第7話 贅沢な悩みでも
チームも発表され、本番が始まった。
薫は、チームAだ。
味方は、先程助けてくれた『くじあさひ』くん。
いかにも体育会系という見た目で、ベリーショートに刈り込まれた金髪が、爽やかな印象だ。
もう1人は、身体のとても大きい少年。
頭の
胸元を見ると『榊原悦之助』と刺繍してある。
おそらく『さかきばらえつのすけ』だろう。
あとは、酔。
『ったく、狂花と別になったら碌なことないのに……でも、全力でやんなきゃ怒るしなぁ……』と、ブツブツ何かを言っている。
対して、チームB。
堂々としている狂花と、その隣には、先程怯えていた少女。
ブドウのような色の、ボブカットにされた髪を、ハーフツインにしている。
インナーカラーに薄い紫が入っているようだ。
また、以前、休み時間に金髪の少年と話していた、和服のような制服の、黒髪の少年。
後頭部には刈り込みが入れられているが、右側の前髪は長い。
そして、左頬にリングのピアスをしている、薫よりも色素の薄いグリーンの髪をもつ少年。
見た目はチャラそうだが、表情は、いつも顰めっ面の薫を、ほんの少し明るくしたような感じだ。
チームAのジャンプボールは、『くじあさひ』くん。
チームBのジャンプボールは、相手チームで一番背の高い、黒髪の少年。
風夏が上空へボールを放ち、試合が始まった。
ボールを手にしたのは、チームBの、怯えていた少女。
「あ、ととと、とっちゃった、えと……投げます!」
なんだかずっと怖がっている子だなぁと薫は思う。
ナメていた。
その少女のボールが、酔の左頬を掠める。
その速度は、小柄な少女が怖気付きながら放ったとは思えないもので、威力は、酔の後ろにいた悦之助がボールをキャッチしたとき、反動で少し転びそうになる程だった。
悦之助の体はかなり大きく並の力では動かすことはできないはずだ。
「素晴らしい力だなぁ。お返ししようか」
悦之助が、怯える少女目掛けてボールを投げる。
「よっ」
キャッチしたのは狂花だ。
「へいパース」
キャッチしたボールは、ピアスの少年の元へ。
ピアスの少年は、不満げな顔をする。
「俺、バスケしかできないんだよな」
そう言いながらも、投げる。
そのボールは、薫目掛けて飛んできた。
「……ッ!」
なんとかキャッチできたものの、威力はやはり凄まじい。
「投げてみろよ、主席。アンタのボールが見てみたい」
そんな言葉を添えて、ピアスの少年によって放たれたボールは、今、薫の腕の中にある。
薫の専門は陸上競技である。球技はそこまで得意ではない。
しかし、ここに集まった生徒は、薫以外、全員が、スポーツと真剣に向き合ってきた生徒である。
だからこそ……
「ははっ」
薫は、この状況を楽しいと感じていた。
今まで、同級生相手に本気でスポーツをしたことはなかった。
友達がいなくなるのが嫌だ。容赦なく叩きのめしては可哀想だ。
そんなことを思いながら、いつも、普通の人間を相手に、普通のフリをして遊んでいた。
つまらない、面白くない、そして、哀しい。
そんな日々を過ごしていた。
「この高校に来て、本当に良かった」
そう言って薫が投げたボールは、ピアスの少年の胸元目掛けて、空をきり、誰よりも美しい、まっすぐな軌道を描いた。
ピアスの少年は、あまりにも見事なそのボールを、捉えることができなかった。
ガタイがいいわけではない。
筋肉も自分の方がついている。
だからこそ、相手のことを試したくなった。
自分がこんなやつに負けたのかと、悔しくて仕方がなかった。
けれど。
薫のボールがこの胸に激突したことで、納得した。
「あぁ。こりゃあ主席だ」
低く、でも、明るい声で、彼はそう呟いた。
そして、その胸に当たったボールは、跳ね返り、すぐ近くにいた狂花の右腕に当たった。
「はい、
「よしっ……」
どうやら、ピアスの少年は、五十嵐という苗字らしい。
ちなみに、薫としては、このダブルアウトは計算通りである。
狂花の腕に当たったボールは跳ね返り、チームAのコートに返ってきた。
キャッチしたのは、『くじあさひ』くん。
「よっ」
やはり、彼の放つボールも、強力である。
見たところ、1位は薫、2位は怯える少女、3位は五十嵐、4位が『あさひ』だろう。
『あさひ』のボールは、黒髪の少年によってキャッチされた。
「……弓と同じ感じかな?」
彼の投球フォームは変わっていた。
それでいて、『えいっ』という声に乗ったそれは、弱かった。
場の空気が、一瞬で氷点下に落ちるのを、感じる。
「……興醒めですね」
そのボールは、酔によって軽々とキャッチされ、怯える少女目掛けて放たれた。
「あ、バカ……」
薫は小さい声で言ってしまった。
彼女は相当強いのに……
「きゃっ!」
怯える少女は、悲鳴を上げながらも、そのボールをキャッチする。
「ごめんなさぁあい!」
彼女が投げたボールは、酔の左肩にヒットした。
「いだい……」
「へへっ、やっちゃったねぇ」
「うるさい」
「あい、速水アウト〜」
狂花と風夏に煽られながら、酔は外野に出た。
薫は、酔にあたったボールをキャッチする。
(狙い目は、あの黒髪だ)
薫が放ったボールは、簡単に当たった。
「
黒髪の少年の苗字は、娯藤。
「もう投げるのやめよう。怖い怖い……」
怯える少女がボールを拾い、外野にいる五十嵐に向かって投げる。
「
どうやら、五十嵐の下の名前は悼也らしい。
悼也がキャッチしたそのボールは、悦之助の背中に当たった。
「ははっ、デカい的は当たりやすい……」
バカにするような表情に、悦之助はなぜか、非常に嬉しそうな顔をした。
「ここまでデカくなるのに、とても苦労したんで! ありがとうございます!」
さすがは力士だ。
「榊原、アウト」
風夏の悦之助を見る目も、優しかった。
そのあとは、怯える少女がキャッチし、外野になげの繰り返しだった。
途中で『あさひ』くんにボールが当たり、薫は1人になったが、避けることに集中していて、気づかなかった。
しかし、転機が訪れた。
「っし」
黒髪の少年が投げたボールなら、容易にキャッチできる。
このタイミングを待っていたのだ。
「わわわわわ……どうしよ……」
Bチームに1人残った少女は、やはり怯えている。
「……ねぇ、君、名前はなんていうの?」
薫が話しかけた。
「ふぇっ⁉︎ ふっ、
「そっか……ねぇ、怖破さん。君は、何を恐れてるの?」
薫が尋ねると、美実子の表情が変わった。
「……ケガ、させちゃうのが怖いです。中学生のとき、ゴリラって言われました。嫌われるのが怖いです。普通じゃないって言われるのが嫌です」
涙目で、訴える。
「……僕とおんなじだ」
だからこそ、薫は、本気で投げた。
美実子が、今度は悲鳴をあげず、キャッチする。
「哀しいよね、悪いことしてるはずじゃないのに、むしろ、すごいものを持ってるはずなのに、みんなが離れていくのって」
美実子が、ハッと、顔を上げる。
彼の言う通りだ。
自分はみんなより、少し、ほんの少し、優れたものを持っていて、賞賛されてもいいはずなのに、蔑まれて生きてきた。
わかってくれる人だっていない。
贅沢な悩みだと、言われて生きてきた。
「本気で来て。僕は君のこと、嫌いにならないし、君よりよっぽど普通じゃない。ここだったら多分、君が本気でも、誰も『ゴリラ』なんて言わない」
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