第8話 試合の後は
結局、薫はあのあと。
「哀原アウト〜。おい大丈夫かぁ主席〜」
全力を出してきた美実子に、あっけなくボールを当てられ、負けたのだった。
隣で、狂花が意地悪な笑みを浮かべたのがわかった。
「君、すごいね。そんなに小さいのに。専門は?」
「え? あ、えと、ハンドボールですっ。ありがとうございます! 悦之助くんは、とってもおっきいですね」
「それ、褒め言葉よ本当に」
「嬉しそうで、良かったです!」
試合が終わり、一番最初に美実子に話しかけに行ったのは、悦之助だった。
ここまで身長差がある上に、横幅も随分と違うので、ハムスターと熊が話しているようだ。
しかし、悦之助には優しげな雰囲気があるため、美実子はそこまで恐れている様子はない。
「先ほどはお見苦しい姿を見せてしまったね。お二人とも、すごく強いボールだった」
「あ、
美実子と悦之助のところへ、一矢が近寄る。
「あれ、なんで名前、知ってるんだい?」
「覚えました! 一矢さん、弓道の名手で、悦之助くんは高校生相撲のチャンピオン……で合ってますか?」
「「……すごっ」」
「ねぇ、主席くん。確か、哀原だったよね」
薫に話しかけてきたのは、悼也だった。
「さっきはごめん。俺、お前のこと、ガチで認めてなかった。すまん」
「……だったら、哀原、じゃなくて、薫って呼んでほしいな」
全力を出す楽しさを知った、今の薫には、友達が欲しいという欲望が溢れている。
『かおるん』までは行かずとも、下の名前で呼んでほしい。
「じゃあ、俺も薫くんって呼んでいいかな?」
横から顔を出したのは、『くじあさひ』くんだ。
「あ、最初、助けてくれてありがとう。あれ、死ぬかと思ったんだ」
「いやぁ、じゃあ、俺は命の恩人だね。なんて」
『ははははっ』と、彼は笑う。
「ねぇ、漢字でどう書くの? 『くじあさひ』って」
薫が問うと彼はポケットからメモ帳を取り出した。
「はい、こう!」
『苦路朝陽』。それが、彼の名だ。
「改めてありがとう。苦路くん」
「やだなー、さっき、自分のことは下の名前がいいって言ったくせにぃ。俺のことも、朝陽って呼んでよ」
名前も相待って、随分と親しみやすい人だなぁと薫は思う。
「俺は、テニスで入学したんだけど……2人は?」
「バスケ」「僕は陸上と水泳」
「水陸両用なんだね」
「バスみたいに言うの、よしてくれないかな」
新しい友達ができたような気がするのだった。
そして、風夏の声で、8人は、一度グラウンドの真ん中に集まった。
「今日のMVPは、まぁ、文句なしで怖破だな。パスも出せるし、取れるし投げられる。ビビりながらも最後までよく戦ったな」
「あっ、ありがとうございます!」
美実子が立ち上がると、周囲からは拍手が上がる。
「で、怖破の本気を引き出した哀原も賞賛すべきかな。グッジョブ」
薫は座ったままだが、拍手は起こった。
「んで、あたしの授業では、毎回こうやってMVP出すから。一学期最後の授業でMVPの数が一番多かったやつには、そうだなぁ……ま、なんか考えとくよ」
「相変わらず適当ですね」
「ちゃんと考えとけよ〜」
ヤジを飛ばしたのは、悼也と酔だ。
「ま、でも、1時間お疲れ。このあとは休憩挟んで、30分走り込みな」
「「「「「「「「はーい」」」」」」」」
こうして、走り込みや筋トレ、体幹トレーニングなどの末に、その日の授業は終了した。
「あのっ、薫さん!」
教室への帰り道、美実子が話しかける。
先ほどとは違い、怖がっている様子はない。
「さっき、容赦なく当てちゃって、ごめんなさい。でも、ありがとうございました。すっごく、楽しかったです」
「いや、僕も、初めて、スポーツしてて楽しいって思った。同世代相手だと力加減しなきゃいけないし、大人相手だと手加減されるし。でも、ここだったら、本気で同世代とぶつかれる」
「はい。教えてくれて、ありがとうございます」
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