第8話 転職の祈り

 この世界では、生まれ持った適性――職業ジョブを変更することはできない。そう言われていたが、実は転職の方法はちゃんと存在する。


「よーし、いざ転職!」


 ルミナスおばあちゃんに〈冒険の腕輪〉を作ってもらった翌日、私は転職をする場所に向かっていた。

 それぞれの職業ジョブ毎に、転職できる場所が違う。私が志望している〈癒し手〉は、ちょうどこの街にある――〈大聖堂〉で転職することができる。




 宿から歩いて二〇分、私は〈大聖堂〉に到着した。

 街の中央に近い場所にあり、落ち着いたアイボリーに似た色合いの建物だ。窓はクリスタルでできており、高い位置にあるので中を覗くことは難しい。入り口の前には案内の神官が立っているけれど、特に声をかけて入る人はいないので挨拶なども必要ないようだ。


 ここは〈癒し手〉系列の職業ジョブクエストを受けたり、専用のアイテムなどを購入することができる。なので、今後も来る機会は多いと思う。

 ひとまず今は、転職だ。私は入り口の神官に簡単に会釈をし、中へ入った。


「わ、天井が高い……!」


 思わず声に出してしまった。周囲から微笑ましい笑い声が聞こえて、思わず手で顔を隠す。でも、ゲームではここまで見事ではなかったのだから……仕方がない。美しいものには素直に感動するのが一番だ。

 ――さて、転職場所はどこかな……っと。


「――っ!?」


 私がるんるん気分で歩き出すと、何やら突き刺さるような視線を感じた。見ると、法衣を着ている男性がこちらに視線を向けている。


「……?」


 シャーロットとして生きた今世も、豊里美月とよさとみつきとして生きてきた前世も、この人を知らない。とはいえ、私もゲームキャラすべてを覚えているわけではないけれど……。

 ――ローブの金色の刺繍と、高位の装飾品?

 どうやら相手は、ここで地位のある人物のようだ。そんな人が、なぜ冒険者の格好をした私を見ているのだろう? ……あ。もしかしたら、聖職者系の装備ではないからかもしれない。

 こういうときは、用事をすませてそそくさと退散するに限る。


「〈大聖堂〉へは、どういったご用件でしょう?」

「え……」


 急ぎ足で行こうとしたら、声をかけられてしまった。まさか話しかけられるとは思っていなかったので、私は内心で焦る。

 実は――私の職業ジョブ闇の魔法師ダークメイジ〉は〈大聖堂〉と相性が悪い。というのも、〈大聖堂〉が祭っているのは光の女神フローディアだからだ。闇は闇の女神ルルイエを祭っている〈修道院〉がある。


 この二つ、仲が悪いんだよねぇ……。

 一説によると、女神同士の仲が悪いとも言われているが、その事実は私にはわからない。ゲームのシナリオがあったけれど、さわりの部分しか実装していなかった。


 とはいえ、別に相手は私の職業ジョブを知らないので問題はないだろう。私はゆっくり呼吸を整えて、笑顔を向ける。


「お祈りをしに来ました」

「それはよい心がけですね。ご案内しましょう」

「――!」


 突然の申し出に、内心驚いた。

 だってまさか、高位の神官が案内係のようなことをするとは思えないからだ。しかも、私を睨んでいたし。


 ……もしかして、〈闇の魔法師ダークメイジ〉だってばれている? いやいや、そんなまさか。あるはずない……と、思いたい。


「ありがとうございます」


 仕方がなく、私は笑顔で頷いた。




「ここが〈祈りの間〉です」

「ご案内いただき、ありがとうございました」

「いえいえ。有意義な時間を過ごせますよう……」


 私は神官にお礼を言うと、逃げるように女神フローディアの銅像の前へやってきた。案内をされている間に何か話しかけられるのかと思ったけれど、そんなことはなかったのでほっとした。


 私は〈祈りの間〉に足を踏み入れた。

 廊下よりもずっと高い天井は、クリスタルの天窓になっている。まるで祝福が降り注ぐような光が辺りを照らし、とても神秘的だ。部屋の中には祈りのための長椅子があり、奥にはパイプオルガンがある。そして前方中央に、女神フローディアの像がある。


 転職方法は職業ジョブによって異なるが、前提条件として〈冒険の腕輪〉をつけている必要がある。そのため、私はまっさきに腕輪を作ったのだ。

 また、転職するとレベルが1になってしまう。獲得していたスキルポイントもなくなってしまうので、また一からレベル上げなどを頑張らなければならない。

 ――私は元々レベル上げをしていなかったから、転職してもいたくもかゆくもないんだよね。

 なので心置きなく転職できるし、楽しい〈癒し手〉ライフを送りたいと思っている。


 〈癒し手〉への転職は、『〈エレンツィ神聖国〉の〈大聖堂〉にある女神フローディアの像へ祈りを捧げる』というものだ。


 私は〈祈りの間〉を見回して、なんともいえない気分になった。

 ……たくさんの人が、祈ってるんだよね。

 〈大聖堂〉なので仕方がないのだが、この中で祈るのは、ちょっと恥ずかしい。というのも、この転職……椅子に座って祈るのではなく、像の目の前で膝をついて祈る必要があるのだ。

 ゲームのときはまったく気にならなかったけれど、現実となるとそれなんて羞恥プレイ? 状態だ。


 夜にこっそり……ということができたらいいのだけれど、〈祈りの間〉が解放されているのは日中のみなので、人がいる時間に祈るしかない。仮に夜中に忍び込んだとしても、見つかって〈大聖堂〉を敵に回す方が何倍もリスクが高いのだ。


「今だけ恥ずかしいのを耐えればいい……」


 ――私は心を無にすることにした。

 深呼吸をして、ゆっくりとフローディアの像の前まで行き跪く。数人が私を視線で追ったけれど、すぐに目を閉じて自分の祈りに集中したようだった。〈祈りの間〉にいる神官にも何も言われなかったので、もしかしたら直接祈りたい人は時折現れるのかもしれない。


 そう考えると、気持ちがちょっと楽になった。


「癒しを司る光の女神フローディアよ。我は貴女の眷属となることをここに願い、世界のために祈りを捧げる」


 私が転職の祈りの言葉を告げると、突然フローディア像が光り出して――周囲の人がざわめいた。

 ――え? これは……もしかしてもしかしなくても、ちょっとやばいのでは。


 目の前にある女神フローディアの像がキラキラと輝くのを見ながら、私はゲームのときのことを思い出す。あのときは特に気にもしていなかったけれど、確かにこんな演出があった。

 ――すっかり忘れてた。

 ざわざわする声は大きくなるし、神官の戸惑うような声も耳に届く。今すぐ逃げ出したいけれど、残念ながら転職はまだ終わっていない。私は早く終われと祈りながら、跪いて祈るポーズを続ける。


 そして私の脳内に直接話しかけてくる、声――。


『わたくしの眷属になりたいと望む者よ、その清らかな心の願いを聞き入れましょう』


 透き通るような優しい声に、私の体は無意識の内に震える。もしかしたら歓喜かもしれないし、女神という存在への畏怖かもしれない。

 ただわかることは、やはりゲームのときと同様――転職が可能だったということだ。


『本来であれば、わたくしの眷属になるための貢ぎ物が必要ですが……〈冒険の腕輪〉を持っているので、今回は不問としましょう』


 ゲームの転職のときと同じ声が聞こえて、私は安堵してひとつ頷く。そして無意識のうちに、心の中でお礼を告げる。ありがとうございます――と。


『どういたしまして』

「――っ!?」


 心の中で返事をしたら、なんと女神フローディアからも返事があった。

 現実になったとはいえ……実際に意思疎通ができることに驚いてしまった。もっとこう、一方的なやりとりというか、そういう演出だと思ってしまっていた。


『それでは、あなたにわたくしの祝福を。どうぞ世界を癒しへ導いてくださいね』

 ――はい。


 私が返事をすると、祝福の星の光が降り注いだ。それから一〇秒ほど私の体が輝き、その光は消えた。


 これで転職は終了。

 私は〈冒険の腕輪〉を使って自分の〈ステータス〉を確認する。



 シャロン(シャーロット・ココリアラ)

 レベル:1

 職業:癒し手


 称号

 New 女神フローディアの祝福:

 回復魔法の効果が+10%になる

 回復魔法の消費SPが半分になる

 婚約破棄をされた女:

 性別が『男』の相手からの攻撃耐性5%



 きちんと〈癒し手〉に転職できたことを確認し、ほっと息をつく。ここからは自分の好きな支援職業ジョブになれたので、本領発揮だ。まずはレベルを上げて、スキルを覚えなければいけない。やることがたくさんある。


 帰るために立ち上がって振り返ると、〈祈りの間〉にいた全員の視線が私に向けられていた。その中には、最初に睨みつけてきた神官の姿もある。私は隠れるように、フードを深くかぶった。

 しんと静まり返っていた〈祈りの間〉だったけれど、すぐに小さな話し声が私の耳へ届く。


「今のは……何? 奇跡?」

「女神フローディア様の像が光ったわ。もしかして、何かお告げが……?」

「あの子はいったい何者なの? もしかして、伝説の英雄職業ジョブ……アークビショップ様?」

「私はすごいところに立ち会ってしまったわ……!」


 全員が口々に何やらすごいことを言っている。その目はキラキラ輝いていて、女神を崇めるかのように私を見ているけれど……私はただ〈癒し手〉になっただけで、何もすごいことはしていないし、レベルだって1になったばかりだ。


 ――まさかこんなに注目されるなんて。


 どうしよう、どうする? だけどここで立ち止まっていたら、きっと根掘り葉掘り聞かれてしまうだろう。

 この世界で一般的とされていない転職の話をするわけにもいかない。転職自体がいけないというわけではなく、何も考えずに話し、混乱を招くようなことは避けたいだけだ。


 つまり――ここは、逃げの一択。

 私は「あはははは」と笑いながら、人々の間をすり抜けて、どうにか〈大聖堂〉を後にした。〈猫のローブ〉で素早さを上げててよかったぁ!

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