歌って踊れる女子高生ですので
ぺしみん
第1話
東京から5時間かけてやって来ました。房総半島の先っぽの駅です。駅前には小さな売店が一つあるだけ。草が生い茂っていて、駅の後ろに小高い山が見える。そこからローカルバスに乗りまして、加算されて行くバス料金に私は怯えている。バスが揺れる。道路が荒れている。分け入っても田舎。
山奥のバス停でバスをおりる。私はベンチに座って、叔父さんの迎えの車をぼんやりと待っている。ここら辺、夜になったらトトロが出そう。
となりのトトロ、トトロ。トトロ、トトロ。
……サビしか歌えない。
20分程して叔父さんの車がやって来た。叔父さんが車の窓から手を振る。私は車の助手席に乗り込む。
「美香ちゃん、久しぶり」
叔父さんが笑顔で言った。
「お久しぶりです。みなさんお変りは無いですか」
「洋一以外は元気だよ」
叔父さんが苦笑いをした。車がゆっくりと発進する。
「洋ちゃん、結構大変みたいですね」
「あいつは俺に似てるね。物事を複雑に考え過ぎてる。頭もいい。だからね、悩みも深いんだろうなーって思ってる」
叔父さんが言った。
「親バカですかね」
私は笑って言った。
「親バカだよ。自分たちの手に余って、美香ちゃんに世話を頼んじゃうわけだから」
叔父さんが微笑んで言った。情けない叔父さん。素敵な叔父さん。
叔父さんの一人息子の洋一君。中学2年生。私とはイトコの関係。彼は新学期になった所で、学校へ行くことを止めてしまった。
「何かきっかけが有ったんですか?」
私は訊いた。
「彼は何も言わないから、僕には分からないんだ。たぶん考えすぎて、頭が一杯になってるんだと思うけどね」
叔父さんが車のハンドルをきって言った。
「私の頭の中は空っぽですよ。洋ちゃんと対等にやり合えるかな」
私は中堅クラスの都立高校に通っている、高校2年生。登校拒否はしないけど、惰性で学校に通っている。成績は中の下。将来の展望は特に無し。
「洋一は人見知りをするのに、昔から美香ちゃんに心を許してるから」
叔父さんが言った。
「私の頭が空っぽだから、安心できるのかな」
私は言った。叔父さんが笑う。
「せっかくの夏休みなのに悪いね」
「いいえ。特に予定も無いですし、彼氏もいないですし」
「彼氏いないんだ。美香ちゃん可愛いのに」
「別に可愛くないです」
車の中がシーンとする。
「美香ちゃんが来てくれる事になって、僕も奥さんも楽しみにしてたんだよ。たぶん洋一が、一番楽しみにしてる」
「そうかなあ。洋ちゃんも中2になって、思春期バリバリでしょ? 親戚のおねーちゃんに、素直に甘える事は出来ないと思いますけど」
「どうだろうね。まあ気が向いたら遊んでやってよ」
「そうします」
車が峠を越えて、谷間の小さな村に入った。ここらの家はほとんどが農家だ。山の斜面に小さな田畑が張り付いている。
叔父さんの家に到着した。ここは父の実家でもある。古いけど結構立派な造りをしている。私は車から外に出て、太陽の光に目を細める。この草の匂い、夏休みの匂いだ。お婆ちゃんがいた頃には、毎年遊びに来ていたのにな。
叔父さんの後ろに付いて歩く。叔父さんが玄関の引き戸をガラガラと開けた。
「美香ちゃんが来たよー」
叔父さんが家の奥に向かって言った。
暗い廊下の奥から、ミシミシと音を立てて人が来る。
「美香ちゃん、来てくれて有難う」
叔父さんの奥さん、民枝さん。背が小さくて笑顔が幼い。
「お世話になります」
私は頭を下げた。
「お昼ご飯はまだだよね? 野菜の天麩羅とそうめんにしたの。夜ご飯はもうちょっと豪華にするからね。美香ちゃんの歓迎パーティをしようね」
民枝さんが優しい声で言った。この人は相変わらず可愛い。
お線香の香りがする居間に通される。涼しい風が部屋を通り抜けている。
「さっそくお昼ごはんを頂こうか」
叔父さんが言った。私は畳にストンと座って足を投げ出した。疲れた。
「洋ちゃんは?」
私は訊いた。
「自分の部屋にいるよ」
叔父さんが答えた。
「やっぱり引きこもり?」
「そういうこと」
「ご飯も一緒に食べないの?」
「うん。自分で料理して食べてるみたい」
「料理はするんですね。洋ちゃんらしいなあ」
洋ちゃんは小さいころ「おままごと」が好きだった。
私は天ぷらにかじりつく。アスパラの天ぷら、超美味しい。そうめんもスゲー美味しい。
廊下がミシミシと言って、なんと洋ちゃんが現れた。居間に緊張が走る。
「美香姉ちゃん、久しぶり」
洋ちゃんが私を見下ろして言った。叔母さんが慌てて洋ちゃんの食器を用意する。洋ちゃんがキッチンへ行って、冷蔵庫から牛乳を取り出した。
「天ぷらとそうめんなのに、牛乳を飲むのかよ」
私は言った。
「別にいいじゃん」
洋ちゃんが涼しい顔をして言う。
牛乳のコップを持って、洋ちゃんが私の横に座った。箸を取って、芋の天ぷらを一口食べた。
「肌が白いなー。さすが引きこもりだな」
私は言った。
「外には出てるよ。夕方か夜に散歩してる」
洋ちゃんが言った。全然普通だ。もっとひねくれてるのかと思った。
「僕は役場に行くから失礼するよ。美香ちゃん、それじゃまた後でね」
叔父さんが席を立った。叔父さんは村役場に勤めている。
「私もちょっと買い物があるの。美香ちゃん、何か必要な物はある?」
叔母さんがエプロンを外しながら言った。
「それじゃあペットボトルのコーラと、カップのかき氷と、ポッキーをお願いします。あとスイカも食べたいな。わたし、全く遠慮をしない予定ですので、よろしくお願いします」
叔母さんがウフフと笑って、部屋を出て行った。
「2人共、逃げたね」
私は洋ちゃんの顔を見て言った。
「うん」
「素敵なご両親ですね」
「そうですね」
「だけど話したくはないんだね?」
「ちょっとね」
「でもまあ、洋ちゃんにもそれなりの理由があるんでしょ?」
「それがね、僕にもよく分からないんだ」
「まあいいや、久しぶりに一緒に遊ぶか」
「うん」
洋ちゃんが私の顔をじっと見た。この子は昔からこんな感じ。礼儀正しくて優等生で、極めて大人しい。正月に親戚で集まった時に、他の子と全く打ち解けない。だけど何故か私とは気が合う。お互いに一人っ子だ。2人でいると、姉弟のように感じる時がある。不真面目で粗野な姉と、品行方正な弟。なかなかよさげな組み合わせではないか。
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