第2話 喜久嶺ハルカ

ハルカは、薫の言葉を聞くと、落ち着いた様子で席についた。

入学してすぐの席順は、出席番号順になっている。

薫は出席番号一番なので、ドア側の一番前の席。

ハルカの席は、その隣の列の前から3番目の席だ。


金髪の美しい少女だ。

身長は平均的だが、少し痩せ型のように見える。

肌は少し青白い。体が弱いのだろうか。

しかし、その主張しすぎない肌が、赤色の制服によく合っている。

青色の瞳が教室を反射し、次に、それが少し揺らいで、薫の姿が映った。


薫の聞くところによると、このハルカという子、青高付属の中等部では勉強主席と音楽主席を一斉に取得した、この学年で1番のエリートだったらしい。

妬み嫉みが向く先はいつだってハルカで、一時期いじめのようになりかけたこともあったが、一部の人の羨望の眼差しが向く先もハルカであり、それを誇りにも思っていたとのことだ。

そのせいもあって、高等部に上がった瞬間、勉強入試で主席の名誉を剥奪され、とても悔しかったとのこと。


「あの、ね。わたしは、ついさっきまで部室で朝練してたの。入学式に出るのは外部からの入試でこの高等部に入った人だけ。吹部と軽音部は、入学式のBGMを演奏するんだよ? だから、準備運動に、ね?」


薫はフルートの演奏による音楽部門での入試でも3位を取っている。

ハルカは中等部と変わらず、音楽部門では主席である。


「わたしの担当楽器は、吹部ならクラリネットで、軽音部ならエレキギター。それ以外にも、ピアノとサックスできるよ。兼部してるんだ。薫くんとは得意な楽器が違うからそこまで気にしてないんだけど……新入生がわたしの何倍もすごい人だって言ったら、吹部の先輩たちはたまったもんじゃないってさ。先輩からアドバイスとか、自分より強い人間で、しかも年下っていうのは、嫌みたいで……すっごく言いづらいんだけど、何もしてないのに嫌われちゃってるんだ。さっきはあんなこと言ったけど、実はちょっと心配」

「え″っ…………」


薫は動揺して、濁った声を出してしまった。

そもそもこの学園に来たら、真っ先に薫は大好きなフルートを続けるため、吹奏楽部に入るつもりだったのである。


ハルカの話は続く。


「今から30分後の入学式、最初に、吹奏楽部と軽音楽部が演奏して、新入生のお迎えをするんだ。そのときに先輩たちから睨まれないといいね。あ、わたしは、ライバルだとは思ってるけど、嫌いなわけじゃないから、そんなことはしないよ! 安心して! それに、軽音の先輩は楽しみにしてるって!」

「やっぱり、どこの吹部も人間関係は怖いもんなのか……」


吹奏楽部の人間関係が尋常じゃないくらい怖いのは、どの学校でも変わりない、おそらく、きっと。

薫は今までその思想を貫いていたが、やはり間違いでないと確信した。


「あ、さっきも言ったけど入学式まであと30分だね。うん……そろそろ他の生徒たちもここにくるんだろうなぁ……」


そう言うと、ハルカは少し残念そうな顔をした。


「何か問題でも?」

「まぁ……なんかナルシストみたいになっちゃうから、こういうことはあんまり言いたくないんだけど……そろそろ、ねぇ……」


そしてハルカがそう言いながら目を閉じると


「「「「喜久嶺ハルカ様ッ‼︎‼︎‼︎」」」」


教室に5人ほどの人が流れ込んできた。


「えっと……この人たちがわたしの親衛隊? の方々」


ハルカが苦笑いしながら言った。

なるほど、さっき言っていた、一部の羨望の眼差しというのはこいつらのことかと、薫は納得する。


「さすがハルカ様! 中等部も高等部変わらずS組! この学年でそんな所業をやってのけた方はハルカ様だけ!」

「やはり今日もお美しい」


そんな親衛隊の言葉を聞きながら、ハルカは必死に作り笑いを浮かべた。

正直言って嬉しいことは嬉しいのだが、友達と話す時間を奪ってまで褒められるのは、あまりいい気はしなかった。

新しくできた友達と会話をする時間ぐらい、ほしいものである。


「ところでハルカ様?」


今まで一度も口を開いていなかった隊員が口を開いた。


「どうしたの?」


そしてハルカも隊員たちが入ってきて初めて口を開いた。


「この男は?」


なるほど、と、薫は理解した。

ハルカは他の生徒に人気がありすぎるため、男子と話していると、その相手は親衛隊の嫉妬の的にされるのだ。


「あ、えっとね、今、その……S組に友達がいなかったから話し相手になってもらってたんだ! 初対面! 知らない人!」


そんな言い方をされるとなんだか他人のようだ、とは思わない。

何故なら自分は幼少期から1人だったから。

人が寄り付かないのなんて当たり前だし、学園のマドンナと会話をしていて周囲が黙っているわけがない。

こういった考えが0.1秒で巡る薫の頭は、やはり優れているのだろう。


「あの、ね。そろそろ入学式が始まるから、準備をしなくちゃいけないんだ。ほ、ほら、薫くん! 遅れちゃうから、行こう! 案内、するね!」


ぎこちない演技で、ハルカは薫の腕を引いた。


「嬉しいんだけど……あそこまでされちゃうと迷惑、かな。気持ちはとっても嬉しいんだよ?」

「現実にこんな漫画みたいな展開があるんだね。すごい」


階段の踊り場で、2人は初めて友達らしい会話をした。

さっきまではハルカが一方的に自分のことや学校のことについて話し、薫が相槌を打っていただけだった。


「あのね、さっきはあんなふうに言ったけど、ちゃんと、今度はあの子達にも友達って言うからね! それじゃあ、わたしは、楽器、準備しに行ってきます!」


そう言って、ハルカはその場を後にした。


取り残された薫の胸に響いていたのは『友達』という言葉である。


「ここでなら、哀しくない、のかな?」


小さな薫の呟きは、誰の耳にも届かなかった。

けれど、薫の心の中には確かに『喜び』という一筋の光が差した。


知りたい、友達が欲しい、もっと、本の中で読んだような感情に出会いたい。

そんな衝動が、薫の中に現れたのは今日、この日が初めてだった。

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