第631話 ドイル先生ならそう言うでしょうね。

「20メートル先の的に風魔術をどう使うつもりかと見ていたのだが、『音』を使ったか」

「それほど大きな音ではなかったようじゃが……」


 にやにやと顔をほころばせてドリーがスグリの術について感想を述べた。伝統派魔術には珍しい術の応用だ。


「蚊が飛ぶような音。それがさらに高くなると人の耳には聞こえなくなる」

「犬笛のようなものか」


 ドリーの補足を聞いて、マランツが頷いた。人間の可聴域を超えた超音波であった。


「鎧がぼやけて見えたのは、犬笛の響きに震えていたものか」

「そういうことです。鉄筒を音の発射に使うというのは面白い工夫だ」


 筒は魔術発動体ではない。発生させた超音波を増幅し、指向性を持たせるための「道具」だ。


「これは科学だ」


 ステファノがそう評した。


「ドイル先生ならそう言うでしょうね」


 思わず唇の端が緩む。


『魔術師協会で科学的試みに出会う日が来るとは。実に面白い!』


 そう叫んで手を打つ科学者の姿が目に浮かんだ。


(さて、こちらはどうしようかな……)


 振動を使う工夫は先に使われてしまった。威力を高めることはできるが、それでは芸がない。

 スグリとは違うアプローチで風魔法を使うとしたら――。


(相手は音の発射に道具を利用した。俺も道具を使ってみるか?)


 杖を使うか? それとも縄か?

 やがてステファノはうつむいていた顔を上げて、射撃位置についた。


「お待たせしました。では、参ります。メシヤ流生活魔法、『風車小屋ウインドミル』!」


 ステファノは握った右手を顔の前に上げた。手のひらを上向けて開くと、そこには一握りの鉄粉が載っていた。


 ひゅう。


 ステファノの髪をなびかせて風が吹いた。背中から前へ。

 風は鉄粉を巻き上げ、タンポポの綿毛を運ぶように標的に向けて飛ばした。


「あの風でどうして……?」


 サレルモ師が眉間にしわを寄せた。飛んだのは土埃や砂粒ではない。鉄粉は重い。

 暴風の勢いがなければ40メートルもの距離を飛ばせるはずがなかった。


「むう。いつも通り鮮やかなものだ」


 ドリーはサレルモとは違う意味で唸った。ステファノは鉄粉の1粒、1粒に風魔法の術式を付与していた。

 風が鉄粉を運んでいるのではない。鉄粉は自ら風に乗っていた。


 帯のように伸びた鉄粉の群れはやがて標的である鉄鎧に取りつく。鎧の下部から意志あるように巻きつき、這いあがる。


「まるで蛇のようだ。あそこまで自在に操れるものか」


 ドリーはまばたきを忘れて鉄粉の帯を見つめ続けた。

 千変万化。その二つ名を持つヨシズミ譲りの技巧でステファノは鉄粉を操っていた。


「あれもまたアバターの顕現か」


 こうあるべしとステファノがイメージすれば、アバターはそう動く。ステファノのイドが籠められた鉄粉もその例外ではない。

 うらやましいと思う心がドリーの内に動くが、アバターがなくとも同じことはできるとドイルは言う。


(すべてはいかにイメージを術式に籠めるか、そこにかかっている)


 鉄粉の帯はらせん状に鎧の表面をはい上がり、首元の穴から内部に落ちた。落ちた鉄粉は鎧の裾から表に出て、再びらせんを描く列に加わる。


 ジャァー!


 鉄が鉄を削る音が響き渡る。


「風車小屋の石臼いしうすというわけか」


 鉄粉に風魔法を働かせるだけで風車と石臼の仕組みを再現しようというのだった。


「鎧を削る石臼などないがな」


 ギャリギャリギャリ……!


 鎧を削る音が大きくなった。気がつけば表面をはい回る鉄粉の量が増えていた。


「あの粉はどこから来た? ……鎧が削れてできた粉か?」


 今やらせんの帯は赤く光り始めていた。激しい摩擦で熱を発し、火の粉を飛ばしながら鎧が表面から溶けていく。


 ギイン!


 下から上まで断ち切られた鎧は、幅広のリボンのようになってべろりと垂れ下がった。


「これは……勝負なし!」


 2つの鎧を見比べて、サレルモ師は引き分けを宣言した。


「ふむ。で判定したか。それも見方ではあるの」


 判定を聞き、マランツが呟いた。

 スグリが鎧にあけた穴とステファノが切裂いた鎧の傷は、ダメージの量としては近かったかもしれない。


(しかし、としてはどうじゃったかの?)


「穴の開いた鎧」は防具として機能するが、「リボン状の鉄」はもう鎧ではない。ステファノは「標的の鎧」を己の解釈で破壊して見せたのだった。

 引き分けの判定を聞いて、ステファノの顔に不満の色はない。そもそも勝敗のためにここに立っているわけではない。魔術師協会のメンバーが持つ技術を学び、メシヤ流魔法の存在価値を示せればそれで良かった。


(こうやって見ると、やはり風魔法は破壊技に向いていないな。一瞬で対象を破壊するような現象が思いつかない)


 ステファノには彼なりの思いがあった。


 生物相手なら窒息技が使えるが、命のない道具相手では役に立たない。

 しかし、実戦では殺人技にこだわる必要はない。木の葉隠れなどの隠形術に欠かせない技術として、風魔法には有用性がしっかりとあった。


(術も道具も、使いどころが大切ということだ)


 そしてそれは「人」であっても同じだった。


(ふう。今日の仕事は波風を立てることだっけか? ある程度目立つことをすればいいんだよね?)


 意表を突く術を披露して、魔術師協会員たちの耳目を集めればいい。ステファノは自分の役割をそう解釈していた。


「次は土属性だ。キケル、出ろ」


 進み出たのはがっちりとした体躯の青年だった。年齢はステファノと同じくらいに見える。


(土魔法はこの課題にピッタリだね。爆発でも圧縮でも、鎧を派手に壊すのにうってつけだ)


 相手となるキケルは一体どんな術を繰り出すつもりだろうか? ステファノには相手の出方を想像して楽しむ余裕があった。

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