第634話 こんなやり方があるのか?
リリムは差しのべた左手で標的を指さしていた。
「ん? 変わった指輪をしている。もしやあれが――」
ドリーはリリムの左人差し指に注目した。そこには赤く輝く宝石があった。
ルビーと思われる宝石は指輪の台座に納まっていた。変わっているのはその形だ。
「なぜわざわざあんな形にカットした?」
高価なルビーは細長い筒状にカットされていた。リリムは人差し指と一緒に、ルビー製の筒を標的に向けていることになる。
「赤目! 行けっ!」
叫びながらリリムは指を動かした。
ジジッ!
音を立てて標的の上に赤い線が走った。間を置かず、線の後に隙間が広がり、鎧は2つに断ち切られた。
「光龍の息吹……いや、その応用か?」
ドリーが開発した光龍の息吹では魔力発動体を用いない。イドで作った合わせ鏡の間に強力な光を発生させて、反射による折り返しで位相を揃えた光を発射する術だ。
目の前でリリムが使って見せたのはその簡易版だった。光の増幅にルビー製の
「こんなやり方があるのか? 宝石を魔術の発動道具として使うとは」
「思い切ったもんじゃの」
普通の発想ではない。筒型にカットしたルビーは宝石としての価値がほとんどなくなる。
余程懐に余裕がなければできない仕業だった。
「いや、恐れ入った。光龍の息吹はめったに再現できぬ秘術だと思っていたが、この方法なら金さえかければ使えることになる」
「それもまた術の改良ということじゃな」
特定の術者にしか使えない術は、いくら高度な技であっても社会にとっての価値は低い。その術者がいなくなれば失われてしまうからだ。
ウニベルシタスが目指すルネッサンスの道筋は、リリムが見せた「赤目」という術に近かった。
「5年の歳月で魔術師協会も進歩したということじゃな」
「お互い様ということか。ならばステファノにはメシヤ流の進歩を見せてもらいたいところだ」
レーザー以外の方法で光属性の攻撃魔法ができるのか? ドリーの期待は極限まで高まった。
「……できるはずだ。やらせてもらいます」
標的を見つめ続けていたステファノがようやく視線を外して、試射位置に立った。
リリムと同じように左手で標的を指さす。その指に指輪はない。いつもの皮手袋だ。
「どんな光魔法だ? どんな光を飛ばす気だ?」
ドリーが両手を握りしめた時、ステファノは左手を動かし胸の前で人差し指を立てた。その指先を右手の拳に包み込む。
結んだ印は智拳印だった。標的の足元に今日5度目の魔法円が光る。
「ステファノの名において
ドリーは「蛇の目」で観た。光は標的を襲わなかった。そうではない。
標的が光の奔流を発していた。
標的から上へ。空に向かって光の柱が生まれた。鉄鎧から解放された陰気が放出され、空気中の塵に当たって発光しているのだ。
「標的から光を出させるだと! そんな術があるわけ……」
「無駄だ。アイツに常識は通じない」
思わず目を疑ったサレルモ師に、ドリーは短く言葉を返した。その目はつかれたように光の柱を凝視している。
「それで、どうなる?
鉄の鎧の輪郭がぼやけた。今度は振動ではない。スープに落としたパンのように、もやもやと膨れて伸びて――。
「散ってゆく……。物質崩壊の術だと?」
光が去ると同時に靄も去った。標的があった場所には鎖だけが虚しく垂れていた。
元素崩壊。金属結合を成り立たせている電子を、ステファノは「電子線」として放出させた。
電子を失った原子は鉄イオンとなってバラバラに崩壊するしかなかった。
「ふうー。頭が疲れました。『灯の術の応用』ですが、これは使わない方がいいですね」
使い方を間違えると危険ですと言って、ステファノはマランツたちの下に戻った。
「これは、何とも……とんでもない術だな。一旦、休憩にしよう」
本来ならそのまま5対1の術比べに移るはずだったが、さすがのサレルモ師も毒気を抜かれていた。
「勝負でいうならこちらの完敗だ。茶でも飲みながら、今見た術の話を聞かせてくれ」
「そうじゃな。こちらもいささか疲れましたわい。休憩としましょう」
サレルモ師の申し出にマランツが同意し、一同は一旦サレルモ師の執務室に戻った。
◇
ソファに腰を下ろし、茶を一口すすったところでサレルモ師が咳払いをして言った。
「さて、感想戦と行こうか」
「うむ。まずは第1戦の火属性じゃな」
マランツに促されてステファノは「イデア界とは何であるか」というところから、魔法について語り始めた。
「すべての事象の本質が1点に集められているだと?」
「はい。そこには時間も距離もなく、始まりも終わりもありません」
「魔術、いや魔法か? 魔法は因果律を改変する行為だというのだな?」
「魔力とは因力。変化を促すのは
サレルモ師はステファノの言葉を偏見なく受け止めようとした。
これまでもメシヤ流の魔法理論を耳にしたことはある。研究報告やウニベルシタス卒業生からの情報として。
しかし、その内容を彼女は疑っていた。
『どうせ眉唾のえせ理論だろう』
ごまかし、こじつけの類と決めつけて相手にしなかったのだ。
今日初めて彼女が知る魔術理論では説明できないステファノの術を目の当たりにした。証拠を目の前にした以上、その理論にも真剣に耳を傾けざるを得なかった。
そうしなければ自分は魔術師でいられなくなる。サレルモは1人の魔術師として、そう思った。
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