第7話 冒険の腕輪

 やったやった、クエストの材料が集まった~! 私はるんるん気分で街を歩く。目的地は、門に近い街の端の方にある赤い屋根のこぢんまりした一軒家だ。

 今から私が受けるチュートリアルクエストは〈冒険の始まり〉というクエストなのだけれど、二キャラ目以降を作る人でも、このクエストだけは必ず受けるのだ。その理由は、報酬として〈冒険の腕輪〉をもらえるからだ。ちなみに、各国の首都で受けることができる。


 私はさっそくドアをノックした。すると、すぐにドアが開いてこの家の住人が顔を出した。ちょっと目つきが悪いけれど、ゲームでは初心者に優しいチュートリアルクエストのキャラクターで、茶色の髪を後ろでお団子にしている六〇歳くらいのおばあちゃんだ。


「おや、私に用事かい? 珍しいこともあったもんだ」

「こんにちは。〈冒険の腕輪〉がほしいのですが、作ってもらえますか?」

「へぇ……よく知っているね、〈冒険の腕輪〉なんて。今じゃもう、誰も知らないかと思っていたよ」


 突然訪問した私に険しい視線を向けるも、理由を話すとおばあちゃんは「どうぞ」と私を招き入れてくれ、お茶を出してくれた。


 家の中は落ち着いた雰囲気だった。窓にはレースと深緑のカーテンが使われ、足元のカーペットは暖色系でまとめられている。椅子が四脚のテーブルと、壁際には本棚があり、奥にはキッチンや寝室などはあるようだ。

 ゲームでは勝手に部屋の中を歩くプレイヤーもいたけれど、今そんなことをしたら兵に突き出されるだろうな……なんてことを考えてしまう。ただ、『リアズ』のNPCは高性能AIだったので、本当に人と話していると思ってしまうこともしばしばあった。

 ――ちょっと懐かしいな。


「私はルミナス、あんた名は?」

「シャロンです」


 シャロンは、私が考えておいた偽名だ。

 道中、私はシャーロットと名乗ろうとしてハッとした。つい先日の婚約破棄騒動を起こした公爵家の名前は、もしかしたら知っている人がいるかもしれないし、のちのち厄介ごとに巻き込まれたり、変に追手が来たら大変だ。なので、本名のシャーロットではなくちょっと似た響きでシャロンと名乗ることにした。

 ――まあ、本当に追手がきたら……そこらへんは実家がなんとかしてくれそうだとは思う。

 ちなみに実家には、落ち着いたらちゃんと連絡を取る予定だ。ただ、両親も事情は知っているので、そこまで心配はしていないだろう。むしろ、両親が国に何かしないかどうかのほうが心配だ。


 ルミナスおばあちゃんは、目を細めて私を見た。


「冒険者かい?」

「……いえ。でも、腕輪を作っていただけたら冒険者になる予定です」

「なるほどね。まあ、腕輪がほしいなら私は駄目とは言わないさ。ただ、〈冒険の腕輪〉を作るには条件があるんだよ」


 かなり大変なんだよと、ルミナスおばあちゃんがプレッシャーをかけてくる。でもこれは、クエスト開始時の台詞で、内容は初心者プレイヤーにもそこまで大変ではない。……私はもうアイテム集め、してきちゃったしね。

 心の中でてへぺろと舌を出して、私は鞄からアイテムを取り出して机の上に置いた。〈ぷるぷるゼリー〉五個、〈ウサギの花〉三個、〈白花の薬草〉一〇束だ。


「はい、用意してきました!」


 ドヤ顔で告げると、ルミナスおばあちゃんは驚いて目を見開いた。


「なっ、まだ何も言ってないのに……って、私が頼もうと思っていたものが全部あるじゃないか……」

「これで作れますか?」

「まったく、とんでもない嬢ちゃんだよ。これだけあれば十分だから、少しお待ちよ」

「ありがとうございます!」


 ルミナスさんは〈ぷるぷるゼリー〉を手に取ると、「好きなんだよ」と言って食べはじめた。そう、これは材料ではなくおやつなのだ。




 それから小一時間ほど。私がルミナスおばあちゃんに本を借りて待っていると、「できたよ!」という弾む声が聞こえた。


「これが〈冒険の腕輪〉だよ」

「わああぁっ、ありがとうございます!」


 テーブルの上に置かれた〈冒険の腕輪〉は、細身で、外側に細やかな模様が掘られている。ゲームとまったく同じそれを見て、私は懐かしくなる。ゲームでは、プレイヤー全員がこの腕輪をつけていたのだから。

 私がぶかぶかの腕輪を手にはめると、シュンッと音を立ててピッタリのサイズに調整された。この世界の装備は、『リアズ』にあるものはこうしてサイズ調整機能がついている。


 なんなく腕輪をつけた私を見て、ルミナスおばあちゃんが「おや」と目を瞬かせた。


「お前さん、使い方を知っているのかい?」

「はい! ありがとうございます、ルミナスおばあちゃん!」

「そうかい。そんなに喜んでもらえると、作った甲斐があるってもんだねぇ」


 私が目をキラキラさせていたからか、ルミナスおばあちゃんが嬉しそうに笑った。


「それをつけて、冒険者として存分に活躍しておくれ。シャロンの名声が届くのを、楽しみにしているよ」

「はいっ! 突然だったにもかかわらず、ありがとうございました」

「いつでも遊びにおいで」


 別れの挨拶をして、私はルミナおばあちゃんの家をお暇した。


 私は歩きながら腕輪に視線を落とす。この〈冒険の腕輪〉は、プレイヤーにとって必須アイテムだ。

 チュートリアルクエストなんて必要なくても、〈冒険の腕輪〉は絶対に必要なのでこのクエストを受ける、というのはプレイヤーには常識だ。

 〈冒険の腕輪〉は――システムメニューを使うことができる。

 システムメニューでは、自分の〈ステータス〉、〈スキル〉、〈鞄〉〈地図マップ〉、〈フレンド〉、〈ギルド〉、〈手紙〉などが使える。それから〈簡易倉庫〉もあったけど……さすがにゲームじゃないので使えないかもしれないけれど、どうだろう?

 とりあえず物は試しだと、私は〈冒険の腕輪〉を使ってシステムメニューを使う。項目を発音すれば機能を使うことができる。


「えーっと、〈ステータス〉!」



 シャロン(シャーロット・ココリアラ)

 レベル:3

 職業:闇の魔法師


 称号

 婚約破棄をされた女:

 性別が『男』の相手からの攻撃耐性5%



 ――なんか変な称号がついてるんですけど!?

 現れたステータスを見て、私は目を見開いた。こんな称号はいらん! と投げ捨ててしまいたい。しまいたいのだが……まさかの『男』相手からの耐性5%。モンスターに性別があるかは不明だけれど、耐性5%というのはかなり大きな数字だ。私はため息をつくのをやめて、喜ぶことにした。


 左腕にはまった〈冒険の腕輪〉を誇らしく思いながら、私は次の目的地へ向けて走り出した。

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