第634話 うちの異端児がすまない。

「そのイデア界に働きかけることで距離を無視して術を使うことができるのか?」

「その通りです。対象のイドを特定すれば、物質界の距離を無視することができます」


 前提となる理論を理解したサレルモ師は、魔法の発動原理の理解も速かった。


「サレルモ師はアバター破壊神シヴァ持ちなので、距離の否定ができるはずですよ」

 

 それさえできれば、ステファノが第1戦で使った遠隔火魔法はサレルモ師にも使える。「熱」の発生自体はサレルモの決め技「シヴァの業火」と共通した術式だった。


「わたしの上級魔術が生活魔法と同じとはな」


 細かい点を無視すればステファノが使った生活魔法「鍛冶屋のかまど」は、「シヴァの業火」を遠距離魔法にしたものと言えた。


 第2試合の水魔法も、特筆すべき点は遠距離発動のみだった。ステファノにとっては生活魔法と何も変わらない。


 第3試合の風魔法に至ってようやく技術らしい技術を使った。


「こちらは鉄粉に風魔法を付与しました」


 ステファノは何でもないことのように言うが、何千粒という鉄粉すべてに一瞬で術式を付与する技はステファノにしか使えない。イドの性質の理解、微細な制御がそれを可能にしていた。


「あれにはちょっとコツが要りますね。鉄粉1粒1粒と鉄粉の集合体を同時に意識する必要がありますから」


 これにもアバターの力を借りていた。


「練習すれば、それもサレルモ師ならできるようになるはずです」


 彼女も「破壊神シヴァ」というアバターを持っている。ドイルが言うところの思念体双生児を。


「イデアの認識と術式制御はアバターにゆだねる意識を持てれば、距離の壁を超えられると思います」


 ステファノが取った「ポーズ」――指で作った三角形の窓や智拳印――は対象のイデアに集中するためのきっかけに過ぎない。

 やらなくても術は使えるが、意識集中やイメージ強化ができるという効能は「呪文詠唱」と同じだった。


「自意識をコントロールするということか……。簡単そうに言ってくれるものだ」

「うちの異端児がすまない。常識を知らんもので」


 なぜかドリーが頭を下げた。


「それはそうと、そちらの魔術師も面白いことをやっていたようですな」


 ドリーは後半3人が使った術について興味を示した。


「鋼線を土魔術の発動体に使ったことはめずらしい工夫だが、わからなくはない。難しいのは術そのものより、鋼線を用意することだしな」


 手に持った鋼線で術を発動させることは、ある程度の熟練者なら可能だ。むしろ20メートルもの長さの鋼線を鍛えることの方が難しい。

 余程優秀な鍛冶師が製作に携わったのだろう。


「あれらは新しい研究の試みから生まれたものだ」

「ほう? 魔術師協会で研究じゃと?」


 マランツが口を丸くして驚いた。伝統にしがみつき変化を嫌う。それが彼の知る魔術師協会だったはずだ。


「協会にも新しい風が吹いている。ウニベルシタスの影響と認めるべきだろうな」

「うちの影響ですか?」

「そちらからの卒業生たちが魔術の可能性を広げることに取り組んでいるのだ」


 その輪の中にジロー・コリントがいた。ウニベルシタスでの経験からイド制御のもたらす可能性に強い関心を持つようになったのだ。

 ジローの魔視まじ脳は未だ覚醒に至っていないが、既に彼の認識は広がりつつある。魔視脳開発と並行してジローは魔術を補助する技術を探求していた。


「鋼線はジロー・コリントの発想から生まれた魔術発動具だ」

「なるほど。それでどことなくメシヤ流の匂いがしたのじゃな」


 サレルモ師の説明を聞いて、マランツ師は納得の言葉を発した。


 超音波の発射体に使用した鉄筒、レーザー発生に使用したルビーに至っては魔術を補助する「道具」に過ぎない。魔術と科学を融合する試みと言って良かった。


「面白い研究ですね。道具を使わなくても同じ術は使えるでしょうが、道具を使えばはるかに簡単です」


 魔法の一般化、万人への普及を考えれば、道具との融合は意義ある取り組みだった。


「その通りだ。これまでの魔術師協会は閉ざされた集団だった。魔力保持者の希少性ばかりを見て、自分たちを特別な存在と考えてきた」

「それが変わったと?」


 思いもかけぬサレルモ師の述懐を聞いて、ドリーは驚きに目を見開いた。


「変わらざるを得ないさ。ウニベルシタスの進む方向を見てはな」


 人を選ばず魔力を開発し、属性を問わず術を授ける。それを現実に行っているウニベルシタスは魔術師協会の対極にある姿だった。


「変わらなければ魔術師は時代遅れの骨とう品になってしまう。わたしの代でそんなことにはしたくないのでな」


 そこまでの心境に至るには、様々な葛藤があったことだろう。サレルモ師の口調に苦いものが含まれていることは否定できない。彼女にそれを乗り越えさせたのは魔術師協会会長としての責任感だった。


「それにしても最後の術には度肝を抜かれた。一体何をすればあんなことになるのだ?」


 気持ちを切り替えるようにサレルモ師はステファノに質問した。鉄鎧を崩壊させた「光魔法」についての疑問だった。


「リリムさんの光魔術に驚かされて、『光龍の息吹』では工夫が足りないと思いました」


 光魔法でどうやって鎧にダメージを与えるか? ステファノはリリムが試射をする間もそのことを考えていた。


「まず、標的を観ました。魔視まじを使って詳細に」


 物質としての細部を見ることはできない。ステファノの目は顕微鏡ではなかった。

 第3の眼を使って観るべきは、イデア界に投影された事象の姿だ。


「鉄は陰と陽の結びつきで固まっているのが観えました。この結びつきを切り離せば、鉄は崩れるはずだと」


 そして、ステファノはリリムの指輪を見た。彼女の光魔術はルビーの円筒の内部で光を発生させた。

 その光がルビーを刺激し、発光を促していた。光が光を呼び、強くなった光が束となって放射された。


「ルビーにも陰気と陽気があり、光を当てられた陰気が強まり、自ら光を放出する。その繰り返しをイデア界に観ました」


 陰気に力を与え光を放出させるのが光魔法であるなら、陰気そのものを放出させたらどうなるのか?

 結びつく力を失って、物体は崩壊するのではないか?


「そう思って『陰気放出の因果』をイデア界に探したんです。そうしたら、見つかりました」


 八百屋で野菜を探したような口調でステファノは言った。

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