第3話 国外追放準備

 私の家は、王城からほど近いところにある。馬車に乗ったら一〇分もしないうちに屋敷へ着き、門をくぐれば数分で玄関ホールへ行くことができる。


 ――ここからは時間勝負!


 急いで自室へ駆け込んで、お金や売れそうな宝石類を鞄に詰めていく。

 そして一人で着替えるにはちょっと大変なドレスを脱ぎ捨てて、一番地味なワンピースに袖を通す。私の持つ服の中で一番地味なだけで、十分上品だけれど……。


「服は明日以降にどうにかするとして、あと必要なものは……」


 そう呟きながら、私はパールホワイトを基調とし、セピア、オールドローズの色味で整えられた部屋を見る。落ち着いた色合いの室内は、豪華な天蓋のベッドや中世ヨーロッパ風味のテーブルにソファなどがあり、見ているだけでちょっと楽しい。

 ただ、このゲームの設定としてはファンタジーなので、まったく同じものではない。


「っと、時間がないんだった!」


 あとは回復薬ポーション類がいくつかあると安心かもしれない、そう思っていたら部屋の扉が慌ただしく開いて両親がやってきた。


「シャーロット、何かあったのか?」

「今日はイグナシア殿下と一緒ではないの?」


 慌ただしく荷物をまとめているワンピース姿の娘を見て、二人は目を瞬かせた。私がイグナシア殿下と夜会にいると思っているのだから驚いて当然だし、いつもは家まで送ってもらっていたのに今日はそれがない。

 きっと今頃は、エミリアとよろしくしているのだろう。



 父親のテオドール・ココリアラと、母親のアンジェラ・ココリアラ。

 二人ともこの国の為に尽くしている立役者で、私が尊敬する人物でもある。そのため、私とイグナシア殿下の婚約も国のために……と決めてきたのだろう。

 父は私と同じミルクティーに似たホワイトブロンドの髪なのだが、騎士団長をしているためマッチョ――いえ、たくましい体格をしている。身長も一八〇センチメートルあるので、とても大きい。

 母は今でこそ夜会などはあまり参加しないけれど、社交界の華と呼ばれていた美女だ。深いローズレッドの髪はまるで宝石のようだし、プロポーションも抜群で、男だけではなく女でも虜になってしまうだろう。



 私はどうしたものかと一瞬思案したけれど、どうせすぐに夜会でのできごとは二人の耳に入る。


「イグナシア殿下に婚約破棄と国外追放を言い渡されたので、出ていきます」


 ――と、正直に告げた。

 これ以上の事実はないし、私はヒロインのエミリアをいじめていないし、変にほかのことを話さない方がいいと思ったからだ。


 私の話を聞き、すぐ反応したのはお父様だ。


「ほう……? 私の可愛いシャーロットに、そんなことを言ったのか? あの王子は?」


 はっきり怒りを顕わにしたお父様は、手を組んで指をボキボキ慣らしている。はたから見たら、かなり怖いおっちゃんだ。


「まあ、躾けのなっていないお子様だこと」


 お母様は小さくため息をついて、肩をすくめた。

 見る感じお父様より驚いていないので、ある程度はこうなることを予測していたのかもしれない。お母様は、いつの間にかいろいろな情報を持っているから……。


「こうしてはおられん! マシュー、すぐに馬を用意しろ! 今すぐにだ!!」

「あ、お父様……っ!」


 私が呼ぶ声も聞かずに、お父様は執事を呼びながらものすごい勢いで部屋を出ていってしまった。まるで熊の突進のようで、止めるのは無理だ。

 その後を、「仕方のない人ね」と言ってお母様が追いかけていった。きっと王城にいる国王陛下の元へ行ったのだろう。


「…………」


 考えてみた結果、私にできることはない。

 お父様が馬で駆けたら、とてもではないが追いつけない。というか、騎士団長が本気を出して馬に乗ったら、いったい何人の騎士がついていけるだろうか。……たぶん、両の手の指もいらない気がする。


「私も家をでますか」


 なんと言っても、国外追放されてしまいましたから。

 ――とはいえ。国外追放を言い渡されたからといって、私が本当に出ていく必要はないだろう。両親が王城に乗り込んでいってしまったし、どう考えても悪いのはイグナシア殿下だ。


 おそらく、ゲームのシナリオうんぬんは置いておくとして……和解することはできると思う。が、私は仲直りを望まない。

 だって、この王子にはついていけないと思ってしまったから。


 だから私は、シナリオ通りにこの国を出ることにした。

 乙女ゲームはもう、ハッピーエンドのエンドロールが流れていることだろう。


「だけど……エンディング後には、シナリオなんて存在しない」


 つまり私は、好きなことができるのだ。

 今私がしたいことは、冒険。それから、この世界中の景色を見て、堪能すること。VRだけでは再現しきれていなかった大好きなこの世界を――私は隅々まで肌で感じたいのだ。

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