ごきげんよう、可愛い桃子ちゃんの「なんと」千本ノック状態、それこそ歓喜すべきところなんですが今回に限ってはなんだか寂しさすら感じてしまいます。
学問の神様と桃子ちゃんが出会うのは侮辱、とか仰ってますが、今回に限っては桃子ちゃん、それこそ菅公の霊験で素晴らしい記憶力!
こうして読んでいくと、桃子ちゃんの馬鹿っぽさは記憶のクレンジングの副作用……、げふんげふん、いやそうじゃなくて。
紡さんが事件の度に、まるで「呪おたく」みたいに能書きペラペラって、実はいつか来る別れの日の為の教えを授けるためだったんでしょうね。
そして桃子ちゃんは見事にそれに応えつつある。それこそ桃子ちゃんの紡さんへの愛の証であり、紡さんにしてもつばきちゃんにしてもやっぱり愛ゆえ、なんでしょうね。
しかしあのお鬚の雷様、学問の神様だったのか……、ひとは(人じゃない)見かけによらないものです。
でも将門公という怨霊には、菅公という同格以上の怨霊兼神様を対抗させる、確かに勝ち筋が見えた気もしますね。
この辛く哀しい別れが避けられないのならば、せめて、向こうの世界で将門公を無事に封じて、紡さんを助けると言う大目的を達成してほしいものです。
ドキドキしながら次回をお待ちしていますね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
ご機嫌よう、いらっしゃいまし。
ここにきてようやく桃子らしさが戻ってきました。
一抹の寂しさを隠しながら。
確かに菅公のご利益なのかもしれませんね。発動が結構
遅かったような気はしますが。
記憶クレンジングが解けてそれなりに知性が戻ったはずの
桃子ですが、やはりなんだか根は賢くない感じがします。
教えを授けるため、そう考えると、紡が桃子に拒否反応を
示されても無理矢理話し始めるのも、嫌がりながらも
なんだかんだ聞いているシーンが多かった桃子も、
お互い意識的に無意識的に大切なことを交わしていたのかも
しれませんね。
その交流を通して育まれた愛が、一つの別れとともに、
大切な思いの結実を生み出そうとしているのです。
漫画版『陰陽師』の菅原道真が結構感情的で人のいい
おじさまだったので、それを極端で面白にした感じです。
強力な『呪』に対して力だけでなく意味で勝る、これこそ
本作の集大成と言える方法論かもしれません。
桃子達の悲願まであと少し、次回をお楽しみに。
辺理可付加
なんと!なんと!!あの雷さんがっっ!!
確かに、桃子ちゃんと学問の神様が出会うのはシニカルですね🤔
こうやって物語の冒頭に戻ってくるの、ワクワクしてしまいますよね、ここまで積み重なってきたものがあるからなおさらに。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
あのノリで学問司ってました。でも、ああいう教師なら
桃子にも分かりやすく、同じレベルで学問を教えて
くれたかもしれません。そういう意味ではやはり、
学問の神様なのかも。
追伸:書く側としても、「これ、いつ回収になるかな?」「……そもそも回収まで辿り着くんかい?」とドキドキワクワク動悸動悸惑惑してました。
辺理可付加