第5話 馬車に揺られて敵国へ
朝早く起きた私は朝食をとって、武器屋に寄って安い〈
そして馬車に飛び乗った私は、壮大な景色に圧倒されていた。
若草と花が敷き詰められた草原を見てすぐ、寝転びたい! という衝動に駆られてしまった。だって、こんなにも若葉のいい匂いをかいだのは初めてで、さらに地平線が見える。私の胸は、感動でいっぱいだ。今までは写真集などで世界の景色を見ていただけだけれど、それを自分の目で見られる。これほど嬉しいことはない。
――ああ、婚約破棄してくれてありがとうイグナシア殿下!
辻馬車は大きな一頭の馬が引いていて、私のほかには数人のお客さんが乗っている。硬い木の椅子で乗るスペースは横並びで三人座れて、三列という規模だ。あまり大きくはないが、長距離の移動ということもあり、街中の辻馬車よりは利用者が少ないようだ。ホロがドーム状になっているので、小雨程度であれば問題ないだろう。
街道は草原の中に道が作られていて、ときおり小さなモンスターが顔を覗かせこちらを見る。けれど、弱いため襲ってくることはない。
今から向かう〈エレンツィ神聖国〉へは、私がいた〈ファーブルム王国〉の〈首都ブルーム〉から街道を進めば着くことができる。ゲームのフィールドマップでいうと、四つ隣だ。その後、さらに五つフィールドを移動すると〈聖都ツィレ〉に到着する。
ゲームではそんなに時間はかからなかったし、主要都市では転移装置があったので一瞬で移動できたけれど、今回は途中で旅宿と村があるので二泊する予定だ。
〈エレンツィ神聖国〉は支援職に手厚い国である。
というのも、基本
さらに支援職に必要な装備やアイテム類なども豊富で、村も合わせた六つの街のどこでも手に入る。そのため自然と支援職はこの国を拠点に動いている人が多い。かくいう私も拠点としてよく使っていた。
そしてゲーム時代はあまり気にしていなかったけれど、実は〈ファーブルム王国〉は〈エレンツィ神聖国〉を敵視している。
――つまり、敵国なのだ。
敵対理由は、ゲームサブシナリオがあったと思うのだけれど……そこまで詳細に覚えてはいない。現実となったこちらで学んだ理由には、〈エレンツィ神聖国〉が支援職を独占しているので、その開放――だっただろうか。
おそらく自分より領土の狭い〈エレンツィ神聖国〉が支援職を囲い込んでいるのが面白くないのだろうが、別に囲い込んでいるわけではない。理由は支援職に便利だから、それだけだ。
逆を言えば、〈ファーブルム王国〉は支援職にまったく優しくない国なのだ。
なんの職業に特化しているのかというと、騎士だ。回復アイテムや重鎧などは品揃えがよく、お世話になっているプレイヤーも多かっただろう。
「でも……今はゲームではなく、リアル。システムの縛りもないのだから、国の努力でそれらは変えられるはずなのに」
現に、道中でちょっと聞き込みをしたところ……ゲーム時代とは違うことをしている国もあった。その国は様々な職業の人が出入りをし、賑わっているのだという。
「……一緒に気づいて、変えられたらよかったのに」
けれどそれはもう、無理だった。
私は気分を変えるように、大きく空気を吸い込んだ。そしてホロ屋根の隙間から見える空の青に、うっとり目を細める。
ゲームのときも十分すごいと思ったけれど、現実となったこの世界は圧巻だ。実時間の一時間がゲーム内の一日だったため、時間の移り変わりがとてもゆっくり感じられる。もう一度空気を吸い込んだ。
――気持ちいい。
***
「わああぁっ」
支援職の国、〈エレンツィ神聖国〉に到着した私は恥ずかしげもなく感嘆の声をあげてしまった。しかし仕方がない。ゲーム時代に私が拠点として使っていた街で、とても懐かしさを感じるし……何より美しかったのだ。
ここ、〈聖都ツィレ〉は街の中心にクリスタルで作られた大聖堂だ。
太陽に光りと、大聖堂の目の前にある聖樹の根元からわいた泉の水が反射し、キラキラと何色にも輝いて見える。聖樹の湧き水は枯れることはなく、水路を使い町全体に流れていく。
とても澄んだ水はスキルを使うと聖水になるので、聖樹の湧き水をプレイヤーが汲む光景が日常茶飯事だった。
街は全体的に淡い水色の色調が多く使われていて、落ち着く雰囲気になっている。聖なる都と呼ばれているが、一部では水の国と呼ぶ人もいるほどだ。
私は街の景色を堪能すると、むふーと息をつく。本当ならばもう少し堪能して観光をしたいところだけれど、しなければならないことがたくさんある。
「まずは拠点の宿をとらないと」
家から持ってきたお金に加え、道中で立ち寄った村で宝石を換金したので、しばらく過ごすくらいの金銭はある。懐は温かい。
けれど、今後は入用なものが増えるのですぐにでも仕事――冒険者登録をしなければならない。
「やることがいっぱいあるから、忙しくなるわね」
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