第2話

 昼ごはんを食べ終わった。私は畳にゴロンと横になる。洋ちゃんがキッチンでお皿を洗っている。身長が私と同じぐらいになってる。Tシャツの背中に「思春期」という大きな文字が書いてある。こういうの、最近の流行りみたいね。馬鹿みたいだね。

「そんなTシャツ、どこで買うの?」

「これ? 学校で作ったんだよ。去年の運動会の時に」

 洋ちゃんが振り返って笑顔で言った。あああ。もう男子の笑顔になっちまってる。

「Tシャツ作るのって、結構お金がかかるんじゃなかったっけ」

 私は言った。

「うん。だから市内の中学と共同で作ったんだ。一人アタマ500円で済んだよ」

「500円かー。500円なら欲しいかもな」

「欲しかったら上げるよ。まだ10着くらい残ってるから」

「なにそれ。記念に買い占めたの?」

 私は笑った。

「僕がTシャツを発注したんだよ。それで、多めに貰った分が余ってるの」

 洋ちゃんが言った。

「洋ちゃんが発注したの?」

「生徒会の役員だったからね」

「なるほど」

 畳の上に天ぷらの残骸が落ちてる。私はそれを拾って、軒下に向けて思いっきり放り投げた。景色良すぎ。空青すぎ。


「ほら」

 洋ちゃんが「思春期」Tシャツを持ってきてくれた。

「あー、有難う」

 私は寝そべったままでTシャツを掴んだ。洋ちゃんが私の横にあぐらをかいて座った。洋ちゃんの匂いが男子の匂いになってる。嫌だなあ。

「僕は今年も生徒会なんだよ。副会長」

 洋ちゃんが無表情で言った。

「エリートコースですなあ。私は学級委員もやった事が無いよ」

 私は笑って言った。

「だけど今は引きこもり」

 洋ちゃんがそっと言った。

「エリートコースの人ってそういう所があるよね」

 私は言った。

「生徒会の会長がね、毎朝ウチに迎えに来るんだ。僕が学校に行かなくなったせいで、仕事が進まないって言って怒ってる」

「それはもしかして女の子?」

「そう」

「年上?」

「うん、中3」

 洋ちゃんが頭の後ろを掻いた。

「洋ちゃんの彼女?」

「違う。でもバレンタインのチョコを貰ったよ」

「告白された?」

「された」

「それで?」

「保留にして下さいって答えた」

「なんでよ」

「思春期で恥ずかしかったから」

「なるほど」

 

 夕飯は押し寿司だった。スゲー美味そう。みんなで乾杯をして食べ始める。洋ちゃんも普通に食卓を囲んでいる。

「洋一の好物なの、押し寿司」

 叔母さんが私に微笑みかけて言った。洋ちゃんは素知らぬ顔をして、お寿司を口に運んでいる。叔父さんはビールを飲みながら、テレビの野球を見ている。

「なんか言えよ」

 私は洋ちゃんの額をビシっと叩いて言った。叩かれたのに、洋ちゃんは嫌がる素振りも見せない。

「美香姉ちゃんがウチに来てくれて、嬉しいよ」

 洋ちゃんが恥ずかしげも無く言った。叔父さんが振り返って、私の顔を見て小さく笑った。


 夕飯を食べ終えて腹がいっぱいだ。私は居間の畳に寝そべって天井を見ている。叔父さんはまだ野球を見ている。叔母さんは洗い物をしている。洋ちゃんは、部屋の隅に座って本を読んでいる。

「全然引きこもってないじゃん」

 私は洋ちゃんの横顔を見て言った。

「美香姉ちゃんがいるからね」

 洋ちゃんが言った。

「そんなに素直なのに、やっぱりご両親とは話したくないんですね」

 ご両親の目の前で私は言った。

「話したくない」

 洋ちゃんが言った。

「叔父さんは、洋ちゃんを諭したりはしないんですか」

 私は訊いた。

「僕はまあ、空気を読んでるだけだよ」

 叔父さんが落ち着いた声で言った。叔母さんが口を押さえて笑っている。平和だ。憎たらしいほどに平和だ。

「わたし分かったかも。これはさ、反抗期だよ。素直で大人しい洋ちゃんにも、反抗期が訪れたのですよ。思春期と同じように、必然的に訪れたのだ」

「反抗期か」

 叔父さんが呟いた。

「私にも反抗期がありました。中1の時に父親と、泣いたり叫んだりして戦った。だけどあなた方には、戦うという概念が無いのです。だから反抗期を、具体化することが出来なかったのです」

「反抗期を具体化出来ない場合、どうすればいいのでしょうか」

 叔父さんが私に訊いた。

「引きこもるという形で、洋ちゃんは反抗の意を示したのです。ただしその理由を、本人も両親も理解できなかった。しかし今は違います。これは反抗期なのだと分かったのだ。後は洋ちゃんがどうするのか、ですね」

 私は言った。妙に頭が回っている。

「思春期を知ってるから、僕は反抗期も分かるような気がする」

 洋ちゃんが言った。

「じゃあ泣いたり叫んだりして、暴れてもいいんだよ。反抗期なんだからさ」

 私は言った。実際に私はそうした。そのせいかおかげか、父親と奇妙な距離が出来てしまった。

「父さんと母さんとは話したくない。僕は反抗期だからね。だけど学校には行くことにするよ」

 洋ちゃんが言った。

「おお、美香姉ちゃん有難う」

 叔父さんが私の顔を見て言った。

「お礼にお小遣い頂戴」

 私は言った。

 叔父さんが私に、5千円くれた。やったね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る