第3話 エリートと書いて問題児
素晴らしい挨拶だなぁと、薫は思う。
「舞い踊る桜の花びらに導かれ、私たち新入生は、今日という、新しい春の始まりに立ち会うことができました。この素晴らしい日は、入学試験に向け、惜しまず努力をしてきた日々の賜物です。しかし、そこには、私たちの努力だけでなく、先生方や保護者様の、温かい支えがありました。果てしない感謝を……」
文章の美しさはさることながら、アナウンサーやプロの声優にも負けないレベルの、抑揚のついた美しい声だ。
先程まで平べったい文章を棒読みで、ツラだけ明るくして話していた校長とは大違いだ。
先輩にも、生徒代表挨拶をした者がいたが、新入生代表の挨拶をした彼女の方が、明らかに周囲の感情が揺らいでいることが伝わる。
ちなみに、薫は感動しているわけではない。
これは単純な評価である。
ただ事実として受け止め、それが芸術として評価をしたらどのくらい評価が高いのだろうかと考えているだけであって、感動しているわけではないのだ。
芸術に感動する機能が、そもそも薫にはない。
「新入生代表、
(覚えておこう)
入学式が終わり、薫たちは教室に戻ってきた。
薫は地頭がいいので、ほとんどの人が動いていても、見た瞬間に人数がどれぐらいか把握できる。
見たところ30人だ。
このクラスには、各分野のトップが集まっているという。
(……おかしいな)
聞いた話では、S組の人数は基本的に35人以上、定員は40人であった。
これでは数が少なすぎる。
そんなことを考えていたときだった。
「はーいエリートども、こっち注目〜」
1人の女教師が、そんな言葉を発しながら、教室に入ってきた。
入学式が終わり、保護者や来賓の方がお帰りになったからだろうか。
彼女は非常にだらしのない格好の人だった。
先ほどまでまとめ上げられていた、漆のように黒い前髪が、崩れて目にかかっている。
後ろ髪を纏めているのは、オレンジ色の、弁当などについているような輪ゴムだ。
また、ピッシリと着ていたはずのスーツの襟元と、その目と同じ色の青いネクタイが緩んでいる。
ワイシャツの第二ボタンを外しているので、下手をすればその豊満な胸元が顕になってしまうだろう。
「あーい、あたしが今日からお前らの担任をやる、
なんだか軽そうな先生だと、その場にいた全員が感じた。
一応は日本一の実力を持つ我々の担任がこれでいいのだろうか。
誰もが心配になった。
「……あ、そういや、お前たちに伝えなきゃいけなかったことが、年齢と、もう一つあったな」
年齢がそこまで大事なのか。
「今年はなぁ、自覚ないかもしれないが、お前ら、バケモン揃いなんだぞ。褒めて使わそ〜」
「どんなところが〜?」
ブラッドピンクの髪を持つ、一人の少女が声をあげた。
やや挑発的な口調だ。
「ん〜……じゃあ、折角だし、名前呼んでやるか。呼ばれたら起立しろな」
風夏が名簿を手に取る。
「まず、哀原薫」
「はい」
薫は今までの扱いによって自分の異常さを自覚していたので、何も動じずに起立した。
「つぎは……喜久嶺ハルカであってるか? 久しぶりだなぁ」
「は、はいっ! 合ってます!」
ハルカが驚きながら立ち上がった。
まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのだろう。
「次、
「は〜い!」
「お前は中等部から有名人だからなぁ。今年もよろしく」
「よろしくお願いしま〜す」
目元にピースサインを作りながら元気に立ち上がったのは、ライトピンクの髪と、黄色くて瞳孔が小さな瞳を持つ、小さな少年だった。
髪をボブカットに近いぐらい伸ばしているので、遠くから見れば女性にも見えるかもしれない。
制服が特徴的であり、青のTシャツの上に、アオコウ指定の学ランと同じ色をしたポンチョを着ている。ズボンも指定のものだ。
「で、最後……最近の子の名前は難しいんだなぁ。
「“りつき”です。振り仮名直しておいてください」
立ち上がったのは、先ほど素晴らしい挨拶をした少女だ。
上半身は学ラン、下半身はロングスカートという服装からは、スケバンという言葉が思い起こされる。
しかし、結い上げられた黒髪と、少し鋭い目つきを隠す丸メガネは、優等生という言葉を思い起こさせる。
若干のしかめっ面は、玉に
身長が高く、凛とした雰囲気がある。
「この4人はなぁ……まぁ、エリートって書いて問題児って読む感じだな。しゅっげぇことには変わりねぇんだが、教師からするとすごすぎて問題児なんだよな。君らのおかげでな、他の生徒が入る枠が何個か消し飛んだから」
「「「「え」」」」
風夏の言葉に、四人が一斉に同じような声をあげた。
「覚えてるとは思うが、アオコウの入試は、好きな部門を好きなだけ受けていいんだよ。となると、自分が得意とするところをたくさん選んでおいた方が得なわけだ。ま、そんなことできるやつ、学年に1人いたら奇跡なんだけどな。今立ってもらった4人は、各部門で主席をとっていながら他の部門でも優秀な成績をとってるやつだ。誇れ」
律玖と凌史が、嬉しそうな顔をする。
ハルカは、緊張してきたのか、姿勢を正した。
「ん〜……じゃあ、メインディッシュは後回しにして、まずは喜久嶺からな」
ハルカが今一度姿勢を正す。
「まず、音楽部門は声楽、楽器、共に主席。勉学部門、学力総合で次席。ここまででも快挙なんだよな。中等部からずっとそんなだったし。あ、ちなみに一応これクラスには関係ないんだが、その他の部門の精神教育でも次席だ。まぁ、音楽の子、って感じか」
「あ、ありがとうございます」
ハルカは照れながら髪を手に絡めた。
「んで、つぎ楽々浦な。お前は芸能の人だな相変わらず。芸能部門、容姿、演技、ダンスと主席総ナメ。で、身体能力部門のスポーツ総合も次席か。ん。ほぼ変わってないな」
「まぁボク、最強だから♪」
凌史は、自信満々に顎に手を当てている。
誇らしげな表情は、ドヤ顔のフェネックのようだ。
「つぎ、怒留湯は……おぉおぉおぉ、なぁんで普通の公立中学校行ってたんだぁ? お前」
風夏は名簿をなぞりながら目を見開く。
「お前は芸術の人だな。芸術部門、アートと文学で、芸術部門主席総ナメ。あと……関係ねぇところいっぱいとってるのな。勉学部門は知識5位、思考力8位。身体能力部門はスポーツ総合で、体力だけレートずば抜けて4位。芸能部門は……演技3位。すごいなぁ」
「恐縮です」
律玖が丁寧に、かつ、冷たい声で言い放ったので、やはり不良なのか優等生なのかわからない。
しかし、とっている成績は、完全に優等生のものだ。
「さー、こっからがメインディッシュだな。哀原薫〜」
「は、はい」
薫は、今まで聞いてきた人たちの経歴も十分すごいので、それ以上である自分に嫌気を感じる。
また友達がいなくなりそうだからだ。
「……! お前、なぜここへ来た? これはもはや海外行くべきじゃねぇか?」
今までほとんど変わらなかった、風夏の表情が動いた。
「いや、僕なんかじゃ、海外で戦うのは……」
薫には、自信があるようで、ない。
周囲の人たちの出してきた結果は『努力』という過程を経ているものだ。
自分はただ、適当にやっていたら成功してしまっただけ。
薫の目には、楽して一位を勝ち取った自分よりも、必死に努力した最下位の方が、美しく見えている。
このようでは、そのうち、誰かに抜かされる。
けれど、努力をする気力が、もう、薫の中にはない。
哀しさだけが、心を満たしている。
そんな自分が海外で戦えるわけがないと、薫は思っているのである。
「……哀原、お前、自分が出した結果、どの部門まで聞いた?」
「えっと……勉学が全部主席、あと、身体能力部門のスポーツ総合が主席、あと、音楽部門の楽器が三次席、っていうところまでです」
「おぉおぉおぉおぉ、まだそこまでしか聞いてないのか。じゃあ、丁寧に説明しようか。あ、他3人は座っていいぞ」
凌史とハルカは少し悔しそうな顔をしながら、律玖はめんどくさそうな顔をしながら、席につく。
「そのまま読み上げるぞ。哀原薫。勉学部門、知識、思考力、学力総合、ともに主席。身体能力部門、スポーツ総合、主席。音楽部門、楽器、三次席。芸術部門、アート6位、文学4位。芸能部門、容姿7位。また、クラス編成に直接関係はしないが、これまで獲得してきた賞の数が一位、出身校の教職員の推薦による総合評価ランクも一位。とまぁ、こんな感じだ」
風夏が読み終えると、クラスが静まり返る。
「なぁんか、俺たち、オマケみたい」
凌史と同じぐらいの身長で、青のネクタイを締めた、金髪の少年が言った。
「いや、心配しなくていいぞ。哀原たちがあまりにも凄すぎるだけだからな」
「てか、先生、こんなすっごい人がいて、担任務まるんですか?」
青いポニーテールに白のリボンの、無気力な少女が言い放つ。
「口を挟まないでもらえるかなぁ?」
「そっちこそ、意味のわからない発言は程々にするべきじゃないの?」
「は? あぁなるほど。頭まで筋肉でできてるから、意味が理解できないんだ」
「そっちこそ、頭良いんならバカにもわかりやすく話したら?」
喧嘩が始まった。
「おぉおぉおぉおぉ、喧嘩すんな〜。あたしは多分、少なくとも、お前らよりは強いだろうからな。心配すんな」
「「……へぇ?」」
言い合っていた2人の目つきが変わる。
それだけではない。
他の生徒も意外そうな顔をしたり、敵意をむき出しにしていたりする。
風夏に向く目は、いずれもマイナスな感情を帯びている。
「おっと、お前らあたしのことナメてるな」
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