第6話 ボールのご利用は計画的に

「昼休みそろそろ終わるぞ〜。移動教室の準備しとけ〜」


入学式から3日が経ち、通常授業が始まった。

相変わらずやる気のなさそうな風夏の声が、教室に響く。


アオコウの授業は、各生徒によって実施するカリキュラムが変わる。

将来的に、各自、実力を持つ分野で活躍できる人材に育て上げるためだ。


午前中はすべての生徒が他の高等学校と同じような授業を受ける。

(そもそもの授業時間が短いため、副教科の数はふつうの高等学校に比べて少ない)

そして午後は、各々の得意な分野に分かれて、その道のプロフェッショナルである講師たちから、ご指導を頂く。


普通の人間は自分が受けるカリキュラムがなんなのか、考える必要もなく決まっているだろう。


しかし、普通じゃない人間が、4人ほどいた。


「僕たちって、どこに行けばいいんですか?」


ハルカと凌史を連れ、薫は風夏に尋ねに行った。

もう1人、主席を総ナメした生徒、律玖は、風夏の声を聞くと、迷うことなくどこかへ向かって行ったので、きっともうやりたいことが決まっているのだろう。


「んぁ? あーそうだそうだ。伝えるの忘れてたな。お前ら、いろんな分野で一番採りまくってるから、単位があんだよ。ほれ」


薫たちに渡されたのは、各分野ごとに、一年で何時間授業を受ければいいかが書かれたプリントだった。


「なんか、偉い先生が言うには『受ける授業が偏って、せっかく入試に使った部門を高校生活で使わなかったら、落ちた子達が可哀想だ〜』らしくてな。少しも受けない分野があったらよくないから、一応単位を設定してんだ。まぁ、多分それ、半年ぐらい毎日従順に従ってれば全部埋まるから、そこまで気にしなくていいぞ」

「じゃあ、一応、その日の気分で好きなところ行っていいってこと?」

「んまぁ、単位取れんならそれでいいぞ」


大学みたいだと薫は思う。

自分のプリントを見ると分野がたくさんありすぎて、本当に半年で終わるのか不安になってきた。


「で、もうすぐ昼休み終わるけど、お前ら、今日はどこいくんだ?」






薫が選択したのはグラウンドだ。

ここには、身体能力部門で優秀な成績を残した生徒が集まる。


アオコウは3学期制を採用している。

一学期はスポーツ総合の生徒と格闘技の生徒から成る、身体能力部門の生徒が、全員で同じ授業を受ける。

二学期からは、スポーツ総合はグラウンド、格闘技は武道場に分かれて色々な種目の実践的な訓練。

三学期には種目別の実技以外に座学を取り入れ、体づくりの仕方についての授業が入る。

2年生からは、各種目別の練習が始まり、自分の専門の種目だけをひたすら勉強することになる。


『だったら、今しかできないことをするべきか』と、薫はグラウンドを選んだのだ。


「アオコウの体育着って可愛いよね」

「学年カラー別っていうのがこれまた良いんだよな」

「うちの学年は青だって」


薫が制服を買いに行ったとき、周囲でこんな声を聞いた。


半袖の体操着は、紺の襟と袖口、左胸には明るめの青で『AOKO』の文字。

短パンと長ズボンは紺をベースにし、サイドに2本の白いライン。

ジャージは白ベースで肩に3本の紺のラインと裾は紺一色。

胸元に、英語の筆記体か漢字のどちらかで、名前を刺繍してもらえるらしい。


試着をしてみると、自身の髪色も相まって、思った以上に青の主張が激しかった。


今現在、薫はその体育着、まだ寒い日が続くため、ジャージ姿でいるわけだが、周囲の生徒たちのジャージを見ると、ボロボロな生徒たちもいれば、新品の生徒もいる。

これである程度、誰が中等部出身なのかわかるだろう。


この場に集まった生徒は8人。

基本、綺麗なジャージを着ている生徒は、1人でいる。

高校生活が始まってすぐなのだから、こうなるのも無理もない。

凌史は芸能部門の授業を受けに行ったので、この場にいない。

だから、薫もその1人であるが、孤独に耐性があるのでそこまで気にしていない。



「集まったな。始めるぞ〜」

「「「「「「「「⁉︎」」」」」」」」

「ちょっと、なんでアンタがここにいるわけ?」


狂花が噛み付く。

どうやら、この場を取り仕切る講師は、風夏らしい。


「だぁら言ったろ? お前らあたしをナメすぎなんだって。こちとら一応ね、自慢じゃないけどこの高校、主席で卒業してるんだ。講師ぐらいできます〜」


手をひらひらさせながら、風夏が言った。


「ま、今日は最初だし、ドッジボールするぞ。親睦を深めようの会。楽々浦どっか行ったけど」


どこからともなく、風夏がボールを取り出す。


「ここにいる奴ら全員身体能力高いから硬いボールでいいだろ。格闘技組も受け身の取り方知ってるだろうし」


1人の女子生徒がその一言に怯えた様子を見せたが、風夏は気にすることなくコートを描いていた。


「んじゃ、チームもう決めてきたから、早速ジャンプボール決めてくれ。最初の外野はなしで、当てても入れない形式な」


コートを描きながら、風夏が薫にボールを投げた。


「あ、やべ」


と、小さな声で添えて。


風夏が放ったボールは、グラウンドの砂を大きく抉り、クレーターのような、少し深い跡を残し、そのまま、薫の顔面に向かって飛んでくる。


薫は、叫びはしなかったが、若干死を覚悟した。


「うおっ!」


1人の男子生徒が壁になり、ボールをキャッチしてくれたので、大事には至らなかったが。


「いや、すまん。力加減バグった」

「もー、フウカ先生、気をつけてくださいね〜」


助けてくれた生徒の胸元には筆記体で『Asahi-Kuzi』と刺繍されている。


(『くじあさひ』くんか。覚えておこう)


あとでお礼を言わなくては。


「すまんな。あたし、やり投げとか砲丸投げとか、割と重いもの投げることが多い種目の、元日本代表選手でな。軽すぎてうまく投げらんなかったわ」


その一言で、反抗的だった数名の生徒の目は、従順になった。


こうして、フウカ先生の評価が上がったのか下がったのかわからないまま、ドッジボールが始まった。

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