊んでいるようで、大変元気いっぱいのご様子。私にもあんな時代があったな~~~~なんて思わず懐かしくなってしまう。


 うっかり見守り態勢に入っていたら、ピコがおでこから豪快に転んでしまった。あれは痛い! 私は慌ててピコに駆け寄った。


「うわああああぁぁぁんっ」

「大丈夫!? 〈ヒール〉!」


 私がスキルを使うと、ピコの怪我はすぐに癒え、涙も止まった。よかった。ゲームだとあっさり「怪我しちゃった」というだけのシーンでも、現実になると大変心臓に悪うございます。

 ピコは自分のおでこを触って怪我がないことを確認すると、ぱああっと笑顔になった。


「お姉ちゃん、ありがとう!」

「どういたしまして。気をつけて走ってね」

「うん!」


 一緒にいたピコも友達も「姉ちゃんありがとー!」と言って、またみんなで駆けて行った。うん。子供は元気が一番だ。



 ピコたちを見送った私は、さて次はどうするかなと考える。残りは、〈雪原〉にいるマルイルという人だ。

 この〈雪原〉というのは、スノウティアの近くとその西――つまり現在地から北西と北東にある。これだと広すぎて見つけるのは至難の業だが、マルイルの出現ポイントというものが実はある。


「とりあえず、スノウティアから行ってみようかな……?」


 私はゲートを通り、スノウティアへ移動した。




 マルイルという人物は、研究者だ。この世界のことを研究していて、各地を旅しているという設定だった。


「だからマルイルがいる場所は、歴史的建造物とか、変わった気候とか、そういうところが多いんだよね」


 私がまず向かったのは、スノウティアから出て南東の雪原だ。ここは東に進むとオーロラの丘という場所があり、観光スポットにもなっている。ただモンスターはそこそこ強いので、それなりの腕か、護衛が必要だ。

 マルイルはオーロラを見に行きたかったのか、この雪原にいるときはオーロラの丘へ行くちょっと手前で行き倒れている。


 とりあえず、行ってみよう。




 馬を借りて街道を走り雪原フィールドに入ると、すぐのところにワンコ処があった。ここは馬ではなく、騎乗可能な大型の犬をレンタルしてくれるお店だ。ちなみに今まで乗ってきた馬の一時預かりもしてくれる。


「いらっしゃい!」

「一匹お願いします!」

「はいよ。コタロー、おいで」


 ワンコ処のお兄さんが呼ぶと、首に唐草模様の風呂敷を巻いた犬がやってきた。

 見た目は秋田犬に似ていて、白と茶色の毛並みで、つぶらな瞳の可愛い子。ちなみに大きさは二メートルほどあるので、二人くらいなら乗ることができる。背中には鞍と鐙がついているので、初心者でも乗りやすい。


『わふーん』

「よしよし、可愛いぞ~! 丘の近くまで行って引き返してきたいんだ。少しの間だけど、よろしくね」


 私がコタローを撫でながら告げると、お任せあれ! という感じに頷いてくれた。ある程度は人間の言葉がわかるみたいだ。




「ひゃ~~っ、早い!」

『ワンッ』


 太陽の光がキラキラと反射する雪原の中を、コタローは思いっきり駆けていく。私は前傾姿勢になりながらも、周囲を観察する。

 雪原には道はないけれど、ある程度人の行き来があるからか雪の中にわずかに道ができていて面白い。

 息を吐くと白い息が出るが、寒さで睫毛が凍った。――雪国、恐るべし!


 それから三十分ほど走ると、マルイルスポットに到着したけれど――残念ながら不発。


「ちゃー、そうとんとん拍子にはいかないか」


 運がよければマルイルが行き倒れていただろう場所の近くを見つめ、私はさらにその先を見つめる。

 大岩があり、その先が〈オーロラの丘〉なのだ。

 ……この先は強いモンスターがいる丘。〈癒し手〉の私じゃ倒すことはできないけど……ちょっと覗くくらいなら、別にいいんじゃない?

 そう思った私は、自身に〈身体強化〉と〈女神の守護〉をかける。一瞬だけオーロラを見てすぐに戻ってくれば――イケル!


「コタロー、一瞬で戻ってくるからちょっと待っててね」

『わう』



 コタローが元気に頷いてくれたので、私は意を決して大石の向こう側に足を踏み入れた。そして眼前の上空に広がる神秘的なオーロラ――。


「うわ、すご……っ」


 今は昼間だけれど、濃い色のオーロラが幾重にも重なっていて、幻想的なドレスのようだ。

 私は感動で思わず息をするのも忘れてしまったけれど、ガッと衝撃が走ってハッとする。バリアに何かが弾かれた音だ。見ると、〈雪の狩人〉が私を弓で狙っていた。このままだと、さらに攻撃がくる。


「逃げるが勝ちっ!」


 私は急いでコタローの待つ雪原へ戻った。

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