第8.5話 一方その頃

「……で、だから、役作りのためには、脚本の読み込みが大事で……」


「「んなこと知ってるんだよな」」

「こちとら書いてる人間よ?」

「何年役者やってると思ってんの?」


小さい声で愚痴を言っているのは、凌史と律玖であった。


2人が受けているのは、芸能部門の演技の授業。


「仕方ないわよね。ほぼ素人みたいな子だって、中にはいるんだもの」


実際、芸能部門の受験によってアオコウに入る生徒のほとんどが、既に子役としての活動経験がある生徒である。

しかし、芸能界への憧れを抱き、その努力と才能が買われてこの高校に入ったような人も、中にはいる。

この教室では、そんな生徒とすでにプロである生徒を分けずに、一つの教室で授業をしているのであった。

もちろん、S組に入ることができるような生徒は、プロである。


その証拠に……


「……実践練習したい。早く次のドラマの役作りしたい」


楽々浦凌史は、今、最も人気のある子役なのだった。


大手芸能プロダクション『リヴァイ』に5歳のときに所属してから、これまで演じてきた役は数知れず。

10歳のときに初めて主演を務めた映画『ただ私が日頃思ってることを書き連ねただけ』では、日本アカデミー賞主演男優賞に選ばれた。

ちなみに歴代最年少である。

また、ダンサーとしても活動しており、ライブのバックダンサーやアーティストのミュージックビデオの中で踊ったりと、大活躍である。

声優としての活動では、望まれればどんな役でもこなす。

少年、少女、動物、老人、大人の女性、妖精、ゴブリン……こちらも、演じてきた役は数知れずである。


間違いなく、今最も有名な高校1年生だろう。


そして……


「あんたがここがいいって言ってたから、迷わずここにきたけど……こりゃあ、脚本の参考にもなりゃしないわ」


凌史の幼馴染、怒留湯律玖。


彼女は、ライトノベル、純文学、絵本、なんであろうと絶対に読者に感動を与える人気小説家『ruki』として活躍している。

凌史が爆発的人気を持つきっかけとなった『ただ私が日頃思ってることを書き連ねただけ』の原作小説を書いたのも、幼き日の律玖である。

『ただ私が日頃思ってることを書き連ねただけ』の原作がヒットしたのには、律玖がまだ9歳であったことが関係している。

幼い少女は、大人が思っているより、よっぽど深いことを考えているぞ、ということを綴ったエッセイは、律玖の処女作にして代表作の一つだ。


そんな彼女がここにいる理由は、彼女も一応芸能部門で優秀な成績を取ったからである。

小説を書くとき、よりリアルな表現をするために、自分で演じながら書いていたところ、演技力が身についたとか。

また、映画やドラマの脚本の制作にも関わっているので、役者に『こんな感じ』とお手本を見せるためにも、演技力はなければ困る。

どんな作品を作るにせよ、『物書き』というジャンルで律玖に勝てる生徒はいないだろう。



「次のアニメ、あんた出てくれるの? なんか最近バスケの練習してるみたいだけど」

「いや、バスケは他のドラマのやつ。オーディションだけは、まぁ、受けてみようかな。ボク、りっちゃんの作品好きだし」

「あ、主人公はもう指名してあるから無理よ」

「えー⁉︎ あーもうじゃあそのアニメ嫌いだわ」


そんな会話ができるのは、きっと全国探してもこの2人だけだろう。

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