第4話 追放前のお買い物

 国外追放を言い渡された私は、晴れやかな気持ちで家を後にした。空を見上げると満天の星空があり、ゲームシナリオからの解放を祝福してくれているかのようだ。街の景色も、実際に感じられるのはとても嬉しいし、しばらく眺めていたいくらいだ。

「でも、すぐ街を出たくても、こんな時間じゃ馬車もないか」

 辻馬車を使って国を出ようと思っているが、さすがに明日にならなければ無理だ。お金は持ってきたので宿に泊まることはできるけれど、この服装ではちょっと目立つし、もしイグナシア殿下が私を捜していたら見つかりやすい。


 ――さて、どうしようか。

 街の通りは酒を飲んだ酔っ払いがふらふら歩くような時間に差しかかっていて、そろそろ女一人で歩いてるのはちょっと微妙だ。一応ゲームスキルは使えるけれど、レベルが弱くて装備もない私ではゴロツキにも勝てないだろう。

 困ったな~と思いながら歩いていたら、一軒の防具店が冒険者を見送っているところが目に入った。すぐ看板に手をかけたので、もう閉店なのだろう。


「おじさん、ちょっと待って!」


 私は防具店まで急いで走って、「買い物がしたいの!」と頼み込む。ここを逃したら、きっと明日になるまで買い物はできないだろう。

 普通の洋裁店ではなく防具店なのは、私が冒険者になるつもりだからだ。この世界を巡って、私はいろいろな景色を見て、空気を肌で感じて、冒険をしたいと思っている。

 ――考えただけで、ワクワクが止まらない。


「お嬢さんのような人が買い物かい? もうとっくに店じまいの時間を過ぎているんだが……まあ、少しならいいだろう」

「ありがとうございます!」


 どうやら先ほど出ていった冒険者はよほどのお得意様だったようだ。私はほっと胸を撫でおろして、私は防具店に入る。

 防具店は冒険者の装備を扱う店で、前衛職の皮鎧や鉄鎧プレートメイル、後衛職のローブなどが多く並んでいる。カウンターの近くには、ブローチ、指輪といった装飾品もあるようだ。


 私はウキウキした足取りで店内を見ていく。本当なら隅から隅まで見たいところだけれど、店じまいするところだったので長居をすることはできない。私は急いで目的の装備――ローブのコーナーにやってきた。


 ――ゲームと同じ装備は置いてるのかな?


 私が気になるのは、今の現実世界と、ゲーム世界の違いだ。

 先ほどの夜会のあれやこれやは、間違いなく乙女ゲーム『リアズラブ』のものだった。

 乙女ゲーム『リアズラブ』は、世界で一番人気のVRオープンワールドMMO『リアズライフオンライン』――通称『リアズ』のスピンオフ乙女ゲームだ。


 このゲームの注目ポイントは、システムこそ多少の違いはあれど、世界観などはすべて同じということ。『リアズラブ』ではゲームシステムの問題でできなかったことも、現実世界となった『リアズ』の世界ではなんでもできるのではないか? ということだ。


 たとえばそう――転職システムなんかもそのうちの一つだ。

 『リアズラブ』では職業ジョブが固定だけれど、『リアライズ』では転職ができる。もちろん職業ジョブによって転職条件は異なるが、それほど難しいことではない。


 私の脳裏に、イグナシア殿下の言葉が蘇る。


「〈闇の魔法師ダークメイジ〉ならせめて世界平和を願ってろ? それなら私は、支援職――〈アークビショップ〉になってやるわよ」


 イグナシア殿下への当てつけのようではあるけれど、元々『リアズ』では支援職をしていた。なので別に当てつけでもなんでもなく、単に支援が好きなだけだ。

 しかし正直に言えば支援職になってドヤァとしたい気持ちも大いにある。いや、いつの日か「イグナシア殿下の職業ジョブは未だに騎士でしたっけ……」と笑顔で言ってやろう。

 さらに転職するには隣国に行かなければいけないのだが、そこは〈ファーブルム王国〉と敵対している〈エレンツィ神聖国〉なので、きっと悔しがってくれるはずだ。


「……っと、ローブを選ぶんだった」


 私は思考を中断して、ローブを手に取る。

 ゲームで見たことのある〈皮のローブ〉に〈ウサギ花のポンチョ〉などの装備品と、覚えのない装備品の二種類がある。ただ、見比べると性能はゲームに元々あった装備の方が上だ。


「初心者御用達のあのローブもあるといいんだけど、あるかな――あった!」


 目当てのローブを見つけて、私は目を輝かせる。

 黒を基調としたポンチョタイプで、装飾として鈴が二つ。胸元には肉球がデザインされている可愛らしい猫耳フードのついたローブだ。名前は〈猫のローブ〉で、素早さがアップするので弱いモンスターの攻撃を避けたり、物理攻撃の速度が上がる優れもの。

 ……ただ、現実世界で着るのは少し恥ずかしいけれど。


「決まったのかい?」


 私が〈猫のローブ〉を手にしていると、店主のおじさんがやってきた。そして不思議そうに私を見る。


「……そのローブを選んだ人は、お嬢ちゃんが初めてだ。いったいなんの職業ジョブなんだ?」

「私の職業ジョブは――〈癒し手〉です!」


 予定だけれど。

 近々本当に転職するのだからいいだろうと告げると、おじさんは目を大きく開いて驚いた。


「〈癒し手〉が装備するローブじゃないぞ?」


 ローブの中には、回復スキルに補正効果がつくものなどもある。そのため、おじさんはそちらの方がいいと判断して気にかけてくれたようだ。

 別のものにしておいた方がいいと、おじさんがほかのローブを選ぼうとしてくれる。けれど私はそれを止めて、「これがいいんです」と笑う。


「今はまだレベルが低いので、スキルの補正効果より素早さを優先したいんです。〈癒し手〉としての装備は、レベルが上がったら買います」

「なるほど……確かに〈猫のローブ〉なら素早さに加えてジャンプ力も上がるし、モンスターの攻撃を避けるならありかもしれないな」


 おじさんは、装備にそういう選び方もあったのか……と、感心しているようだ。最初は可愛いだけの外見装備という扱いだったけれど、誰かが低レベルキャラの育成に〈猫のローブ〉を使い始めたらその有用性が一気に広がった。

 ……いかつい男キャラが使うには、ちょっと外見が可愛すぎてしまうけれど。


「このまま着ていってもいいですか? あと、インナー類もあれば一緒にお願いしたいです。明日、すぐにでも街を発たなきゃいけないので」

「数は多くないが、少しならある」


 おじさんが奥の棚を指さして、「あそこだ」と教えてくれた。

 棚の中には落ち着いた色合いのインナーが数着かあったので、私はそれを手に取る。薄手のインナーと、〈猫のローブ〉の下に着るのにちょうどいい厚手のオフホワイトのワンピースがあったので、それにした。


 更衣室で着替えると、清楚な容姿も相まってとても可愛らしい仕上がりになった。……猫耳は街中を歩くのがちょっと恥ずかしいけれど性能がいいので、これから冒険者としてやっていかなければいけないので、我慢するしかない。うう、照れる。


「おお、似合ってるな」

「ありがとうございます。お会計をお願いします」

「全部で三万七〇〇〇リズだ」

「はい」


 内訳は、〈猫耳のローブ〉が三万リズで、インナーとワンピースが合わせて七千リズだそうだ。

 ――値段設定はゲームと同じままなんだ。

 ゲーム時代、〈猫のローブ〉はNPCから買うことができた。モンスターからのドロップや製作装備は性能が高く値段も桁が違うが、誰でもお店で買えるものは比較的お手頃価格だ。


 私は支払いを終えると、防具店を後にした。

 あとは宿屋を探して一泊し、明日の朝一番の辻馬車でこの街を出る。そして目指すは、支援職の拠点とも呼ばれる〈エレンツィ神聖国〉だ。

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