特別な血

普通なら久しぶりの実家というのは心躍るものなのだろう。仲の良い家族と共に穏やかに会話を楽しみ、食事をして、久しぶりなのだから泊っていけなんて言われて、幼い頃から慣れ親しんだ部屋で心行くまで羽を休める。

本で読んだ「久しぶりの実家」というのはそういう話ばかりだった。


だがルイスの知っている実家はそんなに心休まる場所ではない。

何処かぎすぎすとした、華やかで重苦しい場所。居心地の悪い、心の休まらない場所。

幼い頃からあの空間が、家族が好きになれなくて、ルイスは若いうちに実家を出たのだ。


実家実家と言っていても、そこはこの国の王都の真ん中で偉そうにふんぞり返っている王城。既に戦闘をしなくなったこの城は、砦としての役割よりも王家の権力の象徴になっている。無駄に広い敷地。正面の門から城の中に入る迄にも時間のかかるこの実家と呼びたくもない城は、もう百年以上、もっと前から姿を変えていないらしい。


他国と戦う事はあっても、その戦火が王都迄到達する事はなかった。有難いと喜ぶべきなのか知らないが、この国は神の国なのだ、神が我が子とその子孫を護っておられるのだなんて喜ぶ頭の中に花畑でも広がっているのかと笑ってしまう程能天気な国民たちは、王都がいつまでも平穏で、美しい街並みを誇るものだと信じて疑わない。


城の自室から見える街並みは美しい。

綺麗に整えられた広いメインストリートは、城から真直ぐに大教会まで続いている。あの教会は他の教会よりも特別なのだと教え込まれてきたが、古くてやけにごてごてと飾り付けられたずんぐりむっくりとした可笑しな建物に見えてならない。


「殿下、早く行かれませんと…」

「分かってる。ライリー兄上が急かしに来る前にさっさと向かうか」

「ええ、どうぞご武運を」

「お前は行かなくて良いのが心底羨ましいよ」


げんなりと心底嫌そうな顔をして、普段よりもきちんとした身なりをさせられたルイスは大袈裟な溜息を吐いた。


今日は久しぶりに男兄弟だけで酒でも楽しもうなんて誘われたのだ。

言い出したのが次兄のライリーならば何かと言い訳をしてのらくらと躱すのだが、今回言い出したのは長兄のルーベンなのだから、大人しく従うしかない。


なんて面倒な事を言い出したんだと溜息を吐きながら、ルイスは城の無駄に広くて長い廊下を進む。どうして王城だからといってこんなに無駄に広くしてしまうのだとうんざりしながら、ルイスはさっさと目的の部屋を目指して歩く。


本来なら王城の中であっても護衛を付けるものだろうが、今のルイスはそういう面倒な事を受け入れられる程機嫌が宜しくない。

お気に入りのペットを連れて来ようと思っていたのに、ヘクターに全力で反対されたのだ。


きっとライリーの事だから横取りしようとする。もし万が一オリヴィアの右目が赤い事が知れてしまったら、数時間も経たないうちに大教会から使者が来て連れ去られるぞと脅す彼に逆らえなかったのだ。


彼がオリヴィアの身を案じる事に驚きはしたが、確かにライリーならばルイスのお気に入りを取り上げようとするのは不思議な話ではない。


子供の頃からそうなのだ。

ルイスが気に入っていた絵本はあっと言う間にライリーに奪われ、すぐさま飽きたらしいライリーの手で無残な姿にされていた。弓矢の練習をするのに的にしたとニタニタ笑われた時の悲しさは、今でも忘れられない出来事の一つである。


嫌な事を思い出したと舌打ちをして、ルイスは眉間に深々と皺を寄せる。どうにかして今からでも帰れないだろうか。例えば城が火事になっただとか、領地で大問題が起きるだとか。今この城から逃れられるのなら、どんな面倒事でも我慢できる。


だが、そんな願いを叶えてくれる神様なんて物をルイスは信じていない。信じていない者を助けてくれる神もまた、存在しないのだ。


「兄上、お待たせ致しましたルイスです」

「お入り、ルイス」


無駄に大きな扉をノックすると、部屋の向こうから穏やかな声がした。

柔らかな春を思わせる静かで細い声は、細く扉を開いた弟の顔を見て嬉しそうに顔を綻ばせる、今にも消えて無くなってしまいそうな程儚い印象の男のものだ。


「やあ、やっと帰ってきたね」

「何かと忙しいもので」

「そうかい、きちんと伯爵領を守っているんだね。偉いよルイス」


おいでおいでと手招きをする兄、ルーベンは、相変わらずベッドの住人だ。

大きな天蓋付きのベッドで体を起こしている兄の元へ大人しく進むと、細く真っ白な手がゆっくりとルイスに向かって伸びてくる。


「おや困ったな。僕の可愛い弟は随分と背が伸びたようだ」


目を丸くして、わざとらしく驚いた表情をしたルーベンに苦笑し、ルイスはそっとその場にしゃがみ込む。満足げに微笑むルーベンは、良い子だねとルイスの頭を何度も撫でた。


「もう子供では無いのですが…」

「まだ十七歳だろう?僕からしたらまだまだ子供だよ」


人生の殆どをベッドの上で過ごしている二十五歳の兄。日に焼けた事も無い真っ白な肌は、白を通り越して青かった。


この男が、いずれ父の後を継いで王となる。なんて儚げな王なのだろう。王冠の重みで倒れ込んでしまうのでは無いだろうか。そんな馬鹿げた想像が出来てしまう程、嬉しそうに弟の頭を撫でる王太子は病弱なのだ。


「すまないね、本当はお前の城に行きたかったのだけれど」

「お身体に触ります。それに、我が城は少々変わっておりますから」

「だから行きたかったんだよ。ルイスのドールハウスが見てみたいな」

「…では、いつかいらしてください」

「そうだね。楽しみにしているよ」


気が済んだのか、それとも部屋の外から聞こえてくるドカドカと煩い足音のせいなのか、ルーベンはルイスの頭からそっと手を離す。ルイスも立ち上がり、煩くノックされた扉に手をかけるべく足を踏み出した。


「兄上!息災ですか!」

「声が大きいよライリー。今日は随分体調が良いんだ。弟たちに会えるのが楽しみでね」


ずかずかと部屋に入って来たライリーは、ルイスに「久しいな」とにんまり笑いかけ、バシバシと背中を叩く。痛いですと文句を言おうが、ライリーは何を言われても気にしないとばかりにヘラヘラと笑うばかりだ。


「お前はいつでも元気そうだね。少し分けてほしいくらいだ」

「母上の胎に残されていた兄上の活力を、しっかり拾い上げて生まれ落ちましたので」


それは冗談のつもりかと白けた目を向けるルイスに、ルーベンはけらけらと楽しそうに笑う。


「そうか!僕の活力はお前が拾ってきたのか!」


普段笑う事も無いのか、こんな冗談でも大笑いするルーベンを哀れに思いながら、ルイスはライリーに叩かれてじんじんと痛む背中を摩る。摩りにくい位置を叩いてくれたなと恨めし気な目をライリーに向けたが、彼はベッド脇に置き直されていた一人掛けの大きな椅子にどっかりと座った。


「ほら、ルイスもお座り。二人とも元気そうで僕は嬉しいよ」

「兄上は相変わらず顔のお色が悪いですな」

「美肌と褒められるんだけれどなあ」


すりすりと自分の頬を摩るルーベンの冗談を聞き流したライリーは、部屋に一緒に入って来ていた従者にひらりと手を挙げて合図した。従者は抱えていた荷物をルーベンに向かって差し出すと、何だろうと小首を傾げるルーベンはライリーに視線を向けた。


「活力を得るには肉と酒ですよ、兄上」


病人に酒を与えるなと頭を抱えるが、贈られたルーベンは弟からの贈り物が嬉しいのか、目を輝かせながら従者にここに置いてくれとベッドの隅をぽんぽんと叩いた。


「嬉しいな。父上から聖夜祭のお祭りで贈り物をもらった時みたいな気分だ」


丁寧に飾られた包装紙をちまちまと剥がすと、ルーベンは「わあ」と一声漏らす。

現れた木箱の中には、燻製にされた大きな肉の塊と、やけに古い葡萄酒の瓶が収められていた。


元気な男なら大喜びするだろうが、病弱な兄では腹に負担がかかるだけだ。消化出来ずに腹を下す事を全く考慮していない贈り物だが、恐らくライリーに悪気は無い。


彼は彼なりに、病弱な兄を心配しているのだろう。そうであってほしい。


「出来れば女も差し入れたいところではありますが…それは母上に叱られますから」

「それはそうだろうね。それに、僕には婚約者がいるから…彼女に悪いよ」

「結婚前のちょっとしたお遊びですよ。長い人生をたった一人の女性に捧げるなんてゾッとする。お前もそう思うだろうルイス?」

「さあ…私はそういった事には興味がありませんので」


しれっと冷たい返事をする弟の反応に不服なのか、それとも最初からルイスという男を小馬鹿にしているのか、ライリーは眉間に皺を寄せて溜息を吐く。


「そんな事でどうする?お前は仮にもダブリン王家の男なんだぞ?子孫繁栄は我らに与えられた使命だ」

「誰彼構わず子種を振りまく事が使命だとは思いたくありません」


お前はどれだけ同じ事を繰り返すのだと非難するような目をライリーに向け、ルイスはまた面白くない記憶を掘り起こしてしまった。


数年前、ライリーの子を身籠ったと訴える女が城に現れたのだ。ライリー自身身に覚えがあったようだが、その女は娼婦だった。所謂高級娼婦というやつだったのがまだ救いだったが、事を治めるのに随分苦労したのだ。


「あれは結局虚偽だったじゃないか」

「虚偽だったのは不幸中の幸いです。もしかしたら本当に兄上の子を身籠っていたかもしれないのですよ?」


ライリーは最初から責任を取る気など欠片も無かった。王城に娼婦を置いておく事も出来ず、ライリーの城に連れて帰る事もせず、ライリーは弟に面倒事を押し付けた。


仕方なくルイスは自分の城に娼婦を連れ帰り、出産までの世話をしてやったのだ。生まれて来た子供が奇跡的と言っても良いのか分からないが、ライリーとは似ても似つかぬ髪色をしていたり、顔立ちも似ている所が欠片も無かった。そもそも生まれて来たその日からどう計算をしても、ライリーと夜を共にした日と時期が合わなかったのだ。


王子の子を身籠ったと嘘を喚いた女は子供と共に国外に追い出された。今頃どうしているかは知らないが、何処までも面倒事から逃げ、弟に押し付けるライリーが、ルイスは大嫌いだ。


「まあまあ、久しぶりに揃ったんだから喧嘩はおよしよ。一応兄として言っておくけれど、ライリーはもう少し自制を覚えるんだよ。もう良い大人なのだから」

「自制するには、この世は美女が多すぎます」


にっこりと微笑むライリーに心底呆れ、嫌悪感を隠す事もしないルイスは早く帰りたいと苛々しながらトントンと自分の膝の上で人差し指を忙しなく叩いた。


「まるで兎だな」


子兎が威嚇しているようだと笑うライリーに、ルーベンはやめなさいと小さく諫める。だが、カチンと来てしまったルイスは兄を思い切り睨みつけて噛みついた。


「兄上は兎を殺すのがお好きでしたね」

「ああ、そういえばこの間お前が勝手に帰った狩りでも兎をいくつか仕留めたぞ。子兎の肉は柔らかいが、肉が少ないのが難点だな」


ふふんと鼻を鳴らすライリーは、ルイスが幼い頃兎の亡骸を見せ付けられて大泣きした話が大好きだ。

酒に酔う度に誰彼構わず「幼い頃の可愛い思い出」としてあちこちで話されている事をルイスは知っていたし、やめろと散々文句を言ってきた。だが、下に見ている子供から何を言われようが、ライリーは面白可笑しく話す事をやめないのだ。


「毛皮も少ない。あれはもう少し育ててから仕留めるべきだったかな。お前はあの日の獲物を城に連れ帰ったのだろう?確か…小汚い子供だとか」


にんまりと笑うライリーの後ろで、この空間から逃げ出したいと顔を背ける従者の姿が目に入った。許されるのなら今すぐこの男を殴り倒したかったが、流石にそれは許されない。


「まだ子供の人形遊びをしているのか?与えられた城をお気に入りの人形の家にしてしまうとはな」

「いけませんか。あれは私の城ですよ」

「どうせ集めるなら麗しの美女を集めれば良い。訳アリのゴミばかり集めて何になる?それとも、そういう者ばかりを集めて恩を売り、良いように手籠めにでもしているのか外道め」


カッと頭に血が上った感覚がした。

今すぐ怒鳴り散らしてやろうと大きく息を吸い込むと、もうこれは止められないと諦めたらしいルーベンがライリーの従者に「行きなさい」と部屋から退出する許可を与えた。ありがたいとばかりに従者が小走りで部屋から出て行くと、ルイスは今度こそ大声で兄を怒鳴りつけた。


「私のお気に入りたちをゴミ呼ばわりするな!」


城で抱えた訳アリたちは皆、城の外で生きて行くには辛い境遇なのだ。オリヴィアは城の外では悪魔の子となじられ、人間として生きて行くのは難しすぎる。それ以外の者たちも、体の何処かが足りないだとか、頭が足りないだとか、色々な事情があるのだ。


勿論そういう事情のある者だけで城は回らない。だから他の城と同じようにきちんと身元の分かる者や相応しい者も働いてもらっているし、彼らもまた、ルイスのしている事を理解し支えてくれる。


あの城は救済の城にしたいのだ。

自分のように、身の置き場に困る者たちの拠り所に。寄せ集めと世間で笑われていようが、代わり者の第三王子と馬鹿にされていようが構わない。


この世に住まう全ての者を愛してくれる神などいない。愛されなかった者たちを、神の代わりに愛し慈しむ者が居たって良いじゃないか。自分がどこまでやれるかは分からない。分からないが、少しくらい手の届く範囲に居る者くらいは手を差し伸べたいのだ。


「噂になっているぞ。幼い子供を城に連れ込み、自分好みの女に育てるつもりなのだと」

「それは兄上の好みそうな噂ですね。ご自分がそうなさりたいのでは?」

「それも良いな!金色の髪に緑の目をした豊満な体の女性に育ちそうな子供は何処かにいないか?」


この男はどこまで屑なのだろう。

これ以上会話をする気にもなれず、ルイスは黙って椅子から立ち上がる。


「ルイス、座って」

「お言葉ですが…」

「ライリー。お前は部屋へお帰り。少し頭を冷やしておいで」


追い出されるのは自分かと不満げな顔をしたライリーだったが、兄の言葉には逆らえないのか、面白くなさそうな顔をしながらライリーは部屋から出て行く。

もう一度座れと促されたルイスもまた、ルーベンの言葉には逆らえずに大人しく座るしかなかった。


「折角久しぶりに会えたのに…お前たちはいつも喧嘩ばかりだね」

「兄上が悪いのですよ。私は別に喧嘩をする気はありませんでした」

「そうだろうね。でも、不機嫌であると隠せなかったのはルイスも悪いよ。僕たちは王族なんだ。公の場…たとえ城の中であっても、何を考えているのか悟られてはいけない。争いの火種になるからね。分かるかい?」


優しく諭すルーベンの声に、ルイスは小さく頷いた。

腹立たしい事ばかり言うライリーが悪いのは勿論なのだが、大人げなく不機嫌ですと態度に出してしまったのはルイスの非だ。


「大事な者の為に怒れるのは素晴らしい事だけれどね。お前の宝物なんだね、城の子たちは」

「はい。私の…家族ですから」

「僕たちは、家族では無いの?」


血を分けた兄の寂しそうな顔。それに胸が痛む事など無い。

彼は確かに兄だが、母は違う。彼は健康な体は持っていないが、それ以外の物は持っている。両親に愛され、慈しまれ、誰もが殿下と親しみ頭を垂れる。


側妃の生んだ王子など、扱いに困る存在に生まれてしまったルイスとは違う。

勿論ライリーも家族とは思えない。彼は側妃の息子だからと、ルイスを最初から対等には扱わない。家族としても認めていないし、従者と同じ程度にしか思っていないのだ。


同じ側妃の子である姉と妹の事は、女性だからというだけで優しく接しているようだが、それも家族として扱っているわけではないようだ。目当ては彼女たちの友人で、気に入った令嬢は隙を見て手を出される。勿論令嬢たちは嫁の貰い手が無くなるからとそれを隠しているし、騒ぐ事もしない。むしろ、神の子孫に一晩の愛を頂けたと光栄に思う者さえいるらしかった。ルイスには全く理解の出来ない話である。


「どうしてライリーはああなんだろうなあ…いずれ僕の片腕になってくれると思っていたんだけれど」

「あれが片腕では、腐り落ちてくれた方がマシですよ」

「言い過ぎだよ」


そう窘めるルーベンだったが、あまり厳しく言うつもりは無いらしい。小さく笑ってすらいる所を見ると、あまりライリーに期待はしていないようだ。


「あんまり子沢山にはならないでほしいんだけれどね。お金がいくらあっても足りないから」

「子孫繁栄は使命だと先程言っていましたが?」

「そうなんだよねえ…多くても五人くらいに納めてくれないかな」

「妻も数も抑えていただいて、ですね」

「一応妻は正妃ただ一人って事になってはいるけれど、我らが父上がああだからね…」


どこか遠い目をするルーベンは、兄弟の父である国王の女癖の悪さを嘆く事が多かった。

子供を生んでいるのは正妃とルイスの母である側妃の二人だけだが、それは自分以外の側妃が子供を生み、城の中で権力を得る事を嫌がったルイスの母が堕胎薬を側妃たちに飲ませる結果である。


「側妃だけで何人いるんだか…」

「それ以外にもお手付きがどれだけいるのかも分かりませんからね…」

「その体力と元気を僕に分けてくれれば良かったのに」


唇を尖らせる兄にどう返事をすれば良いのか分からないが、正直兄が子を成せるか疑問だ。人生の殆どをベッドの上で過ごしているルーベンに女性が抱けるのかも分からない。仮に運よく子が生まれたとして、その子が跡継ぎになれる男の子なのかも分からないし、無事育つのかも分からない。出来るだけ多くのスペアを作らなければ、彼の跡を継げる子供が育つように。


「ルイス、今日お前たちを呼んだのはお願いがあったからなんだ」

「お願い、ですか?」


小首を傾げるルイスに、ルーベンはガサガサとライリーからの贈り物の包装紙を掻き分けてベッドの端へ寄った。慌てて兄の元へ寄ったルイスの手を、ルーベンのひやりと冷たい細い手がしっかりと握る。


「僕はきっと、歴代で最弱の王として歴史に名を残すだろう。僕の玉座はベッドだったって」


弟たちと話すだけで、体を起こしているだけで疲れてしまっているのか、ルーベンの顔色は悪い。唇も渇き、色が悪い。ふらふらとしているだろうに、ルーベンはそれに構わずしっかりとした目でルイスを見つめた。


「ベッドが玉座の王になっても、その弟たちは優秀な側近だったと歴史に刻みたい。お前には負担を掛けるだろうし、嫌だと思われても仕方ないと思っている。でも、どうか僕の為に力を貸してほしい」


ゆっくりと頭を下げたルーベンの、金色の髪がさらりとシーツの上に一房落ちた。毛先がゆったりとカールしているのは、子供の頃からそうだった。黙っていれば女性のように見えなくもない儚い兄はこの国の王太子で、いつかこの国の王となる。

そんな人が、邪魔者扱いされているルイスに向かって頭を下げたのだ。


彼は自分を家族として扱ってくれる。姉の事も、妹の事も気遣い、大切な家族だよと笑ってくれる。そんな兄がいるから、ルイスはなりたくもない伯爵になって領地を守っているのだ。いつか公爵位を受け継いだ時、伯爵領も含めればルイスの持つ領地は広大なものとなる。生み出す物も大きく多くなる。

少しでも、兄の為になりたい。彼が大切にしてくれたから、それがどれだけ嬉しいかを知っているから、ルイスもまた、領地の城で訳アリたちを囲うのだ。


「はい、兄上。俺は親愛なる兄上の為ならば、命すら惜しくはありません」


うっすらと微笑み、ルイスはしっかりとルーベンの手を握り返す。

神を呪おうとオリヴィアと語った。神の子孫と言われている兄の為に力を尽くすとオリヴィアに話したら、あの子はどんな顔をするのだろう。

そう想像し、ルイスはそっと目を閉じた。早く城に帰りたい。ルイスと名を呼ぶ、可愛らしい子兎が恋しかった。

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