第4話 譲られた椅子

最悪な雰囲気で、最初のホームルームが終わった。


「……なんか、お見苦しいところを見せちゃったね」

「別に、僕たちが悪いわけじゃないよ。悪いのは、ちょっと不出来な感じの先生をこんな血の気が盛んな生徒たちばかりのクラスに配属しちゃった、偉い先生たちだよ」


なんだかバツが悪そうに、2人は会話をする。


2人の周囲に近寄る人はいない。

凌史は1人で何やら本に向かって字を書き込んでいるし、律玖は字の細かい小説を読み漁っている。


また、先程言い合いをしていた、青髪の少女の方は、挑発的な声をあげていた、ブラッドピンクの髪を持つ少女と、先程とさして変わらない表情で会話をしている。

しかし、2人はとても仲がいいのだろう。

ピンクの少女は黒、青の少女は白。

お揃いの、大きなリボンを頭につけている。


金髪の少年は、黒髪で、和服のような制服を着た少年に愚痴をこぼしているようだ。

それを近くで聞く、黄色とも黄緑とも言えないような髪色をもつ少年も、金髪の少年の話を聞いている。


「説明するとね、伊不気……じゃなくて、フウカ先生って、毎回高等部の教師をやってる先生なんだ。だから、中等部から上がってきたわたしたちにとっても、新しく入ってきた子たちと同じで、得体の知れない先生なの。でも、中等部の先生たちは、少なくともあの人よりかはしっかりしてて……だから、あの子たちも警戒しちゃったんじゃないかな」


ハルカは、彼らの方へ目をやる。


「ピンクの子はね、二階堂にかいどう狂花きょうかちゃん。レスリングがすっごく強いんだって。制服の下、すぐ戦えるように、いつもレスリングの競技用の服を着てるんだよ」


次にハルカが指を差したのは、その隣にいる、青の少女。


「スイちゃん……速水はやみすいちゃんはね、フェンシングが上手で、すっごく綺麗なんだよ。小柄だけど、あの真っ白な制服、似合ってるでしょ? パンツスタイルも様になってるし。2人とも本当に可愛いよね」

「……可愛いかどうかは、僕にはわからないな」


確かに、美術的な観点から見れば、2人とも優秀な容姿をしていると思う。

しかし、薫には芸術的な『可愛い』はわかるが、周囲の人々が言うような『可愛い』はわからない。

簡単に言えば、女性に興味がないのである。


「2人とも、中等部のときはS組じゃなかったんだけど、きっと頑張ったんだと思う。同じクラスになれて、嬉しいな」


ハルカが笑顔で薫に語りかける。



「言っとくけどさ〜」


すると、ピンクの少女……狂花が、いきなり薫に話しかけてきた。

笑顔だが、瞳の奥に秘めている威圧感が、見てとれる。


「何の用……かな?」


スポーツとして格闘技を身につけているものは、そうではない者にその力を振るってはいけないという決まりがあるので、そこまで警戒しなくてもいいというのも、薫はわかっている。

それに、強いものに突っかかっても良いことはない。


薫はそう思っていたが、自分の近くにはハルカがいる。


『イジメのようになったことがある』


先程ハルカがそう言っていたことを、薫の誰よりもいい頭が、しっかりと記憶している。


「ウチら格闘技組っていうの? 身体能力部門の格闘技でS組にいる、あたしらみたいな人間。本来なら4人じゃなくて、2人だから。なんでこうなったかわかる?」

「……知らない」

「アハハッ! あんたの頭、本当に全国一位? ナメてるわ〜……」


狂花の表情が変わる。

先程まで貼り付けてあった笑顔を消し去り、その中身であった威圧感のみの表情になった。


「あのね、あんたら、まぁ、バケモン4人集とでも言おうかな。あんたらのせいでさ、元々S組にいなかったあたしたちはね、実力が伴ってないって言われんのさ」

「……つまり?」

「わかんないかなぁ? 1人で何席も取っていくようなあんたらが入ってきたおかげで余った椅子に、あたしらが座ってるって言われてんのよ」


……獅子のような気迫に、ハルカは怯える。


「あなたたちがいろんな部門で上位の成績をとったせいで、ひとクラスの人数が足りなくなっちゃったの。だから、教師達が話し合って、例年ならS組として扱われないような部門のトップの生徒を、埋め合わせとしてS組にしたんです。格闘技組の私たちも、その中に含まれる。それが、とてつもなく屈辱。狂花は、そう言いたい。合ってる?」


酔も、会話の中に加わる。


「そうそう!」


その一瞬だけ、狂花が笑顔になる。

しかし、薫とハルカに顔の向きを戻したときには、その笑顔は、威圧感しか感じられない表情に戻ってしまった。


狂花の目線の先は、ハルカだ。


「ハルカ、中等部のときからずっと思ってたけど、やっぱあんた、ウザいよ。あたしらとクラス一緒になれて嬉しいんだ。へぇ。それってさ『あんな技術力なかった奴らが頑張ったんだぁ、すごいすごい! まぁでも、その努力が報われたのって、優秀な成績キープしたわたしのおかげだね!』って言ってるようなもんだよ」


狂花の声色は、嫌なぐらいハルカに似ていた。


「私たちと同じクラスになれて嬉しいなんて、もう2度と口にしないで」


酔の鋭い一言に、ハルカの目から、涙が溢れそうになる。

それだけではない、クラスメイトがこちらを見る目も、それぞれだった。


可哀想だという、同情の目。

狂花と酔のことを支持するかのような、ニヤついた目。

教師を呼ぼうとしているのか、焦って泳ぐ目。

どちらの味方でもなく、面白そうに見つめる目。


多いのは、ニヤついた目と、面白そうな目。


それが、ハルカの心を抉った。


「…………」


新参者で、アオコウの実情もまだよくわかっていない薫には、何も言えない。


正しいか間違っているかで言えば、嫉みを押し付ける狂花たちが間違っているのだろう。

しかし、確かにハルカの発言は、酔が言うように、解釈違いを招いてもおかしくはない。


「…………」


君子和して同ぜず、小人同じて和せず。

友達だからと、全て同調するのは違う。


どちらが正しいのか、薫は判断を迷っていた。



「ねーちょっとちょっと! なんか、ボクの悪口も言ってるでしょ〜!」


男子にしては高い声。

その声が、溢れ落ちそうだったハルカの涙を引っ込めさせた。

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